⑨イケメンと同居RTA

 いよいよ家を出ることが決まった私は、部屋に戻って個人的に作った魔道具の基本メモ集で勉強をした。

 だって一つも作れずに終わるのって悔しいじゃない。

 車型、作ってみたかったけど、あれはもう設計案だけまとめてお兄様に託すわ。

 もっと小さくてすぐに作れるものじゃないと、家を出るまでの間に完成させられない。


 ひらめきを求めて属性を組み込む術式のページに目を通す。まだ私は炎や氷など属性を扱う魔道具に関われていないけど、魔道具とはむしろそっちのほうがメインだ。

 魔法は戦いのためひたすら威力と効率を重視するのに対して、魔道具は生活を便利にするために威力を抑えて、一定の出力と時間を維持できるように––。


 ん?

 これ、もしかして、魔法と魔道具を合わせて使うのって可能なんじゃないかしら。抑える術式があるなら、増やす術式にもなるわよね。

 考えてみたら魔道具って前世のファンタジー物で言うところの魔法付与に近いものがあるし。

 そんな感じで、例えば魔法効果を二倍にする術式を入れた魔道具を通して魔法を使ったらどうなるのかしら。


 ––試したい。


 ごくりと喉が鳴る。

 扇を取り出し、柄のところにインクでM×2と術式を書き込んで、定着させる魔法を使う。すると術式はスッと扇の中に沈んでいった。

 一応、これで使えるはずだ。

 壁に向かって扇を振り、その風に乗せてほんの少し魔力を使った氷魔法を放つ。魔道具が失敗なら、私の手のひらくらいの範囲で壁が凍る。成功なら––。


「凍れ」


 放った氷魔法は私の顔よりいくらか大きく壁に氷を張った。


「や、やった……?」


 わからない。確証を得たい。二倍では足りない。


「定着、解除」


 解除すると扇に術式が浮かび上がって来る。二の数字を五に書き換えて再度定着、試す。


「凍れ」


 効果は明確だった。

 一見して明らかに違いが分かる範囲で壁が凍った。でも使った魔力は極小。

 これ、本気で威力ある魔法を使ったら一体どんな事になるのだろう。とにかく凄い事になるのは間違いない。


 ……どうしよう。

 便利な生活道具だった魔道具が、兵器になってしまった。

 これ、まずくないかしら。誰かに相談したほうがいいわよね。


「……お兄様、少しよろしいですか?」


 相談相手に選んだのは、お父様ではなくお兄様だ。

 この手の話は何となくお兄様のほうが良いような気がしたから。


「ん? 何、どうしたの」


 もうすっかり魔道具から距離を置き、領地の資料を読んでいたお兄様は以前と変わらない様子で私を迎え入れてくれた。


「これなんですけど、どうしたらいいでしょうか」


 お兄様に手渡した扇から術式の定着を解除する魔法をかけ、文字を浮かび上がらせる。それを目にしたお兄様は険しい顔をした。


「アリス、これどうしたの」

「思い付いて試してみました」

「そうなんだ。分かってると思うけど、これは駄目なやつだよ」

「やっぱりそうですよね」

「うん。間違いなく王家に睨まれるし、何より、戦争に使われたら」

「ええ、わかります」


 こんなものが出回ったら惨事しか起こらない。

 それに、うちは生活を便利にする道具を作っているだけだから、どんなに儲けて力をつけても王家は婚約を取り付けてくる程度で見逃してくれているのだ。

 こんな兵器を作り始めたら、即、事業ごと没収である。"反逆罪"などの理由をでっち上げてでも。


「すぐ処分しましょう」

「うーん……まあ、自分しか使えないように設定して、道具の力ってバレない程度に出力を調整するならアリなんだけどさ」

「アリなんですか」

「まあね。父上も僕もこういうの持ってるし」

「へ、そうなんですか!? 知らなかった」

「そう。ちゃんとすればバレないでしょ? これはね、自分の名前を術式のここに入れてこう繋げれば……。出来ればフルネームが良いかな。同じ名前の他人が居ないとも限らない」


