18.ファンタジー世界の女の子がセクシーな格好をする理由を真剣に考えた結果
お金を受け取った私達は、まずはお昼にコーヒースタンドでホットサンドとコーヒーを買って噴水広場のオープンテラスで食べる事にした。
私が公爵家の人間だという噂が広まってしまったのか、私が隣にいる限りハヤトに握手を求めてくるファンはすっかりいなくなった。
だけど代わりに遠巻きな視線が四方八方から注がれるようになっている。
私は腐っても元は公爵令嬢なので、人の視線を浴びながら食べるくらい平気なのだけど……ハヤトは平気なんだろうか。
「すごく見られてますわね。平気なんですか?」
「別に。矢が飛んでくる訳じゃないし平気」
「開き直ってますね。前から不思議に思っていたのですけど、貴方って女の子が自分の前で顔を赤くしたり自分をじっと見詰めたりする事についてどう思っておりますの?」
「どうって? 普通じゃない? 女の子ってそういうものでしょ」
「違いますけど?」
赤くならないのが普通だとこの人は知らないらしい。
自分に向けられる感情に鈍いのは筋金入りか。
それはちょっとどうなの、と思うけど、もし好意に敏感だったら女性にだらしない生活になっていてもおかしくはないし、そうでなくても神経が参ってしまうかもしれない。
多数に好意を寄せられるというのは、案外心の負担が大きいものなのではないだろうか。
だとしたら、この人はそのくらい鈍くてちょうどいいのかもね。
「……まあ、いいですわ。食べたらもう帰ろうと思うのですけど、どこか寄りたいところはありますか?」
「うーん……。アリスの服をさ……。買ったほうがいいと俺は思うんだけど、どう?」
「服ですか?」
「あ、服っていうか装備品かな。いつも着てるのってふわってしてて可愛いけど、体を動かすのには向かないでしょ。汚れるし」
確かに、私の持っている服はいかにもお嬢様なワンピースばかりだ。
今日もワンピースで森に向かうという気負いの無さ。ピクニックですかと誰かに言われても決しておかしくはなかった。
「そうですね。確かに必要かも知れません。じゃあ選ぶのに少し付き合って頂けますか?」
「もちろん。 元冒険者がやってる女向けの店があるから、そこに行ってみようか」
「了解しました!」
コーヒーを飲み干して意気揚々と向かったその店は、噴水広場からさして離れていない場所にある建物の二階にあった。
–
–ファッション&アクセサリー・カルロス
その店名を見た時、どうしてか何となく、ピタッとした白いドレスシャツにピタッとしたフリンジ付きの黒いボトムを着て、髪はオールバックで爪先の尖った靴を履いた髭のオネエさんを想像してしまったのだけど、扉を開いて実際にそういうおじさんが出てきた時には思わず扉を閉めてしまった。
「ちょっとぉ、なんで閉めるのよぉ」
「ひいっ! ご、ごめんなさい! つい!」
「もう……。あら! ハヤトじゃな~い! 久し振りぃ~! ヤダもう相変わらず男前なんだから~! 何、アンタとうとう彼女できたの?」
「パーティー組んだんだ。で、何か動きやすいのを買おうと思って連れてきた」
「あーらそう! そうなのぉー、ふぅん? アンタがパーティー組むなんて相当ね。もう二度とないと思ってたのに」
「まあね。アリス、このお姉さんがカルロス。Bランクまでいったけど彼氏ができたから引退して、女冒険者向けの服を作り始めたんだって」
