④断罪パーリィは欠席しました


「ではお兄様、入りますよ」


 今から入ろうとしているのは王都で一番大きな病院である。ここなら義手を必要としている人がいると思ってやって来た。

 ちなみになぜここまで早く完成したのかは、このオタク兄が等身大の美少女人形(可動式)を作ろうとしていたため、ちょうどいいサイズの腕の模型が既にあったから。

 その時ばかりは思わず虫ケラを見る目で兄を見てしまったけれど、尊敬の気持ちが生まれてきたのも事実。

 誰にも理解されなくても白い目で見られても、そこまでやれるって……凄い。

 その凄い兄は隣でガタガタ震えている。


「おっ、おおお大きい病院だね。ひっ、人がたくさんいるんじゃないのかな。こんな玩具持ってきて怒られない? 気持ち悪いんだよって言われるんじゃないのかな」

「怒られませんし、これは玩具ではなく新作の魔道具です。自信を持って、しっかりなさって下さいませ」


 気持ち悪いのは事実だが、それは言うまい。

 もっと堂々とすればいいのに。


「ほらしゃんと立って。前を向いて。そうそう、そうしていればちゃんと次期公爵らしく見えますよ」

「うん……」


 スーツに着替えさせた兄は元は悪くないので一応イケメンの部類に入る。

 この残念な中身を知らなければ、天下のステュアート家の長男として憧れの視線を注ぐご令嬢もいるだろうが、引きこもりオタクの立ち居振る舞いはそうそう隠せるものではないので今のところ独身から抜け出す予定は、ない。


「ごめんくださいませ。どなたか、お話が出来るお医者様を紹介して下さらないかしら」

「まあ……失礼ですが、どちら様でいらっしゃいますか?」


 年若い受付嬢がそう言った瞬間、隣の年嵩の受付嬢が凄い勢いで立ち上がり若い娘を押し退けて私達の前に立った。


「と、とんだご無礼を! 申し訳ございません! この娘はまだ年若く、世間を知らないのです! 私どもの教育不足でございます! 申し訳ございません!」


 気の毒なくらい顔色を無くして平謝りする受付嬢を若い受付嬢は不思議そうな顔で見つめ、そのただならぬ様子に周囲も「なんだ」「なんだ」と視線を寄越してくる。


「……あっ、あれはステュアート公爵家の紋章じゃないか?」


 誰かが呟いた一言が妙に響き渡り、ざわっと騒がしくなる。年若い受付嬢もさあっと顔を青ざめさせ、先輩に並んで頭を下げ始めた。


「も、申し訳ございません!」

「いいえ、私も不躾でございました。名乗りもせず、何の連絡もなしに急に押し掛けてごめんなさいね。何せ新しい魔道具がつい先ほど完成したばかりで、一刻も早く試したい一心で。つい」

「とんでもございません! 新しい魔道具、でございますか! 今すぐ院長を呼んで参ります!」


 バタバタと駆けていく受付嬢達と、視線を集める私達。

 兄は完全に空気に徹するつもりのようで、魔道具を入れた家紋付きの箱を抱えたまま微動だにしない。だけどそれがかえって高貴なる者の堂々たる振る舞いに見えるようで、「あれが次期公爵か……立派だな」という全方面に気の毒な一言が聞こえた。

 ここでお付きの従者に間違われないところがさすがお兄様ね、と思うべきかどうか迷っていると、バタバタと足音をさせて院長らしき白衣のおじいちゃんが駆け込んできた。


「こ、このたびはステュアート家の方々がお見えと伺いまして、取り急ぎ参じた次第でございます。何やら新しい魔道具をお持ち下さったとのことですが……」

「ええ。この箱の中なのですけど、どなたか腕を必要としている方はいらっしゃらないかしら」

「腕、ですか……。少しお時間を頂けますか? すぐに調べて参ります」

「お願いいたします」


 ほどなくして、私達はひとつの病室に案内された。


「この患者さんは、一月ほど前にモンスターに襲われて右腕を失くしております。若いこともあり、既に傷はほとんど塞がっているのですが……精神的に強いショックを受け、いまだ立ち上がることが出来ず、退院を先延ばしにしております」


