13.街でナンパの洗礼を浴びる元悪役令嬢
––ついに! 冒険者登録できました!
今、ギルドのカウンターに座る私の手元には新人冒険者の証––その名もN(ニュー)ランクの冒険者証がある。
銀杏の木の板で作られたカード状のそれは、初めに自分で名前と得意分野と主な拠点地を書き込み、一見透明な板にしか見えない魔道具に乗せて魔力を通す。
すると書いた文字がカードに刻まれて、魔法的な効力を得るというもの。魔法的効力とは、冒険者証に魔力を通した人物が倒した魔物の種類と数を記録してくれることを指す。誤魔化しは不可能らしい。
これは“魔法”として属性を含ませていない純粋な個人の魔力が、種族や個体ごとに色や波長のようなものが違ってくるから出来るわざ。この魔力の色や波長、それと性格によって、使いやすい魔法と使いにくい魔法が分かれてくるのだけどそれは余談。
Nランクの期間は三ヶ月。それ以降は全員一律に新人を脱し、三ヶ月の間に積んだ実績を見て大体F~Cランク辺りに振り分けられるそう。
ちなみに冒険者証が木のカード状なのはNランクのみで、他は全てドッグタグタイプの小さな金属プレートになる。ネックレスにして身に付けるのが一般的だとか。
ランクが上がるごとに素材が良くなっていって、下からFクロム、E真鍮、D銅、C銀、B金、Aプラチナときて、Sは淡く青く光る魔法銀になるそうだ。この世界、魔法銀はレアモンスターのレアドロップ以外では出てこないのでプラチナ以上に貴重。
あとでSのタグ、ハヤトに見せてもらおうっと。
で、この冒険者証を再度透明な板状の魔道具に乗せると板に文字が浮かび上がって記録を閲覧できるとの事。
このシステムが完成したことで、それまではみ出し者達が嘘・大袈裟・紛らわしい報告ばかりするようなろくでなしの代名詞とされていた冒険者という職業が一気に健全になり、善良な一般市民にまで広まったという。
このシステムを作ったのはうちのお祖父様なんだけど、一体どういう術式なのかしら。
私がかじってきたものとは扱う情報量が段違いで完全に理解の外だ。謎すぎる。 もはや式というより、C言語で書かれているんじゃないかしら。あー、実家にいる時に見せてもらえば良かった。
……ん? C言語? まさか、式じゃなくて文章でも良かったりしないわよね?
ふと頭に思い付いた閃きを(いや、自分はもう公爵家の人間ではないのだから試すべきではない)と打ち消して、目の前で色々説明してくれているリズという若い受付嬢に意識を集中させる。
ちなみについて来てくれたハヤトはギルドに入る前にファンに捕まって、まだお外にいらっしゃる。
彼が常に神対応なのは知っているし、それは素晴らしい事だと思うので握手会が長くなるのは仕方がないと思い待っていたのだけど……人気ラーメン屋のお昼十二時みたいに列がぐんぐん伸びていくのを見て、諦めて外に置いてきた。
マリアがやって来ないかが心配だけど、あれだけファンがいればマリアもそうそう割り込みはできまい。彼女は大人しく並ぶタイプではないけれど、昼時のラーメン屋に割り込みなんてすれば大騒ぎになるのだから、そうなってから出動しても遅くはないだろう。
……でも、さすがに遅くない? そろそろ来てくれるといいんだけど。
「……説明は以上になりますが、何か質問はございますか?」
「いいえ。大丈夫です」
「左様でございますか。それでは……パーティー編入の申し込みはどうなさいますか?」
「え? パーティー? 申し込むんですか?」
「はい。Nランクの方は……特に若い女性は、自分が入るパーティーはよく選んだほうがよろしいかと。まれにソロでやると仰る方もいらっしゃいますが、危険なのでお勧め出来ません」
「それは、そうですね……」
「まだ決まっていないのでしたら、入り口近くにメンバー募集の張り紙がございますので、ご覧になって行ってください。あ、書いてあるパーティーのランクは所属メンバーのランクを平均にしたものです。メンバー間で極端に差がある事はそうありませんが、一応ご留意下さい」
リズが示す両開きの扉の横には確かに掲示板があり、たくさんの張り紙がしてあった。
興味をそそられて覗いてみる。
ふむふむ。
『魔導師募集! Dランク以上! 分配率応相談! 蒼い銀狼(D)』
『まだまだ駆け出しですがよろしくお願いします! 当方回復術士。前衛出来る方求む タンデライオン(F)』
『ポーターに空き有、賄い付き。日当:銀貨5枚 無限流星(B)』
……お、面白い!なんか自由の象徴って感じ!
