第64話・彼にできることは

 翌日、薔薇姫達にそれとなく情報を流してからだ。ジークはアッシュから【最前線】のことを聞き、彼らもさすがに怒った。


「それは本当なのかい?」


「そうみたい」


 最前線のプレイヤーから聞いた話。彼はゲーム機であるVRハードを借りている身らしい。


 初めの頃は彼は感謝してもしきれないくらい、このゲームにハマっていた。彼だけじゃなく、他のメンバーも。


 お金が無かった、抽選に落ちた、できない者達を集めて、彼は自分の家とハードを貸してくれた。


「正直、この機材って、バカ高いもんな」


「ああ、抽選もあるし、それでもVRゲームとしてはかなり高いレベルだから、いまだにうなぎ上りで売れているよ」


 実はプレイヤーを辞めたと言う話は数件、もちろんあるらしい。それもこれもプレイヤーのマナーが悪いと言う話で。


 だけど他のゲームでは味わえない世界観、ゲームシステム。やりたい人の方がいまだにそれを追い越している。だから現状、噂になるレベルではあるが、関わらなければいいと思われているらしい。


「VR機具も高いけど、ベットや横になれる環境でやれるから、カプセルホテル的な場所でしている人もいるくらいだからね」


「ああ、それでね。彼らもこのゲームが大好きになったんだ。だけど」


 どこからかおかしくなった。急に貸している子が無茶苦茶なことをするように言い始めた。


 人が増えて、マナーの悪いプレイヤーを引き込んだりして、攻略の最前線を名乗るようになったのだ。


 マナーの悪い仲間が増えるのは考え物だが、攻略の最前線を進むのは歓迎した。だからデータ集めや検証も苦ではなかった。最初は。


 それがいつからかNPCから情報を引き出すノルマや、有名プレイヤーの動向を売ったりし始めておかしくなった。


「やめなよ、それはルール違反だよ」


「大丈夫です。なぜならば僕ですからね」


「ど、どういうこと?」


「いいからシープ嬢から情報を受け取りに行きなさいッ!」


 詳しいことは話さず、知っている人は口を紡ぐ。


 ルール違反、GMコールに臆することはせず、喜々として破るようになった。


 それを面白がるプレイヤーが仲間に入り、古参の彼らは肩身の狭い思いをするようになる。


 辞める選択肢はあった。そうして辞めた人もいる。


 だけど伝手もなにも無い自分では、またやれるようになるのは先の先。だからやめられずに続けていたら………


「貴重アイテムを売るように言ってきたと」


「ゲームを続けたいのならね」


 しかも場所を貸していたり、いままでの貸しを返すように恐喝していたらしい。遠回りではあるが、そういう圧をかけていたと。


 こうして彼はモンスターの卵を売って、オークション経由でプレイヤー売買が可能と情報に載せずに、協力関係のプレイヤーだけで話を進めているらしい。


「なんでも向こうは、俺のモンスターもオークションで売ってもらって、手に入れる話をしてるらしい」


「………それをヒビキが知ったと」


「討伐隊がもう掲示板に書いて、いま荒れに荒れてる」


 やめるように言うべきだったのだろうが、あの場でプレイヤーは全員、怒り狂っていた。止めることはできなかった。


「ごめん」


「君が謝ることじゃない。完全に向こうが悪い」


 こんなのGM案件じゃないかと愚痴るジーク。


「だけど不思議な話、GMから通達は少ないらしいんだ」


「は?」


 それにジークが疑問に思う。仮想世界だからと言って、もうやっていい範囲を超えてるのに?


「………ちなみに最前線は、100人くらいにゲーム機を貸してる」


「えっ!?」


 それには驚く、100人となるとかなりの数だ。お金も機器もどうやって集めた?


「………まさかと思うけど、ゲーム会社から伝手があるのかも」


「んな、なら平然とゲームでマナー違反するのは、GMスタッフからの罰則を逃れられるから?!」


 掲示板をさっとみる。メッセージ自体消された形跡がある中で、いまだにその手の話題が盛り上がっていた。


 誰もが運営に不信感を抱いている。


「これが本当なら、そうとうまずいぞこのゲーム」


「………」


 アッシュは暗い顔をする。スタッフには優しくされていたが、別のスタッフがそんなことをしているとなると話は違う。


 もしもこの話が本当なら、ゲーム自体終わる。


 そうなると………


 アッシュはテイムモンスター達を見る。もはや大切な家族と言って良い、大切なものだ。決して物でない彼らが、ある日突然、消えてしまう。


「そんなのいやだ!」


 世界樹の復活、オリハルコンの武器創造なんてどうでもいい。


 シンクや輝夜、タロウ達。みんながいなくなるこそが一番いやだ。


「アッシュ………」


「俺はどうすれば良いんだ………」


「………」


 ジークは少しばかり黙り、よしと呟く。


「あまり褒められたことじゃないけど、こちらもこちらでやるしかない」


「なにを」


「あまり言いふらさないで欲しいんだけど」


 ジークからリアルでやり取りしようと、メールアドレスが送られてくる。ラインなどできるよう、その手の招待もある。


 リアルでできることはあるのかと思う中、アッシュは参加するしかない。大切な従魔達と共にいるためにも。


 そんなやり取りの中で、ゲームイベントは進んでいく。


 いまのところ止められず、それは目を覚まそうとしていた。

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