「オネエさん……彼氏……」
「やぁだぁ! それはアンタが生まれる前の話よぉ! もう結婚してるから彼氏じゃなくてダンナ!」
女神ミナーヴァは同性婚を禁止していないので、制度上は同性でも結婚できる事になっている––が、実際にした人と出会うのはこれが初めてだ。
さすが乙女ゲームの世界、その辺りは寛容である。
「じゃあアリス、こっちにいらっしゃいよ。ちゃっちゃと選んじゃいましょう? ハヤトはバックヤードに本とお茶があるからそこで待ってなさい」
「りょーかい」
「カルロスさん、よろしくお願いします」
「あら。アンタ相当いいとこのお嬢様ね。野生のお嬢様とは何か感じが違うわ」
「野生?」
「で? どんなタイプの戦い方なの? 魔法使い?」
会話のテンポが早い。これは心して掛からないと、姐さんのペースに呑まれてしまう。
「メインはそうなんですけど、剣も使えるようになれたら、と思っています」
「あらそう。それならローブはやめたほうがいいわね。あれはバサバサして邪魔になるから、剣士メインで考えましょうか。でも女剣士ってそもそもなり手が少ないのよねー。だからあんまり種類がなくってぇ」
そう言いながら棚から手早くいくつか服?を手に取り、試着室のカーテンを開く。
「まずは試着ね。だけどパーツが多いから、素っ裸になってから着る順番が分からなくなると困るのよねぇ。アタシがカーテンの下から順番に渡していくから、さっさと中に入って脱ぎなさい」
「はい。ありがとうございます」
自信ありげなカルロス姐さんチョイスを信じて、試着室に乗り込む。
「パンツは脱がなくていいわよ」
わかっとるわ!
ワンピースを脱ぐ時間などそうかかるものではないのでさっさと脱ぎ、畳んで足元の籠に入れ「脱ぎました」と声をかけると、カーテンの下から白いものが差し入れられた。
「それが一番下に着るやつよ。小さいように見えるけど伸びるから大丈夫」
なるほど。レオタード的な? 前世でバレエを習っていたからこの手のものを着るのに抵抗は無い。
納得してレオタード的なものを着てみる。背中はほとんど布がなくて、首もとで閉じてチョーカーみたいに見えるよう、デコルテが大きく開いている。けど、まあ、夜会のドレスのほうが肌面積広い事もあるし、一番下に着るならこんなものか。
「着ました」
「じゃあ次はこれね。胴を守るパーツよ。コルセットみたいに腹部に着けるの。そんなに締めなくてもいいから、丁度いいくらいに締めなさい」
ブラウンのレザーコルセットを渡され、ウエストに巻く。中心に小さなベルトが縦に並んでいて、これで締め付けレベルとサイズを調整するらしい。一番左の穴で締めても大丈夫だったので、そこでベルトをセットした。
「OKです」
「次はこれ。剣を下げるベルトよ。小物入れもついてるの。左右にずれていかないように、コルセットの一番下に引っ掛けられる仕掛けがあるから、ちゃんと引っ掛けるのよ」
コルセットと同じ色のレザーベルトを腰骨に乗せて、引っ掛けるようにつける。
ここでふと嫌な予感がした。
「あの、剣を下げるベルトを今つけてしまうと、この後の服が着られないと思うのですが」
「バカね。もうないわよ」
「ハァ!?」
思わず令嬢にあるまじき低めの声が出た。
だって服、着てないよ?
