♪3 それはCDFGあるいはドレファソ

 タンタンタン。

 奏は一段抜かしで階段を駆け下りる。

「どこ行くのー」

 トントントンと包丁を動かしながら、母親の玲美れみが声をかける。

「ちょっと出てくるー」

 ピーと笛吹ケトルが騒ぎ出す。

「あーはいはい、お湯がわいたのねー。今、行きますよー」

 バタバタという玲美の足音を聞きながら、奏は玄関を開けた。ギィと蝶番がきしむ。

「なんだ、出かけるのか」

 父親の詞努しどはじょうろを右手に持ち、左手で腰をさすった。

 夕暮れ迫る町を奏は風のように駆けていく。

「間に合った」

 教会の前に着くと、奏はそのときを待った。

 カーン、カーン。

 鐘が鳴り響く。奏は録音ボタンを押した。テープが回る。しかし、すぐに勝手に止まってしまった。

「あれ、壊れちゃったのか」

 ガチャガチャとボタンを押して、いろいろと試してみた。巻き戻しと再生は問題なくできるが、ごくわずかな時間しか連続して録音できないらしい。

 家に帰りながら、町には音があふれていることに気づいた。

 ビー、プー、ファンと車のクラクションはさまざまだ。対して自転車のブレーキはキーとどれも耳障り。いつもは気にくわないブォンブォンというバイクのエンジン音も今日は心地よく聞けた。

 中学校の体育館からはダムダムというバスケットボールのドリブルの音、キュッキュッとシューズが床をこする音。

 カキーンとこれは野球部。パァンとこれは剣道部。

 これからたくさんのことを知っていくはずのまだ見知らぬことが多すぎる町を歩きながら、たくさんの音を集めた。

 家に帰り着くと、ちょうど夕飯ができあがったところだった。カレーをたいらげ、奏では隠し部屋に向かった。

 鐘の音では、五本線の真ん中の線に串刺しにされている形の黒丸が点滅した。

 バイクのエンジン音を再生すると、五本線の一番下よりもさらに下。短い横棒に貫かれた形の黒い丸と丸から伸びた棒が点滅した。

 つぶれた黒丸は位置する場所によって、大きく七種類に分類できるようだ。ひとまず奏は七つすべてを光らせようと決めた。

 七つの位置の黒丸はさらに円のなかが塗りつぶされているか、棒が伸びているか、旗がついているかどうか、で種類がわけられているらしい。棒同士がつながっているところもあるから、奏には暗号の解読は難しそうだった。

 録音してきた音を再生すると、音に対応して光る場所が違う。不思議なことに違う音でも同じ箇所が点滅することがある。

 どうやら、黒い楕円の七つの位置は音の高さによって決まっているらしいと、何度もやっているうちに奏には見当がついてきた。

 五本線よりも下にある短い横棒つきの丸が一番低く、位置が上にいくほど音が高いような気がするのだ。

 一番下はバイクのエンジン音。

 その次、五本線の一番下の線にぶら下がるような黒丸はまだ変化を見せない。

 一番下の線に串刺しにされたところは、最初にアクシデントで録れてしまったレコーダーを落とす音。

 一番下の線と二番目の線の間は、交差点で信号待ちをするバスの排気音。

 下から二番目の線に貫かれているのは、風ではためく「ビール冷えてます! 焼き鳥テイクアウトOK!」というのぼりの金具の部分が、すぐそばのポストに当たるカンという音。

 次の下から二番目と三番目の線の間にある音はなかった。無駄吠えをすることで有名なふたブロック違いのシベリアンハスキー、ロックちゃんの遠吠えが近いかと思ったが、のぼりの一部とポストとの衝突音と同じだった。

 一番高いとおぼしき、教会の鐘の音は三本目の線の真ん中のものに串刺しにされていた。

 七つのうち、五つは光らせることができた。だが、まだ二カ所、変化を起こせない場所がある。

「明日かなぁ」

 隠し部屋で奏はつぶやいていた。

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