15.前世は18歳JD。免許取りたてでした


 刹那的な生き方をしがちな冒険者は朝に弱いのが多いらしく、朝イチでギルドに行けば変に目立たずに依頼を取って来れるかもしれない。という事で、私達は依頼を受注すべく朝九時にギルドへ向かった。

 ハヤトは髪も瞳も朝にはすっかり元通りで、何だか昨夜の頬キスが夢だったように思えてくる。

 あんな私に都合の良いことがあって良いのだろうか。

 そうだ。この国にそういう文化はないけれど、あれはただの挨拶だったんだ。きっと。

 少し前まで外国に遠征していたっていうし、きっとそうだよね。そういう事にしておこう。

 正常性バイアスにすがりたい気分。

 だって色々、怖い。



 ギルドの中は目論見通りまだ冒険者の姿はほぼ無く、職員と子供の冒険者達がチラホラいるのみだった。

 受付嬢達は二人で現れた私達を見た瞬間動きが止まり、纏う雰囲気に静かに動揺が走る。しかしスッと視線を外し、黙々と仕事に戻った。

 あれ、意外と普通……?

 親の仇のような目で見られても仕方ないと思っていたのだけど。


 拍子抜けしていると、カウンターの奥にいたオレンジ髪の大柄な男性が私達に気付き、片手を上げて声をかけてきた。


「おう! ハヤトじゃねぇか! きっと来ると思って待ってたぜ!」

「ピートさんじゃん、久し振り。昨日いなかったね。二日酔い? あ、そうだアリス。この人ね、ピートさん。ここのギルド長」

「まあ、そうでしたか。ピートさん、私アリ……スと申します。昨日からこちらでお世話になっております。以後よろしくお願いしますね」


 もう少しでアリーシャと言うところだった。

 初対面の人に対する挨拶は身に染み付いてしまっているので、こういう時に咄嗟にご令嬢してしまいそうになる。

 取り繕ってにこっと微笑むと、ピートさんは四十代半ばと思われる浅黒い肌を少し紅潮させてがりがり頭を掻いた。


「アリ……スさん、お話は伺っております。ここでは何ですから、二人ともどうぞこちらへ」


 やけに丁寧な物腰のギルド長にハヤトも不思議そうな顔をして、私と目が合いお互い首を傾げた。

 案内されたのはギルド長室で、執務机の前に置かれた応接スペースの革張りのソファにハヤトと並んで座らされる。ピートさんは向かいにどかっと座り、まずは職員が出したお茶を一口飲んだ。そして人払いをし、三人で向かい合う。


「……何? ピートさん。かしこまっちゃって。らしくないじゃん」

「ハヤト……お前なぁ……。ステュアート家のご令嬢を前にして平然としていられるほうがおかしいだろ」


 あら、ばれてる。


「ご存知でしたの? 私、登録の際には"アリス"とだけ書いたのですけど」

「もちろんです。レディ・アリーシャ。……とはいえ分かったのは、昨晩遅くに公爵家からご連絡を頂いてからですが。いわく、社会勉強のため市井に紛れて生活しているご令嬢が、どうやら冒険者ギルドに登録したようだ。公爵はお嬢様の意思を尊重し静観するご意向でおられるが、よろしく頼む、とジェフリー様より仰せつかりまして」

「まあ……」


 社会勉強だなんて、ものは言いようね。実際は嫁の行き先がないだけなのに。


「そう畏まらないで下さいませ、ピートさん。私がステュアートである事は隠しておくよう、父から申し付けられているのです。どうか気安くなさってください」

「そう仰られてもですね……」


 苦笑いをしてお茶を飲むピートさん。汗をかいているので喉が渇くのだろうか。すごい早さでカップが空になっていく。


「隠そうと思っても、いずれ嗅ぎ付けられるのは確実ですから。レディ・アリーシャ。ご無礼を承知で申し上げますと、一目で高貴なご身分とわかるお姿をしておられます上、なんでも、そこにいるハヤトと護衛としてではありますが同居状態であるとか。ハヤトの妹がステュアート家に嫁ぐらしいと一部で噂が出回りつつある今、こいつの隣にいる高貴な女性といえば自然と身元の推測もつくというもの。元より、公爵も本気で隠し通せるとは思ってはいないでしょう。あえてハヤトに護衛を依頼していたり、噂が周知されるよりも前にうちに連絡を入れてきた事からもそれは明白です。もはや公然の秘密となっているという前提で動かれたほうがよろしいかと」

「……それも、そうですわね」

「ええ。それで本題なのですが、昨日、何やらギルド内で騒動があったようで……。関係者を代表しまして、私がお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした」