 頷き、魔法銀のペンを借りてアリーシャ・オファニエル・ステュアートと書き込む。

 お兄様はそれを定着させ、扇を私に向けて扇いだ。


「癒しを」


 回復魔法を私に向けて放つ。光がふわりと私の身体に纏わり付き、私をなんとなく元気にして消えた。

 おそらく扇は反応していなかった。純粋にお兄様の回復魔法だ。


「今のが『1』の魔力量だとすると」


 そう言って扇を私に手渡し、今度は自分の魔法銀のペンを手に取る。

 へー、あれがお兄様の"武器"だったのね。


「これも『1』」


 放たれた回復魔法はさっきとは明らかに違っていた。肩こりが治った。書き込んである数字は三くらいだろうか。


「ね? ちゃんと自分しか使えなくなってるでしょ?」

「はい。なんだか……凄いですね」

「そう、凄いんだよ。でもあんまり数字を大きくしすぎると素材が耐えられなくて一発で壊れたりするから、いくらでも大きくできる訳じゃないんだ。そこがせめてもの救いだよね。今のところ魔法銀が一番耐えられるかな。七十までは耐えたよ」

「七十……」


 十分に脅威だ。お兄様は扇に術式を隠蔽する魔法をかけて、私に返してきた。


「はい、アリス。使ってもいいけど、バレないように……あと、やり過ぎないようにね」

「わかりました。ありがとうございます」

「ううん、僕の方こそありがとう」


 何が? ラヴの事かな? いいって事よ。


「あ、そうそう、お兄様。これ……良かったら作ってみて下さいませ。私の手には余りそうなので」


 途中まで書いた魔力で走る車の設計案を手渡す。

 エンジン要らずなので私みたいな素人でもある程度形には出来たけれど、肝心のハコが大きすぎて試作には至れそうにない。お兄様なら出来るだろう。


「お!? おおお……っ⁉ 何、何これっ! おも、面白い! アリス何これ最高じゃない! ロマンの塊! 思い通りに走る車! 悔しい! なんで僕今までこれに気付かなかったんだろう!」

「引きこもりだったからではありませんか?」


 良かった、喜んでくれて。

 早速夢中になってブツブツ言い始めたお兄様を置いて退室した。



 ––という訳で、一ヶ月後、みごと庶民になりました。


 馴染みのあるドレスではなく、やわらかな綿の紺色ワンピースに身を包んでつばの広い帽子をかぶり、髪型はゆるい三つ編みにした。後れ毛もゆる巻きにしたし、自分でも清楚可愛いと思う。

 トランクを持ち上げて「今までお世話になりました」と挨拶をしたのだが、なんだかお父様もお母様も妙にあっさりしていて、お母様に至っては「お土産は三番街通りの角にあるパティスリーのプディングがいいわ」などと宣った。