 院長が小声で説明してくる通り、ベッドに横たわる患者は空虚な瞳でどこか遠くを見つめている。

 まだ十代と思われる彼女は可愛らしい顔立ちをしているけれど、光の無い眼差しと若さとのギャップを感じて少し恐いと思った。


「……ほら、お兄様。お願いしますわよ」

「う、うん……。ちょっと、ししし失礼します」


 噛んでるけどそれに反応する者はなく、人形のように横たわり反応を見せない彼女の入院着をお兄様がはだけさせ、腕を確認する。

 その様子を誰もが固唾を飲んで見守っていた。


「アリス、義手持ってきて。間違えないでね、右だよ」

「はっ! はい!」


 急にちゃんとしだした兄に慌てて右の義手を差し出す。

 急ごしらえの義手は木目もそのままのクスの木製だ。ここに来て初めて、色も塗って来なかった事に思い至った。それを申し訳なく思いながら、兄が義手を切断面に合わせる様子を見守る。


 「ねえアリス。今から接合の魔法を使うんだけど、人体と魔道具を繋げるのは実は初めてなんだ。歴史的な瞬間になると思うんだけど、多分呪文は機密になる。僕が詠唱している間、皆に聞こえないようにしてくれるかな?」

「わかりました」


 この世界の魔法は基本的に無詠唱で使えるものだ。だけど複雑だったり細かいコントロールをしようと思ったらやはり口に出した方がより確実性が増すので“呪文”を使う人はそれなりに居る。

 言葉に魔力が宿る訳ではないけれど、使用者本人の意識の問題ってやつね。これが案外バカに出来ない効果を持っている。


 私は兄の周囲にのみ隙間を作り、部屋全体に静寂の魔法をかける。これで誰も兄の声が聞こえなくなった。

 痛いくらいの無音の中、私だけが兄の口元が見えるポジションにいたために詠唱の様子を観察できた。


(萌え……不憫美少女萌え……)


 読唇術ではそう言っているように見えたけど、ううんそんなはずないと打ち消す。


(できたよ)


 兄の口がそう言ったので、静寂の魔法を解除した。


「たぶん動くと思うんだけど……どうかな?」


 その言葉に、少女は瞬きをして指先に視線をやった。ぴくり、と木の指先が動く。 

 少女の瞳に光が宿る。


「手……わたしの、手……?」


 腕を上げ、まじまじと見つめながら指をグーパーと動かす。


「凄い……。動くわ……! 嘘みたい。私、もう生きていけないと思っていたのに……!」


 あっという間に目が潤み、ぽろぽろと涙がこぼれだす。


「良かったね」


 そう言って微笑む兄は、不覚にもちょっとカッコよかった。


 たくさんの人々の称賛や尊敬の眼差しをこれでもかと浴び、上の空な表情で公爵邸に帰ってきたお兄様は、一言も言葉を発さずに部屋に直行して閉じ籠ってしまった。

 こっそり様子を見に行くと、お兄様はスーツのまま机に向かい、等身大美少女人形そっちのけで何か部品を組み立て始めている。傍らには新しい設計図があって、そこに描いてあるのは右腕の義手––なんだけど、よく見るとより人体に近付けるための改良案が細かく書き込まれていた。

 今度は色や爪まで繊細に作り込むつもりのようだ。


「クリスお兄様」

「……ん?」

「やりがい、ありましたでしょう?」

「……そうだね。面白かった」

「私もです」


 私もやってみたいな、と強く思ったくらいに。


「また教えて下さいね」


 そう言って、兄の部屋を後にした。



――――




その日の夜、卒業パーティーでは。


「アリーシャ・オファニエル・ステュアート! 私メルキセデク第一王子の名において、貴様との婚約を破棄する!」

「で、殿下! そのご令嬢は違います!人違いです!」

「何っ!?」


 王太子は元アリーシャと同じタイプの武装メイクを施したよそのご令嬢に婚約破棄を言い渡していた。


「きゃはっ! メル様ったらうっかりさんなんだからぁ! 確かにお化粧濃いし体型まで似てますけどぉ!もぉ、ちょっとぉ、アリーシャ様ぁ~! 王太子様がお呼びですよぉ~。どこにいらっしゃるんですぅ? お返事くらいしたらどうなんですかぁ?」