「とんでもございません。今の私はただのアリスですから、謝罪など不要です」

「有り難きお言葉……。職員達には朝礼にて、仕事に私情を挟まぬよう厳重に言い含めておきました。大丈夫だとは思いますが、何かございましたら私めに仰っていただければ」

「お気遣いありがとうございます。ですが何事も"社会勉強"、自力で対処できることは自力で何とかするつもりでおります。あまり心配なさらないで下さい」

「はっ……。もし必要でしたら、ギルドから公爵家にお願いをして護衛の数を増やすことも考えておりますが、いかがいたしましょう」

「不要です」


 頭を伏せたピートさんに直ってもらい、お茶をいただく。すると隣で黙っていたハヤトがぽつりと呟いた。


「ピートさん、俺がいるから大丈夫だよ。……それに、アリスには才能がある。自力だけでもで相当上まで行けると思うよ」


 えっ。


「そうなの?」


 ピートさんと私の声が被った。

 何それ知らない。そんな評価初めて聞いたけど、どういう事?


「アリスはとにかく魔力量が多い。俺と長時間、延々撃ち合っても平気だった。まだ底が見えた訳じゃないけど、今まで会った人間の中で一番多いと思う。反射神経や動体視力も良かったし、体幹もしっかりしている。あと、見て分かるように、適応力も度胸もある。冒険者として成り上がる奴が持ってる要素を、アリスは全部持ってるんだ。危険な目に合わせたくないのは俺も同じだけど、危ないからって薬草集めみたいな事ばかりさせるのは……今は、勿体ないと思ってる」


 そ、そうなの?

 ポカーンとしていたら、ピートさんは難しそうな顔で唸り、腕組みをして考え始めた。


「ふむ……。ほとんどの冒険者がせいぜいBランクで頭打ちになる事を考えると、才能とは貴重なもの。お前がそこまで言うのなら実際にそうなのだろうが……ちゃんと守れるのか?」

「当然」


 自信たっぷりに言い切る。


「……責任は重大だぞ?」

「わかってる。でも、もうアリスは俺の相棒なんだ。いつか一緒にレアモンスター狩りに行く。そうだよな? アリス」

「はいっ!」


 言葉のひとつひとつが嬉しくて笑顔で頷くと、ハヤトも微笑んでくれる。

 私が前に言ったこと、覚えていてくれたんだ。どうしよう、好きすぎるよぉ。


 手を差し出してくれたのでそこに手を乗せると、きゅっと握って手のひらを指先で擽ってくる。そうやって見つめ合い、にこにこしていたら、ピートさんは何かを察したのかそれまで温和だった表情を強張らせた。


「ハヤト……お前……まさか……」

「何?」

「ご令嬢と……その……いや、はっきり口にするのは憚られるが……。お前、護衛だよな?」

「うん。そのつもりだよ」

「その割には空気感が妙にやらしい感じがするけど! お前大丈夫か⁉ 色々と!」


 やらしい感じの空気感⁉ そんなの出してました⁉


「何言ってんのピートさん。大丈夫に決まってるじゃん。ベッドに倒したことあるけど何もしてないし、キスだってまだ頬っぺたにしかしてないよ」

「いやそれ全然大丈夫じゃないよ⁉」

「やだ、ピートさんってば。あれはただの訓練と挨拶ですわよ。挨拶で頬にキスなんて外国ではよくあるそうじゃありませんか」

「ここ国内ですけど⁉」


 ピートさんは蒼白になった顔面を両手でそっと覆った。


「俺、何も聞かなかった事にしよ……。もうやだ、最近の若い貴族はどうなってんだ……。殿下達も困った人達だし……」


 かの人達も迷惑をかけているようだ。ごめんなさい、ピートさん。


 その日ハヤトが選んだNランク初の受注は、Nランク専用の薬草集めではなく、Eランク向けの「王都はずれの森に大量発生した人喰い林檎の駆除」だった。

 街を走る辻馬車の車列に紛れて、私はクリスお兄様製魔道車(初号機)を郊外へ向かって走らせていた。道行く人々がびっくりした顔で振り返る。


「ママ~! あの馬車お馬さんいないのに走ってるよ~?」


 可愛らしい子供の声に自然と笑みが浮かぶ。バイバイ、と手を振ると子供ははにかんで手を振り返してくれた。

 設計図だけ引いてお兄様に丸投げした魔力で走る車は、馬車しかないこの世界でも浮かないように、馬車に近い年代のクラシックカーをイメージしたデザインでなかなか可愛い姿をしている。

 これすごいの! ちゃんとブレーキもハンドルも付いてるんだよ! 走らせるの面白い! 魔力と魔道具ってすごい便利だね。ミナーヴァ様もお祖父様もお兄様もグッジョブだよ!

