第2話

 組織のある地下施設へと戻ると、ユーリに無理やり医務室へと連れて来られて、精密検査をさせられた。不要だというのに、ユーリは融通が利かない。大した怪我でもなんでもないのに、いつもユーリは大げさ過ぎる。その感情を他の誰かへと向けてやれば、少しはいい雰囲気になるのにと、眼鏡の男を睨みつけたが、目を逸らされてしまった。こいつもこいつで、融通が利かない。

 それは私も同じか……紗枝がいない組織なんかにいつまでも留まって、ただ情報が来るのを待っている。本当に探したいのなら、敵陣の中だろうと何であろうと飛び込み続ければいいんだ。

 結局……私は今日も仲間を殺すのを躊躇った。組織の仲間にいくら強く言っても、説得力なんて私にそもそもありやしないんだ。



「うーん、問題なしかしらね」

 長かった検査からやっと開放されるのか、

「これでもういいわ」

 医者がカルテをライトテーブルの上においた。ライトアップされた私のカルテは、見るまでもなくオールグリーン。どこも異常はなかった。その一つを医者が手に取ると、

「相変わらずあなたの身体の回復能力は凄まじいものね」

 大量のファイルが収められている棚の中から『結城萌』と私の名前が書かれたファイルを取り出すと、その中へとしまった。

「進行度も相変わらず変化なしと――」

 ファイルの中を見ながらそういって、元の位置へと戻した。どれくらい進行しているのかを知っているのは、総司令と医者だけ。本人には近くなったら伝えられるというけれど、本当なのかどうか怪しいところだ。敵になる人間に、人ならざるものになる人間にどう伝えるというのだろうか。それは人間として、ある意味……死を伝えるのと等しいことなのに、じゃぁ、私はどうなのだろうか。もう人間じゃなくなっているのか、

「……」

 疑いの目を向けそうになった気持ちを抑えると、医者が私の右手を見た。

「一応それだと目立つから、包帯をしておきましょう。あなたはただでさえ有名だからね」

 そして傷痕が白く光っている私の右手の傷痕を包帯でぐるぐると巻いた。光は包帯に包まれる形で次第に見えなくなった。右手だけミイラ人間の出来上がりだった。

「子供たちにとってあなたは英雄にも等しいものだからね。そんな人がこんな怪我なんて見せちゃ落胆させてしまうわ……」

 哀愁感たっぷりの声だった。

「……嬉しいなんてこれっぽっちもない。強くても弱くても殺ることは何も変わらない」

 人を殺す力なんていらないのに。そもそも包帯があろうとなかろうと、怪我しているようにしか見えない。ファッションか何かであるなら別だが、生憎そんなのを気にする世の中はもう終わっている。

「そうね……それはある意味、彼らに近くなってるってことなのよね」

「……」

「あら、ごめんなさいね。あなたが人ならざるものだとは言ってないわ」

 バツが悪そうな顔を医者に向けられた。

「……わかっている」

 悪いのは医者のせいでも、私のせいでもない。そして言ってしまうなら、人ならざるもののせいでもない……結城紗枝が悪いんだ。

 それは誰も知らない。私だけが知っている。あの人の秘密だった。

「それじゃ、簡単な痛み止めと傷薬いらないと思うけど渡しておくわね」

 平常心であるみたいに表情を作り手渡された袋を受け取ると、

「……ありがとう」

 燻る想いを隠して医務室を後にした。

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