「これで外に出るって事ですか!?」
「いやね、まだブーツがあるわよ。特別にマントもつけてあげる」
「それ服じゃないし!」
慌てて足元のワンピースを手に取ろうとして、籠ごと無くなっている事に気がついた。
か、回収されている……⁉
「服! 返して下さい!」
「はぁ……アンタねぇ。ちょっと顔だけでいいから出しなさい」
カーテンの隙間から顔を出すと、カルロス姐さんは内緒話をするように手の甲を口の横に当てた。
「アンタ、ハヤトの事好きでしょ?」
「……それが? どうかしましたか?」
「あのねぇ……あの男がどれだけ難しいか知らないの? 今までどんなに女が言い寄ってもちっとも靡かないもんだから、もしかしたらアタシの同類なのかと思った事もあるくらいよ」
腰が抜けそうになった。
「まあ、結果的にそれは全然違ったんだけど。とにかく、生半可な事じゃあの男を落とすのは無理よ。そこでアタシが協力してあげるから、覚悟を決めて大人しくアタシの力作を着てみろっつってんだよ分かったか小娘」
最後は妙にドスの効いた声で言い聞かされ、完全に姐さんのペースに呑まれた私はこくこくと頷きカーテンの中に引っ込んだ。
「じゃ、次はブーツね。腿まであるから膝を守ってくれるわよ」
上機嫌なカルロス姐さんの声が怖かった。
なぜこんな事になってしまったのだろう。ハヤトを視線でセクハラしたバチが当たったのだろうか。
半泣きでレザーのブーツに足を突っ込んだ。
姐さんのナビ通りに一通りの装備品を身につけると、意外と破廉恥なだけでもなくて、前世でよく見たようなファンタジーもののセクシーでかっこいい女剣士が出来上がっていた。
全体的に白とブラウンで統一された落ち着いた色調で、私の金髪と合っている。腕も脚も絶対領域以外は肌を露出していないし、マントもあるので恥ずかしさが大幅にダウンしている。
さすがアリーシャ、スタイルが格好に負けてない。
ころっと機嫌が直った私はまずは姐さんに見て貰おうとカーテンを開けた。
「あらぁ! 似合うじゃない! かっこいいわよ! それにどこか上品ね! アンタの素質かしらね」
「えへへ、そうですか?」
「でも顔がスッピンなのね。そんな強そうな格好するならスッピンはダメよ。ちゃんとメイクしないと。ほら、やってあげるからここに座んなさい」
「……でも私、メイク下手なんです。どうしてか濃くなりすぎてしまって、しないほうがマシかと」
「ううん、した方がいいの。ほんのちょっとでいいのよ。アンタ普段清楚なんだから、ギャップを作っていかないと」
「ギャップですか」
「そうよぉ。そういう露出した格好だって、すぐに見慣れちゃうんだから。昼はセクシーでかっこいい女剣士、休日と夜は素顔の清楚なお嬢様ってやってやればさすがのハヤトも何かしら反応するでしょ」
そう話しながら手早くメイクを施していく姐さん。
すっかり洗脳されてしまっていた私はここでふと素に戻り、こんなちゃんとした装備をするような剣士には、私はまだ相応しくないなと思った。
「……カルロス姐さん、私、まだ剣士未満なんです。訓練が必要になるのですが、この装備では訓練には少し過剰かと」
「あらそうなの? じゃあ特別に普通の女剣士の服もつけてあげるわよ。その代わりちゃんと着るのよ?」
普通の女剣士の服。
そういうのがあるんかい。
なぜ最初からそっちを出さない?
とんだ食わせ者だったカルロス姐さんが出してくれた普通の女剣士の服は、白いブラウスに黒いレザーコルセット、黒いスキニーパンツに黒のニーハイブーツと、本当に普通だった。
「出来たわよ~! ハヤト、こっちにいらっしゃいなー!」
最終的に髪をポニーテールにされて仕上げられた私は、カルロス姐さんの力作を彼に披露する事を約束させられた。反応が見たいのだと言う。
体の線を一切隠さない格好に着替えたのを恋した相手に見てもらって意見を聞くという、衆人環視の中で食事をするよりも緊張してしまう罰ゲームのような状況に私はなぜか笑いがこみ上げてくる。
「なによアンタ、気持ち悪いわね……。堂々としなさいよ。ほら、素敵よ」
「はい、ありがとうございます」
バックヤードの扉が開く。
「カルロス姉さん、本が男同士の官能ものしかないんだけ……」
さらりと凄い言葉を口にしながら出て来たハヤトの視線が私を捉え、言葉が止まる。
「……なにそれ」
「ちょっとぉアンタ、他に言うことないのぉ?」
「いや姉さんこれはダメだよ。家ならいいけど外はダメ」
「家の中で武装するバカがどこにいるのよ。いいからアンタとしてはアリなのかナシなのか答えなさい」
「アリだけどナシ!」
姐さんの力作はNGだったようです。
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