 隣にいるハヤトは、むくれた表情で黒い牛革のベンチシートに深くもたれ座っている。


「俺も動かしたかった……」


 ごめんて。

 だって一応関係者としてはどう動くか気になるじゃない。


「郊外に出たら交代してね」


 はいわかりました。

 頷いて、混み合う馬車道を抜けて街から離れる。徐々に家が減り、畑が増え、気が付けば既に他の馬車は一台も見えなくなっていた。たまに人っぽいのがいる! と思ったらかかしだったっていうくらいの見事な田園地帯。

 さてそろそろ交代かな、と思って隣を見ると、あれ……寝てる。

 寝てる!

 そっとブレーキを踏んで車を止めた。

 妙に静かだと思ったら寝てたのね、へぇ、そうなの……。

 普段見ることの出来ない寝顔をじっくり眺める。

 目を閉じていても素敵……。睫毛が長いのね。寝顔がカッコいいなんて夢が広がるわ。


 ……さて、ここに二つの選択肢があります。

 一・起きるまで寝かせてあげる。

 二・普通に起こす。

 三・悪戯する。

 ……どうしても三つになってしまう。削ろうと思っても出て来る辺り三が本命としか思えないんだけど、それはさすがにね。さすがにね~……!

 ……反撃が怖い。

 今までの経験からして、寝ているところに悪戯なんかしようものなら倍返しが待っている気がしてならない。


 ……うん、やめておこう。

 起きるまで待ってるのもそれはそれで何だか悪戯に近い気がするし、普通に起こそう。

 私にだって、寝顔をじっと見つめるのは失礼じゃないかな、と思う気持ちくらいあるのだ。散々眺め倒した後で言うのもなんだけどさ。


「ハヤト、起きて。交代しましょう?」


 肩を掴んでゆさゆさ揺する。


「ん~……」と小さく唸ってゆっくりと瞼が開き、やがて焦点が合って視線が私を捉える。それまでの間に、私はある事を閃いていた。


 ––彼が起きて最初に見るのが私。


 雛鳥は、卵から孵って最初に見たものを親だと思い、愛着を抱き、一生懸命ついて歩くようになるという。

 親になりたい訳じゃないけれど、これ、使えないかしら。

 可愛い雛鳥の親への愛情を利用するなど自分でもなかなかに下衆い考えだとは思うが、一考の価値はある気がする。


「……おはよ、アリス。ふぁ~、これ眠くなるねー。振動がちょうど良くて気持ちよかった」

「おはようございます。よく眠っていましたわね。きっと公爵家の馬車で使われているサスペンションシステムがこれにも使われているんですわ。道が悪くても振動が大きく軽減されるんですのよ。ところで、 これから毎朝でも起こして差し上げましょうか?」


 話の持って行き方がやや強引だったような気がするが、意思は伝わったはずだ。


 お願い! うんって言って! 刷り込まれて!


「ん~、じゃあお願いしようかな」


 やった!


「でも大体俺のほうが起きるの早いよね。じゃあさ、早く起きたほうが起こしに行くのはどう?」


 えっ。


「な、なぜ私のほうが遅いと分かるんですか?」

「音。あと、気配」

「そうですか……。気配ですか……」


 少し恥ずかしいけど、確かに二階の音というのは一階に伝わりやすいもの。

 気配のことは正直わからないが、何か達人にしか感じないものがきっとあるのだろう。


 でも寝ているところを見られるのは嫌! 変な寝顔だったらどうするの!?


「せっかくですけど、私は結構ですわ。……朝はベッドから出る前に読書をするのが習慣ですの」

「へえ。そっか。……なんで目を逸らすの?」

「何でもありませんわ」


 うぅ、何もしてないのに反撃をくらった気分だ。ともあれ運転の交代をしなくては。


「ハヤト、交代しましょう。私がそっちに移るので貴方はこちらに来てください」


 狭いけどベンチシート型なので楽にいけるはずだ。

 シートに膝を立てて、よいしょとハヤトの向こう側に足を出そうとした時、失態に気付いた。

 これ、またがないといけないじゃん。

 前世で免許取りたてで嬉しくて、友達とこうやって交代していた記憶がフワッと甦ってきた。

 無意識にこうしてしまったけれど。これまたがないといけないじゃん。

 どうしよう、既に半分くらい足向こうにいっちゃってるんだけど。

 進めず、さりとて引くに引けず困っているとハヤトも同じことを考えてしまったようで。


「……一回降りれば良かったんじゃない……?」


 と正解を言った。


「そうですわね……」

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