⑪~LOVE-NOTE~

 私は、冒険者の事をあまり知らない。

 AランクやSランクがトップ層なのはわかるけど、それがどのくらい凄いのか具体的に説明しろと言われると、ちょっと答えに詰まる。

 Sランクは、まあ、ドラゴンを倒せるくらい? じゃあAランクは? Bとどのくらい違うの?

 ……分からない。


 冒険者に恋をしてしまったくせにそちら側の世界の事を詳しく知らない私は、好きな人のことをよく知らないなんて良くないよね、と思い、新しく作った"LOVE–NOTE"と名付けたノートにハヤトのプロフィールを書き込む遊びを始めた。

 ちなみに"~LOVE–NOTE~"……流れるような筆記体でそう書かれたノートは、見るたびに心のどこかから『やめておけ。一生の恥になる』と声が響いてくる不思議なノートなんだけど、恋の始まりで絶好調な私の耳には届かない。

 最初のページに名前と出身地、家族構成、それとどうやら二つ名がカメレオンであるらしい事、Sランク、とまで書いたところで、もう書く事が無いのに気付いて愕然とした。

 もっとこう、年齢とか身長とか趣味とかあるじゃない、と考え、年齢:(推定)十七~十八歳くらい? 身長:(推定)百八十センチくらい? 趣味:不明と書き込んだところで、こりゃダメだ、と本人に直接聞くことにした。


「十六歳、百七十六センチ、趣味はレアモンスター狩りかな」


 すごく十六歳らしい趣味ねと一瞬思ったけど、いやいやゲームのの話してるんじゃないから、リアル狩りの話だから、と考え、それって素敵すぎない? と惚れ直す。あと、歳が私と一つしか違わないのにびっくりした。

 確かによく見れば美しさの中にどこか幼さを残した顔立ちである。

 実績が凄いから勝手にもう少し上かと思ってた。

 今この状態をもってして未完成か……末恐ろしいな……。


「レアモンスターってどんなのがいますの?」

「ドラゴンとかフェニックスとかグリフォンとかかな? 神話に出てくるようなのはやっぱりレアなのが多いね。あとはミスリルゴーレムみたいに、貴重な貴金属をドロップしてくれるのもレアかな」


 やっぱり好きなゲームの話を初心者向けにしてくれているような錯覚を起こしてしまう。これは単に私がただの世間知らずなせいなんだけど。

 そういえば、前世ではそういうゲームも好きだったな……。


「いいな、面白そうね……」


 ぽつりと漏らした独り言に、ハヤトは即反応した。


「面白いよ。すごく」


 リアル冒険者なんて、面白いでは済まないような大変で辛い事がたくさんあるはずなんだけど、それでも尚"面白い"と言い切ってしまえるのは、才能ゆえ……かしらね。


「ていうかアリス、もしかして興味あるの? 市井で何か仕事するって言ってたけど……まさか冒険者登録しようとか思ってる?」

「正直、思ってました」


 これは本当。

 だって孤児院の子供達が最初にする仕事は大抵冒険者の低ランククエストだってラヴが言ってたから、無茶さえしなければ私でもやれるんじゃないかなって思ってたのよ。

 それに、冒険者界隈にはマリア達がいるから。

 ……彼女にはハヤトに近付いてほしくない。


「だめ……でしょうか?」

「そりゃね……。あー、でもなぁ。低ランクならそう危なくもないし、俺がずっとついていられるぶん他の仕事よりも安心かなぁ……」

「ずっと、ついていられる……?」


 夢のようなシチュエーション。

 マリアからの接触も監視出来て一石二鳥じゃない!


「ハヤト、私、やりたいわ。 いつか私もレアモンスター狩る!」

「……仕方ないなぁ。じゃあ最低限動けるかどうか確かめたいから、ちょっとそこに立ってみて」

「こうですか?」


 言われた通り、少し広いスペースに立つ。


「そう。じゃ今からゆっくり魔法を放つから、何かしらの方法で防いでみて。避けてもいい」

「わ、わかりました」


 確かに、それくらい出来なければ認められないわよね。気合い入れていくわよ!