 完全に旅行感覚だと思われている……。

 いいんだ。お兄様は初めて頭を撫でてくれたし、ラヴは泣いて見送ってくれたし、ルークも泣きそうな顔でハグしてくれたから。

 ルークったら、あんなにはっきり私のこと嫌いって言ってたのにね。

 とうとう反抗期が終わったのかしら。良かった良かった。


 ––さて、これで長く親しんだ公爵家ともお別れだ。

 涙が出てくるけど、学院を卒業した年の女子なら続々と結婚して家を出ていくのが当然のこの世界。

 いつまでも子供ではいられないのだから、と気持ちを切り替えて、新しい旅立ちに想いを馳せる。


 暮らすのは貴族街からほどほどに離れた、いわゆる中流層が暮らす区域、十二番街。ラヴの家もここ。

 滅多に貴族が出入りすることがなく、ほどほどに品がありつつも活気にあふれていて、とにかく人が多い。身分を隠して暮らすにはぴったりと言える。

 購入した家は憲兵の見回りルート上にあり、元々治安が悪くないこの街でさらに安全な場所にある。

 二階建ての、白くて小さな一軒家。購入費用は私のドレスを大量に売って工面した。おかげで今はまだつつましく暮らせば当面の生活費は賄える。

 けど、なるべく早めに自立の道筋を立てないといけない。


 あの扇はお守りとして持ってきたけど、金銀の刺繍とレースで拵えたザ・お嬢様な扇は、今の私が持ち歩くにはちょっと不釣り合いすぎて使えない。

 護身も兼ねて、枕の下に隠しておこうと思う。


 今日から私の名前はアリス。家名はない。


 田舎から仕事を求めて王都に来た。という設定になる。が。


「それは無理がある」


 なぜか私より先にこの新居にいたハヤトはきっぱりとそう言った。


「やっぱりそう思います? っていうかなぜ私の家にいるんですか?」

「お目付け役かな。公爵に頼まれたんだ。そのうち帰りたいって言い出すだろうから、それまでの間頼む、って言ってた」

「お、お父様ってば……」

「嫁にしてもいいぞ、とも言ってたな」

「お父様ってば!」


 バカ! また悪役令嬢やらす気か! あんなのもう二度とごめんだ!


「ハヤト、貴方もお忙しいでしょうから、どうぞお帰り下さい。私一人で何とかやっていきますから」

「そうもいかない」

「なぜ?」

「妹夫妻にも頼まれた。報酬も、既にもらった」

「報酬……。なぜ? 貴方ほどの方ならお金には困らないでしょうし、仕事くらい選べるでしょう? わざわざワガママな元お嬢様の面倒なんて見なくてもいいのに」

「他では手に入らない報酬だったんだ……」


 ……はあ。もしかして、あれか。魔道車(第一号機)か。

 ここに来る道すがらに通った空き地で見掛けたわよ。

 まだ売り出してないはずなのに、なんでこんなところに置いてあるのかしらって不思議に思ったのだけど。貴方のでしたか。

 ものすごい注目を浴びてたし、子供達がよじ登ってすずなりになっていたわよ。あれ、大丈夫かしら。


「そう……。それなら仕方ないわよね……」

「別に仕方ないなんて思ってないけどな。報酬は確かにもらったけど、そうじゃなくたって様子くらい見に来たさ。約束しただろ?お嬢様じゃなくなっても頼ってこいって」


 あ、微笑んだ。さすが攻略対象、表情だけで現金さを覆い隠してくる。


「そうでしたわね」


 でも、これはあくまでもビジネスライクな関係。

 攻略対象といえど、私との間にあるのは妹を助けた恩のある家のワガママお嬢様を見守りに来ただけという薄い友情だ。

 であれば、私、もう悪役の業なんて背負わなくてもいいはずよね。


 これから始まるかも知れないヒロインとの恋愛を黙って横から見守っていればそれで……。


 いいわけないじゃん。


 ヒロインてあのマリアでしょう? ありえない。ありえない。本っ当にありえない。

 今までマリアのことなんてすっかり忘れてたわよ。

 何でかしら、脳が思い出すのを拒絶していたのかしら。うん、そうに違いない。


 別に性格のいいヒロインならいいのよ? 性格さえ良ければ。この娘なら幸せな家庭を築けると思えば、見守るどころか応援だってなんぼでもしたるわ。でもマリアだけは、ない!

 断言する! あいつは、性格が、とことん! 悪い!

 私だって悪いかもしれないけど、それはまた別の話!

 だいたい、現実で逆ハー作り上げた時点で浮気性確定だ。私なんてゲームですら逆ハーにはしなかったぞ! ならなかったとも言うが。


 おかげでハヤトルートのことは何も知らないけど! ネットで顔見たことがあるくらいだけど!

 マリアはダメだ。あいつをヒロインとは認めない。


 ––決めた。


 今度こそ本当に邪魔したるわ! 悪役令嬢上等! 続投、決定!


 そうと決まれば情報収集だ。もうマリアとは出会っちゃってるのかしら。


「ときにハヤトさん。貴方、最近、ピンクの髪の女の子と出会ったりしませんでしたか?」

「ピンク……? いたような、いないような。っていうか何、そのハヤト"さん"て」

「別に、深い意味はありませんわ」


 まだ出会ってないのかしら。会っていたとしても、印象には残ってなさそうね。


「"さん"付けで呼ばれるとなんか新婚さんみたいだな……。ちょっと萌えるんだけど。もう一回言ってみてくれない?」

「からかわないでくださる? 」


 貴方、いま、猛禽類肉食獣に狙われているのよ。多分。


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