蒼い銀狼とかそういうのはパーティー名かな? で、かっこの中は自分のところのランク? へー。へー。
夢中になって張り紙を眺めていると、横からにゅっと手が伸びてきて、私の見ている紙にバンと手をついてきた。
びっくりして振り返ると、見ず知らずの男がパーソナルスペースを無視した距離感で私を見下ろしている。
「君……編入先を探してるの?」
「え、ええ……? 別に、探している訳では」
「そんなに警戒しなくても大ー丈~夫~。取って食ったりしないから。今、僕のパーティーの募集見てたでしょ? 僕、その無限流星(B)のリーダーなんだよね。こう見えて結構強いんだよ。よく優男って言われてるけど(笑)君フリーのNちゃんでしょ? ギルドに入って来た時から気になってたんだよねぇ。すっげー可愛くってずっと見てたんだ。良かったらうち来ない? 本当だったらポーター……あ、荷物持ちしか募集してないんだけど、君だったら今すぐ正式メンバーにしてあげてもいいよ。いきなりBランクパーティーに正式に誘われるなんて無いよ? いい話だと思うけど」
「け、結構です」
圧が! 圧が凄い! 今生初めて出会うタイプだ!
当然ながら今まで私にこのような声をかけてくる人は居なかった。
奴は首にかけた金色のプレートをこれ見よがしに指先で弄りながら喋る。
「えー? なんで? あ、男しかいないと思ってるのかな? 大丈夫だよ。ちゃんと女子もいるから。どうしても不安なら、食事でもしながら話しようよ。おいしいお店知ってるから連れてってあげる。君、名前は? 連絡先も教えてよ。今度遊びに行こう?」
流れるようにナンパすんな!
さすがにちょっと怖くなってきてジリジリ横に移動し逃げに入るけど、無限(仮名)氏もジリジリ近付いてくる。
うわーこれどうしよう。困った。
幸い出入口が近いので、よし強引に話を打ち切って逃げよう、と思っていたら、その両開きの扉から小柄な女の子が一人入ってきて、私達を見るなり目を吊り上げた。 彼女もまた金色プレートを首から下げている。
「ちょっとアレク! 何してんの! またナンパ!?」
「うわっ、ち、違うよベティ。Nの子が困ってたから助けてあげようと思って」
「えっ」
ちょっと待て。困らせてたのは君だよアレク。
ベティと呼ばれた女の子は、私を上から下まで品定めするように眺めると、キッと睨みつけてきた。
「アンタさ、Nのくせに可愛いからってBの男に色目使って近付こうとしないでよね! この人いっつもこうなんだから、真に受けて無限流星に入れるなんて思わないで!」
えぇー……。理不尽。
唐突に痴話喧嘩に巻き込まれてしまった。どうやってここから逃げようか考えていると、騒ぎを察知した冒険者達がヒューヒューと囃し立て始める。
「お! またアレクを巡る戦いか?」
「ベティは強えし喧嘩ッ早いからなぁ! Nのお嬢ちゃん頑張れ!」
勘弁してよ! 一切関係ないってば!
ベティから剣呑な空気が発せられる。ギルドの職員達はこちらを注視しているものの、「お前止めて来いよ」「いやムリムリムリ怖い」みたいな仕草をしていて、介入してくる気配は無い。滅しろ。
「あの……ベティさん? 誤解があるようですけど、私は別にあなた達と関わりを持とうとは思っていませんよ。少し落ち着いて下さい」
「言い訳する気⁉」
ああ、これ聞いてくれないやつじゃん……。
それで気が済むならビンタの一発くらい覚悟すべきか。
ハヤトに守護結界かけて貰ってあるから、痛くはないだろう。彼の結界は魔力の密度が半端じゃなくて、文字通り鉄壁なのだから。
よし! 来い! ベティ! (痛くないから)受け止めてやる!
一触即発の女達とそれを面白がる男達でボルテージが最高潮に高まった瞬間、空気を読んだように扉が開いてハヤトが入ってきた。
もう! 遅いよ!
