③出来るけど、ロマンがない

 久しぶりに私と普通の会話をしてしまったと気付いたらしいルークは慌ててイケメンショタ顔をキリッとさせ、背筋を伸ばして言った。


「義姉様、本日は卒業パーティーがありますけど、もうマリア先輩をいじめたりするのはやめて下さいね」

「別にいじめてないわよ」

「誤魔化しても無駄です。ひどい言葉を投げつけたり、ノートに悪口を書き込んだり、制服にお茶をかけたりトイレに閉じ込めて水をかけたり、挙げ句の果てには階段から突き落とそうとまでしたそうじゃないですか」

「ひどい言葉以外は心当たりがないわよ。なぜそれが全て私の仕業だと決め付けるの? 言っては悪いけど、マリア様、あちこちの女子生徒から相当恨みを買っているのに」

「そういう魅力のない女子生徒達のボスが貴女じゃないですか。大体、貴女以外にあんなひどい所業を思い付く人はいない」

「ちょ、それはどういう……」


 あんまりな言葉に反論しかけるけれど、悪役を受け入れようと決めた事を思い出して口をつぐむ。


「……はぁ……。もういいわ。だけど、女生徒達に魅力が無いなんてとんだ節穴発言よ。彼女達みんなそれぞれ素晴らしいものを持っているの。撤回しなさい」


 殊勝な事を言っているが、内心は大荒れだ。

 やだよー。濡れ衣なんて着たくないよう。

 ああ、巨乳様、私めの心をお慰め下さい。

 柔らかな感触を求めて身じろぎする。いくら不仲とはいえ、義弟の前でいきなり自分の胸を揉み出すような非常識を晒す訳にはいかないのでね。両腕をきゅっと内側に寄せ、内腕で巨乳の重みや柔らかさを堪能する。

 はあ……。嬉しい。

 そうやってストレスを解消していたら、ルークは私をキッと睨み付けて言った。


「義姉様はこれだから嫌なんだ! さも自分だけは清廉潔白みたいな事を言って、人の心の葛藤や弱さなんかには気付きもしない! そんなふうだから皆心から慕ったりしないし、殿下だってマリア先輩に――」


 そこまで言って、はっとしたように口を手で押さえた。


「っ……すみません、少し言い過ぎました」

「そ、そう……かしら?」


 今更な事ばかりだったような気もするけど。ていうかその前のほうがもっとひどい事言ってたけど。

 何かしら、義弟のツボがわからない。


「……女子生徒達を侮辱するような事を言って、申し訳ありませんでした。……では、僕はこれで失礼します」


 情緒不安定なのか、彼は意気消沈したような様子でトボトボと歩き、私の横を通りすぎる。

 そのしょぼくれた姿が家に来たばかりだった頃の幼いルークと重なり、ふいに胸が締め付けられた。


「ねえ、ルーク」


 足だけ止めて振り返らないルークに言葉を探す。あの頃の可愛かったルークはもういない。だけどあの幼子に、あなたはいつも愛されているのだと教えてやりたかった。


「小さな頃、あなたと庭で蝶を追い掛けたり、チェスで遊んだり、お気に入りの本を読み合いっこしたりしたのを覚えている? ……宝物みたいな時間だったわ。私にとって、今でも良い思い出よ」


 返事がない。けど、聞いてはいるだろう。逃げられないうちに畳み掛ける。


「あなたがいてくれたおかげで今まで楽しかったわ。ありがとう」


 ルークは俯いたまま、無言で立ち去った。


 さて、今日の予定を全てサボる事が決定した私にはやる事があった。

 私自身の今後について、ひとつの考えがあるのだ。婚約破棄後、修道院に入るのもいいだろう。訳あり令嬢としてどこかの後妻に入るのも、嫌だけど仕方ない。

 だけど、それって果たして公爵家のためになるのだろうか?