 みるみるうちに会場が冷え込んでいくも、彼らは気付かない。

 会場のほぼ全員が同じような事を考えていた。

 これ、ヤバイやつや。


 一体彼らは何をしようとしているのだろう。この国を大国たらしめているのは、他ならぬステュアート家の魔道具だというのに。

 特に学院中の噂の的だった男爵令嬢の煽り方が凄い。あんなの誰だって怒る。なぜ傍らに侍る男達は諌めもしないどころか、満足げに頷いたりしているのだろう。

 誰でもいいから、アレを早く止めて差し上げろ。


 その想いに呼応するかのように赤いマントを引き摺った国王陛下が会場に駆け付け、なんと御自ら王太子にまさかのゲンコツを落とした。


「この馬鹿ッ!」

「あいたっ!」

「ステュアート公から連絡があったから飛んできてみれば! まさかこのような醜聞を引き起こすとは!」

「しかし陛下、聞いて下さい! アリーシャは権力をかさに着て、この可憐さで次期王妃の座を射止めたマリア嬢をいじめたのですよ!? そのような者、次期国母にふさわしくありません!」

「お前は何を言っておるのだ!? お前の母など毎日のように侍女を折檻しているが国母の役割は果たしておろうが! 大体権力をかさに着ているのはお前の方じゃろう! でなければこのような場で婚約破棄宣言などと度胸の要る真似出来んわ! それと! 勝手に次期王妃をすげ替えるでない!」

「まっ待って下さい陛下! 痛いです!」


 国王陛下に耳を引っ張られながら会場の外に引きずられていく王太子を、ギャラリーは身動きひとつ出来ずに見送った。


「きゃっ! ちょっとぉ、何するのよぉ!」


 金切り声に反応して視線を戻すと、近衛兵達が残りの逆ハー軍団を拘束していた。


「無礼な。この手を離したまえ」

「はっ! その程度の力で俺を拘束出来ると……うっ、外れねェ!? な、何で!?」

「生徒達から手を離しなさい。 ついでに私も離してくれるといいのだが」


 腹黒クール枠の宰相の息子。脳筋枠の騎士団長の息子。教師枠の教師。以上が今回の逆ハー軍団である。


 危うくその一員になりかけていた年下ワンコ枠のルークは、離れたところからその一部始終を見守っていた。


 朝、別人のように美しい姿で現れた義姉と話してから、ルークは思い出していた。

 公爵家に来たばかりの頃、天使のように可愛らしかった義姉と遊ぶうちに、両親を失った悲しみが少しずつ癒されていったこと。

 やがて家族としか見てもらえないことに苛立ちを感じるようになり、時を同じくして下手くそな厚化粧と悪趣味なドレスばかり着るようになった義姉にうっすら失望を感じたこと。

 しばらくして、無垢なマリア先輩に出会って恋に落ちたこと。マリア先輩が義姉にいじめられたと言うたびに、失望が深くなっていったこと。


 ––今日、義姉と話してからは、夢から覚めた気分だった。

 義姉が、ルークと過ごした時間を覚えていたことが嬉しかった。あの時間を"宝物"と表現したことに泣きそうになった。自分の中にまだ義姉への想いがくすぶっていた事に気が付いたのだ。

 卒業式の後、マリア先輩やメルキセデク殿下達に、婚約破棄はともかくパーティーでの断罪は取り止めるよう進言したが、聞き入れられずに彼らだけで強行した結果があれだ。

 義姉は欠席です、と何度も伝えたのだが。

"あの派手好きで見栄っ張りで中身のない女がパーティーに来ないはずがない"の一点張りで、何かに取りつかれたかのようにパーティー断罪に固執する彼らに空恐ろしさすら感じた。


 近衛兵に連行され会場を後にする彼らの騒ぐ声が聞こえなくなった頃、国王と共に会場に来ていた宰相から箝口令が敷かれた。

 しゃべったら禁固、と脅されて、会場内にいた誰もがこの巻き込み事故を恨めしく思った。


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