突然現れたハヤトの存在感はある程度見慣れたはずの私から見ても際立っていて、一瞬でギルド内の空気が彼に持って行かれたのが肌でわかった。
「カメレオンだ……」
アレクがそう呟く。ベティも瞬きを忘れたように見入ってしまって動かない。
周囲からも「あれがSのハヤトか……」「久し振りに見たな」「帰って来てるって噂マジだったんだな」等、様々な声が聞こえる。
どうでもいいけど、Sのハヤトって言わないでほしい。今後(ドSなのかしら……)という目で見てしまうこと請け合いだから。
そんな彼がまっすぐNの私の元にやって来るものだから、無限流星達を含め周囲の人々はいったい何が起きるのかと固唾を飲んで見詰めている。そんな中、彼は申し訳なさそうな顔で言った。
「ごめん、アリス。遅くなった」
「……本当ですわよ」
(え~~っ⁉)
アレクとベティはそれぞれ目を剥いて口をぱくぱくさせた。静かにざわめきが広まっていく。これで事態が収拾できそうだ。
ホッとした私は、さっさと退散すべくハヤトの腕を引いた。
「もう終わりましたから、帰りましょう」
「ちょっと待って。まだパーティー登録してないじゃん。俺のIDも必要でしょ?」
「……今度でいいです」
ざわめきが大きくなる。「ハヤトがパーティー組むって!」「嘘だろ⁉ あれ以来誰とも組む気はないって全部断ってきた男だぜ⁉」「相棒できたって噂本当だったのか」「あのお嬢ちゃんNだよな? 何で相棒⁉」「恋だろ」「バカ! 言うな!」等々、全部聞こえてしまっている。
いたたまれない。帰りたい。恋とか言わないでよ。彼は公爵家に頼まれてるだけなんだから。
この騒めきをどう受け止めているのか、ハヤトは困惑顔で聞いてきた。
「なんか騒がしいけど……何があったの?」
「別に何も」
「そんな訳ないじゃん。そんな泣きそうな顔して」
「してません」
「してるよ」
「してませんって」
別に泣きそうになんてなってない。
この強情さに聞き出す事を諦めたハヤトは「帰ったら聞くからね」と言って私をカウンターに引っ張って行き、私の手からカードを取り上げ魔道具の板の上に置いた。そして自分の服の首元をゆるめ、首に掛けられていたチェーンを外し中から青白い光を放つ魔法銀のプレートを取り出す。それを私のカードの隣にしゃらりと置いて、リズに伝えた。
「俺とアリス。二人パーティーの登録お願いします」
リズは血の気を失った顔でぐらりと横に倒れ、そのままカウンターの向こう側に崩れ落ちて行った。
「キャー!」
「リズ! どうしたの⁉」
「この子ファンクラブ番号一桁の筋金入りなのよ!」
今度はギルド職員達まで大騒ぎだ。ハヤトにファンクラブまであったとは。
……私、刺されるかもしれない。
いや、いいさ。構わない。むしろ本望だ。女の子にとって、恋とは戦いそのものなのだから。
大騒ぎのさなか何とかパーティー申請を済ませた私達は逃げるようにギルドを後にし帰路についた。
パーティー名は未定。三ヶ月以内につければいいらしいので、その間にちゃんとしたのを考えるつもり。
「で、アリス。何があったの?」
帰宅した瞬間始まった尋問に、簡単に答える。
「痴話喧嘩に巻き込まれただけです」
「何それ。どういう事?」
「浮気性の男性が悪い癖を出して、女性が怒ったんですよ」
「……ああ、あいつ––流星のアレクか。あいつは確かにそういうトラブル多い……っていうかアリス、あいつに絡まれたの?」
「そうですけど」
「……っ! どこか触られなかった⁉」
「いえ、どこも」
否定するとハヤトはあからさまに脱力し、ほーっと息を吐いた。
「……俺がちゃんとついてなかったから、ああいう奴が寄って来るんだよな。ごめんな、アリス。怖かっただろ」
「少し」
でも平気だ。結果的に何もなかった訳だし。
そう伝えるために、にこりと笑みを浮かべて見せる。するとハヤトは苦しそうな表情で俯いた。
「……俺、もう、握手してくださいって言われても断ることにする」
「え⁉ なんで⁉」
つい素になってしまった。
だってだって、ファンを大切にするのはアイドルの理想の姿じゃない! そういうところ尊敬していたのに!
だけど、ハヤトの認識は私とは少し違ったようで。
「なんでも何も、おかしいとは思ってたんだよ。何で皆ただの冒険者と握手したがるんだろうって。煙突掃除夫みたいな扱いなのかなって思って毎回応じてたら、どんどん人が増えるし」
「ちょ、ちょっとストップストップ! 今なんて言いました?」
「どんどん人が増える」
「違ーう! その前!」
「煙突掃除夫?」
「そう! それ!」
聞き間違いじゃなかった。本当に言ってた。
え、ほんとにこの子、自分を"触ると幸運になれるジンクス"扱いされていると思っているの?
この人、自分がファンクラブまで存在するアイドルだって知らないの? ウソでしょ? そんな事ってある?
「……ハヤトさん、ちょっとお伺いしたいんですけど、貴方、ご自身の事をどう思っていらっしゃるの?」
「……ちょっと強いと思ってる」
「それだけですか? もっとあるんじゃないですか? よく考えてみて」
「何だよ、急に」
「いいから!」
腕組みをして、うーんと首を傾げる。
「…………珍種?」
「否定はしませんけど、どうしてそう思ったのですか?」
「"カメレオン"」
思いがけない答えにどきっとした。
その二つ名を本人が口にするのは初めてだ。その意味を私はまだ知らない。
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