 言うまでもなく、私は大金をかけて育てられた。愛情もかけてくれた。それに見合うだけの恩返しが、修道女または立場の弱い後妻で出来るだろうか。

 はっきり言って––難しい気がする。それよりも、魔力を生かして何か出来ないだろうか。

 例えば、魔道具開発、とか––。

 そう考えた私は足早にステュアート家長男、次期公爵であるアキュリスお兄様、通称クリス兄(十七)の部屋へ向かった。


「クリスお兄様、アリーシャでございます。少しよろしいでしょうか?」


 ノックして返事を待たずにすぐ扉を開ける。不躾だけど、これがお兄様の通常運転だからいいのだ。

 案の定、朝なのになぜか真っ暗な室内にいたお兄様は、ヨレヨレの白衣で何かをブツブツ呟きながら紙に設計図らしき図案を描き込んでいる。

 当然、私に気付いていない。


「お兄様?」


 肩を軽く叩いて呼び掛けると、お兄様はびくぅっ! と飛び上がって、まるで暗殺者にでも襲われたかのような形相で振り返った。


「なんだっ! ……ファっ!? 君は誰だ!?」

「アリーシャですよ、アキュリスお兄様」

「あ、アリス……? おかしいな、天使かと思ったけど。アリスだったらもっとこう、地獄の使者みたいな感じのはず……」

「地獄の使者……」


 堕天使ですらないところにお兄様の素直な悪意を感じつつ、気を取り直してサッと一人掛けのソファに座る。


「そんな幻を見るなんて、また徹夜しましたのね。お身体に障りますわよ」

「幻なものか。徹夜は必要だからしているんだ。なんたって、ひらめきは必ず夜中の二時から三時頃にやってくるのだから」

「そんな深夜のハイテンションで思い付いたものばかり開発するから、役に立たない妙な魔道具ばかり作ってしまうのですよ」

「ああ、君にはこの素晴らしさがわからないのだね。気の毒な事だ」

「メイドのパンツを見るメガネの素晴らしさなど理解したくありませんし、ドラゴンの模型がカタカタと歩くだけの魔道具など玩具でしかないと思っていますが」


 おっと、嫌みを言いに来たんじゃなかった。いけない、いけない。


「いえ、思っておりました、の間違いです。私、気付きましたの。この魔道具たちが秘める無限の可能性に」


 お兄様は怪訝な顔をするが、構わず続けた。


「例えばメイドのパンツを見る代わりにモンスターの核––魔石のある場所を見るメガネだったら? 例えば、思い通りに動く模型が、戦や病気で失った手足の代わりになるとしたら?そう思ったら、いてもたってもいられずこうしてお兄様のところに馳せ参じたのです」

「ふむ……」

「お兄様、私に魔道具の技術を教えて下さいませんか?」

「別にいいけど……」

「何か問題でも?」

「そういうの、あんまり面白くなさそうだなって……」


 ピキッ。


「人の役に立つ技術に面白いもクソもありませんわよ! 大体お兄様は日がな一日部屋に籠って自分の趣味以外の事をしないから、やりがいを知らないのです!取り敢えず応用の簡単そうな義手か義足を作りやがれ下さい! それ持って病院行けば私の言っている事が理解出来るはずです!」


 はぁはぁしながら言い切ると、気圧されたお兄様は「わ、分かったよ……」と言って机に向かった。

 全く、貴族の道楽みたいな事にばかり情熱傾けちゃって。

 この技術が門外不出だっていうところが魔道具の発展を妨げているのよね。お父様はあまり開発が得意ではないようだし、このオタク以外に新しいものを開発する人がいない。だけど安易に広めると危ない技術でもある……。難しいわね。


「アリス、これを見て」

「え? 何ですか?」

「魔道具の術式。学びたいんだろう? 模型タイプはわかりやすいと思う。これは義手の最初の術式になる」

「え、ええ」


 授業は早速始まったようだ。見ると、それは数学の文字式によく似ていた。

 例えばαがその模型が義手であることを表す記号だとして、=の後にβプラス5とカッコ内におかげで五つの記号とそれぞれに数字がくっついている(手のひらに指の本数と関節の数?)、プラスにуと五つの記号にまた数字がくっついている云々といった具合。

それは手という身体の一部分が何で構成されているかを突き詰めた一文であるように見えた。


 ––やべえ、数学超苦手……。

 そう思ったが、ここで喰らいつかねばどうする、と心を奮い立たせて今考えた自分なりの解釈をお兄様に伝える。

 するとお兄様は嬉しそうな顔で驚いた。


「お宅、素質あるんじゃないの!? 大体その通りだよ! 初見でそこまで理解するって凄いよ! ここの記号はね、脳からの指令と義手を繋ぐための大切な過程なんだ! ここが一番の肝だね! それとこの数字はそれぞれの指を動かすために必要と考えた魔力量! 改良の余地はあるね。まあ、何をもって1かとすると難しいんだけどね、そこはお祖父様が定めた規定があるからね。それだけじゃカバーしきれない時は小数点まで使いたいけど、そこまでするのはちょっと面倒だよね。ていうか、人間が考え出しただけの文字記号と自然界の魔力が式で繋がっちゃったなんて、お祖父様凄いよね。マジ尊敬。マジ神。僕そのへんいまだによくわかんない。何か超常現象が起きたとしか思えないけど、これが公爵家の力なのかなって最近は思ってるんだ。それでさ、最後は必ず術式を素材の中に沈めてやんなきゃいけないんだけど、そこで魔法を使わなきゃいけないんだよ。その後に術式を隠蔽する呪文が普通とちょっと違ってて」


 オタクスイッチを入れてしまった。

 途中からスルーして机の上を無為に眺める。そこには魔力をよく通す魔法銀のペンや使い道のよくわからない道具があった。すぐに見飽きて、頭の中で術式と義手を融合させてみる。


「……ねえお兄様、私思ったんですけど、このように一度に長い式を作らなくても、例えばこう……親指なら親指の式といった具合に、それぞれの箇所ごとに式を独立させる事は出来ないんですの? そのほうが短くなって、ケアレスミスによるエラーも減らせそうな気がしますが」

「……出来るけどロマンがない」

「アホか!」


 取り敢えず、義手作りは昼に終わった。


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