02 王守仁


 南昌という土地は、中国最大の淡水湖・鄱陽湖はようこの南の、さらに奥に位置する。

 明の太祖・朱元璋と、陳漢ちんかん陳友諒ちんゆうりょうとの天下分け目の戦、鄱陽湖の戦いの前哨戦として、この南昌の籠城戦があった。

 南昌籠城戦は、陳友諒が大艦隊を率いて、南昌に籠る朱文正しゅぶんせい鄧愈とうゆを攻撃し、朱文正らは火器「火竜槍」を活用して、それをしのいだことで有名である。


「今こそ、わが手に天下を」


 正徳十四年六月十四日。

 その南昌で、佛郎機銃と私兵十万を擁し、寧王蜂起。

 事を知った江西巡撫孫燧そんすいは寧王を諫めたが、寧王はこれを捕らえ、さらにその捕縛を諫めた江西按察副使許逵きょきも捕らえ、結局のところ、二人とも殺した。

 そして、かつて陳友諒が採ったという戦略に基づき、兵を南京に向けた。

 かの宦官・劉瑾はすでに始末されたとはいえ、今もまだ他の宦官が跳梁し、明の宮廷はまだ、乱れている。

 ゆえに。


「まともな叛乱鎮圧など、できるものか」


 それが、寧王の目論見であった。

 約十年前、寧夏で勃発した安化王の乱は十日で鎮圧されたが、あれは当時の寧夏の参軍・仇鉞きゅうえつの奇計がたまたま功を奏しただけだ。


「大体、叛乱のすぐ近くに、そのような将がいるという偶然、そうそうあるものか」


 そう寧王はうそぶく。

 だが、寧王は後日、この発言を振り返って憮然とすることになる。



 ……この時期、実は近くの福州においても、叛乱が起こっており、ある人物が鎮圧に向かっている最中であった。


「まさか嵐で渡河できないとは」


 その人物――王守仁は歎いたが、「致し方ない」と呟き、詩作でもするかと、ふと思いついた詩句フレーズを、ひとり吟じていた。


「白の境に舞う金烏。思いついたのは良いが……金烏、つまり太陽……う~む、ここから先が、なかなか思いつかない……」


 詩作にて心を落ち着かせようという試みは、だが、その詩作がうまくいかないことにより、無駄に終わった。

 そして嵐は止まず、このままでは埒が明かないと判断し、守仁は、かつて知事を務めていた、盧陵ろりょう吉安きつあんに寄ることにした。

 吉安の知府・伍文定ごぶんていは守仁を歓迎して、言った。


「かようなところにて、先生とお会いできるとは」


 陽明とは、王守仁の号である。

 王守仁――その号から、王陽明として後に知られる人物である。

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