「ほいっ」


 気の抜けた声と共に回復魔法が飛んでくる。確かにゆっくりだったので、難なく避けた。しかしドヤ顔する暇はなかった。次々に飛んでくる。しかも、段々早くなっていく。


「ち、ちょっと早くありません?」

「このくらい避けられなくてどうすんの」


 やがてダンスで培った柔軟性とターンだけでは賄いきれなくなってきて、こちらからも魔法を放ち相殺する。


「やるじゃん」

「動体視力、と、反射神経、には、自信が、ありますの!」


 眩しいくらいの光があちこちで弾ける。目がちかちかして少しキツくなってきた。

 それを伝えようとした時、ハヤトが口の端を上げて笑ったのが見えて、嫌な予感がよぎる。


「あの! 私、そろそろ」

「ああ、キツいだろ。じゃあ最後に、そのまま俺の攻撃も防いでみて」

「無茶言わないで!」

「やってみないと分かんないだろ」


 言い終わる前にハヤトの姿が消えた––ように見えた。

 おそろしく速い移動、私じゃなくても見逃しちゃうわね。最後に放たれた魔法が届くよりも早く、私の手首が掴まれそのまま後ろの壁に押し付けられる。

 いわゆる壁ドン状態でデコピンを喰らった。


「いった……」


 はぁはぁ息切れしながらときめくという人生で初めての現象に浸っていると、最後に飛ばした回復魔法がゆっくりと私に当たった。疲れが癒えて、体力が戻っていく。


「俺の勝ち」

「あのね、勝てる訳ないでしょう⁉」


 そもそも勝負では無かったはずなのだけど。

 でもおいしい思いが出来たからまあいいか。壁ドンごちそうさまでした。


「デコピン一回防げるようになったら冒険者登録しよっか」

「……頑張ります!」


 一緒に夜営して、寒さを凌ぐために抱きしめ合って眠りたいもの。頑張るわ。

 というか、今日はダメだったけど、なんだかいける気がするのよね。階段の一段上にあるような、頑張れば手が届きそうな感覚がある。

 下心しかない自分にやや失望しながらその日の夜~LOVE–NOTE~にハヤトの身長と年齢、趣味とそれから魔法の飛び方の癖やよく狙ってくる箇所などの分析結果を書き込んだ。


 翌朝、起床した私はさっそくベッドに横付けしてあるサイドテーブルの抽斗からノートを取り出した。特に意味がある行動ではないのだけど、何だかこれに弱みを握られているような焦燥感に駆られたのだ。おかげで眠りも浅かった。

 このノートは危険だ……。

 うっすら分かってはいたけど。見付かったら確実に死ぬ。見付からなくても、爆弾を抱えて生きていくのに変わりはない。


 衝動的に、魔道具の術式を読み取られないために使うステュアート公爵家きってのトップシークレット、特殊な隠蔽魔法の呪文をノートに向かって唱えた。


『ステュアートとミナーヴァは約束した』


 スッと文字が消えた。これで見た目は未使用のまっさらなノートだ。ひとまずステュアート家の人間以外に読まれる事はなくなり、ほっと息を吐く。

 この魔法が特殊なのは、この世界で信仰されている女神ミナーヴァと家の名前を使って発動する魔法だからだ。このタイプの魔法は他には無い。

 普通は、起こしたい現象をイメージし(言葉はあってもなくても良い)、魔力を込めて魔法を放つ。

 それは例えば他人が同じ魔力量かそれ以上の魔法をぶつけると消滅する。昨日私とハヤトがやったやつがそれ。

 だけどこれはステュアート以外の、他人の干渉を一切受け付けないのだ。なんでも本当に女神様の力を借りていると思われるのだそうで、ゆえに解除にも女神様の力が必要だとはお兄様の談。

 女神様の力とはまたすごい話だ。あの家一体何なんだ。魔道具の始祖、お祖父様に一体何が起きたのか。お父様のお話だと「祈りが通じた」と言っていたらしいが––。


 てなもんで、魔法を教わった時は「神聖な呪文だから使ったら必ず感謝するように」と念を押されたので、手のひらを組んで祈りを捧げる。


 ––ミナーヴァ様、ありがとうございました。御力をしょうもない事に使ってごめんなさい。


"いいよ"


「⁉」


 声が聴こえた。辺りを見回すけれど誰もいない。静かな朝。


 都合のいい幻聴かな……。


 首を傾げ、気を取り直して身支度に取り掛かる。

 さて、今日は何を着よう? 人を好きになると、服選びが悩ましくなって困る。


 水色のふわっと広がるワンピースに黒い細ベルトをきゅっと締め、NOTぽっちゃりをアピールすべく一階に降りると、ちょうど起き出してきたハヤトと鉢合わせた。

 寝起きっぽいポケーっとした表情で、寝癖がピョンと跳ねている。


 ちょっ、かわいすぎる! その寝癖を直して差し上げたい……!


「おはよ……。早いね、アリス」

「おはようございます。ハヤト、髪が跳ねてますわよ。直しましょうか?」

「……ん。ありがと」


 ポケーっとしたまま椅子に座り、無防備に背中を晒すハヤト。その背中を眺めていると、最初の失礼な態度が嘘みたいに打ち解けた実感が湧いてきて、何かたまらない気持ちになる。

 にこにこしながら艶のある美しい髪に櫛を通していると、ハヤトは大人しく髪をとかされながら呟いた。


「……ねえ、なんで敬語なの?」


 うっ。何となく答えづらい質問がきた。特に理由はない。何となくこのほうが落ち着くだけだ。答えるなら、貴方との距離感を測りかねている、になるだろうか。


「俺思うんだけどさ……普通、逆じゃない?」


 逆? ……逆って、ハヤトが敬語になるって事?

 えっ、それは聞いてみたい、けど、今の素な感じもすごくいい。どっちかなんて選べない。どうしたらいいの?


「……逆だなんて……。私はこれが落ち着くからそうしているだけです。ハヤトも試してみます?」


 何をだろう。

 敬語が落ち着くのは私が恋にのぼせ上がって彼を意識しすぎているからだ。特にこちらを意識している訳でも無い彼が一体何を落ち着かせるというのか。しかし、彼は乗ってきた。


「んー……。そうだな。やってみますか。アリスお嬢様、もう頭は大丈夫ですか?」

「頭⁉」


 まさか~LOVE–NOTE~の件バレてるの?


 一瞬で全身から冷や汗が出たけど、ハヤトは「はい。ここですよね? あ、直ってる」と言いながら寝癖をちょいちょい触ったから、ああ、髪が直ったか聞きたかったのね、と脱力する羽目になった。

 後ろめたい事はするもんじゃないな……。

 アリス、十五歳。一つ賢くなりました。




―――


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