父と母の事を少し

 窓はどちら向きだっただろうか。太陽はどちらから昇るんだっけ?わたしの部屋は物置になっており、祖父母ももういない。祖父母の部屋を覗けば、ベッドはそのままで、昔のテレビが置いたまま、電源コードも抜けたまま。居間と台所と父の部屋だけが呼吸している。わたしの部屋に押し込まれたハンガーラックの服たちは、もう誰にも着られることはないのだろうか。父は本当のことを語らない。何も語らない。いっそ捨ててしまえばいいのに。どうでもいいことは雄弁に語るのに、わたしが知りたいことは何一つ語らない。わたしも聞かない。

 滅多に帰らないので、お風呂はカビだらけ、掃除くらいしてほしい。汚れてもいいような服に着替え、お風呂の床や壁にスプレーを吹きかける。母がいたならこんなことにならなかったのに…と思いながら、カビが落ちるのを待つ。少し待って風呂を覗く。お風呂の入口からまだカビが落ち切れていない所に向かって、もう一度スプレーを吹きかける。しばらく待ってシャワーで洗い流し、お風呂の壁や床をたわしで擦る。いくらか綺麗になった。「ちゃんと掃除してよ。」なんて父には言えず。父の「ありがとう。」の言葉にわたしは頷くだけ。

 父は一人じゃ何もできないくせに、馬鹿な振りをして笑っている。本当に馬鹿なのかなと思うこともある。どちらでも大して変わらない。ずるいよね、何ともない顔をして、何も話してくれないのは。そんな顔を見ていると「どうしてお母さん出て行ったの?」なんて…尋ねる気も失せてしまう。

 昔、怒られるようなことをした時に、父は何も言わず笑っていた。一人で反省するしかなかった。怒られると思ったのに何も言われなかった。後悔するしかなかった。何とも言えない気持ちになった。根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だろうが、全くなにも聞かれないのもチョット不安になる。進路を決めるのも報告だけ。「そうか。がんばれよ。」と言うだけ。なにかを相談した記憶もない。ただ意志を尊重してくれていたのだと思っている。

 たまに父に電話する。患ってからは、自分以外の人の心配をするようになった。息切れしながら懸命に話して、ずっとしゃべっているのも疲れるんだ。と言って電話を終える。元気なうちは懸命に働いてくれた。ギャンブルばかりしていた時期もあったようだが「もうパチンコはやめたよ。」と父は言う。母がいなくなったのもギャンブルのせいかもしれない。そんな憶測をしてしまう。母も懸命に働いていた。家事をしているか、働きに出る姿しか見てないくらいに動き回っていた。母の寝ている姿は記憶にない。父とも母ともしばらく会っていない。母は電話で声を聞く限りは元気そうだ。

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