第8話

「この手紙は捨てていいの?」


「ああ、もう終わった宴の誘いだな。返答は送付してあるから、もう良いぞ。それと、こっちの資料も古い物だから暖炉の火にくべてしまおう」


「分かった。それじゃあこっちのガラクタだけど、どれか三つまでは残して、それ以外は古物商に売っちゃおうよ」


「む? これらはガラクタなどではないぞ。地方の文化を理解するうえでも重要なもので……」


 ガラクタや資料を整理して新たに作られた棚に収納している最中、メティスが動きを止め、頭を片手で押さえている。


「どうしたの?」


「……いや、立ち眩みだ。少し疲れただけだろう。休めばすぐ良くなるさ」


 その言葉自体が、体調不良の自白とも受け取れる。僕は整理を途中で切り上げさせ、すぐに休む様に言いつける。


 メティスは渋々と言った様子で寝室へと向かい、ほどなくして僕が戸締りや火の処理を終えて二階に上がると、既にすやすやと寝息を立てていた。


 可愛らしい寝顔を見ていると、メティスもまだ少女と呼ばれる年頃なのだと実感が沸く。ギルドマスターとしての地位、王国騎士をも恐れさせる魔法、貴族が求婚する程の恵まれた容姿。それらのステータスに相応の威厳を持とうと、老人のような喋り方をしたり、自身の采配でギルドを運営したりと、きっと気の休まる時間など無かったのだろう。


 メティスが何を思って、ここまで努力しているのかは分からない。けれど、僕という伴侶を得た事で、緊張の糸が途切れてしまったのではないか。


 どこか言い知れぬ不安を抱きつつ、僕もベッドへ潜り込む。朝早くから働いていた事もあり、すぐに睡魔に囚われていった。




 翌朝、戸を叩く音で僕は目を覚ました。太陽はまだ上りきっておらず、窓から見える空は、闇と光が交じり合った不思議な色をしていた。


「こんな朝早くに、誰だよ……」


 僕はメティスを起こさないように下の階へ降り、扉を開ける。そこには背に大剣を二本も背負った大男が立っていた。


「……誰だ貴様は」


 男は鋭い眼光で凄む。冒険者ギルドで度々見かけたこの男は、メティスの腹心の一人であるカドモスだ。


 背丈が僕の倍以上ある男に凄まれて言葉を失っていると、カドモスの背後から軽装の女性が顔を覗かせる。彼女はもう一人のメティスの腹心のモニアだ。元盗賊でメティスによって捕らえられた後、冒険者に鞍替えしたという噂だが、真偽は定かではない。


「あれ、君って冒険者ギルドに居た子だよね? もしかして、メティス様が言ってた結婚相手って、君なの?」


「結婚相手? 何の話だ?」


「えっ、カドモス知らないの? メティス様が結婚されたって」


「カドモスは知らんはずだ。私が話していないからな。モニアの言う通り、その者が私の伴侶になったウェスターだ」


 背後からメティスの声がして振り向く。彼女は二階から階段を降りて来る最中だった。


 メティスの姿を見たカドモスとモニアは表情を引き締め、まるで僕という存在を忘れ去ったかのように話し始める。


「メティス様。良い知らせと悪い知らせがございます」


「うむ。良い知らせから聞こうか」


「王国騎士団が勅命により、既に王都を発ったとの事です。早ければ今夜にでも、遅くとも明日の朝にはこちらに到着する見込みです」


「ほう、随分と手際が良いな。恐らく、私にばかり手柄を立てられては困るからであろう。して、悪い知らせとは?」


「魔物の進軍も予想より早く、本日の正午には町に襲い掛かるでしょう」


「……今から町の者を避難させても遅いだろうな。よし、町に居る冒険者を全員集めろ。私もすぐに行く。何としても、王国騎士団が到着するまで、町を死守するぞ」


 そう言って戦支度の為、踵を返すメティスだったが、すぐに足元がふらつき、転倒しそうになる。


「危ない!」


 僕は慌てて駆け寄り、彼女の身体を支える。その時、触れた身体が熱を帯びているように感じた。息は何処か荒く、額に手を当てると案の定というべきか、健康な人間ではあり得ない熱さだ。


「メティス! 風邪をひいてるじゃないか!」


「うるさい! 触るでない!」


 僕の手を振り払って、歩みを進めようとするメティスを、後ろから押さえつける。


「ダメだよ、無理したら。そんな状態で戦いに行ったら、死んじゃうかもしれないよ!」


「ええい、聞き分けの無い奴め! 私が行かなければ、もっと沢山の者が命を落とすのやもしれぬのだぞ!」


 入口では困ったように、カドモスとモニアが目配せをする。そして、おもむろにカドモスが口を開いた。


「……いくらメティス様といえども、その様子では足手まといにしかなりません。ここは私にギルドマスターの権限を委譲し、安静になさってください」


「カ、カドモスまで何を言い出すか!? 私は這ってでも行くぞ! この体たらくでも、砲台の代わりぐらいにはなる。私は絶対に……」


「はい、ちょっと失礼しまーす」


 モニアが目にもとまらぬ速さで距離を詰めたかと思うと、僕をメティスから引き離し、彼女の首筋に手刀を食らわせる。そして、気を失った彼女を抱きかかえると、僕に視線を移す。


「寝室って二階なんだっけ?」


「あ、はい。そうです。あの……僕が運びます」


「うん、分かった。それじゃあ、ちゃんとお医者さんに見せてあげてね。あと、戦いに行くって言いだしても、絶対に止めるんだよ。何だったら拘束用の器具、貸そうか?」


「ええっと、大丈夫です」


 僕はメティスの身体をモニアから預かる。小柄なメティスだが、意識の無い人間というのは重く感じられた。


「あの……大丈夫なのでしょうか?」


「あー、メティス様が居ないと、正直まずいかも。ぶっちゃけうちの冒険者に、町の防衛戦なんてやったことあるヤツほとんどいないし。それに、冒険者だけじゃ頭数が全然足りないしね。今回の襲撃も、メティス様の反則的な魔法で切り抜けるつもりだったから……」


「……メティス様が使えないなら、別の策を練るだけだ。おい、坊主。メティス様が起きたら伝えておけ。もし戦場に顔を出したら、モニアが背後から首を跳ねるぞってな」


「ええっ! なんで私の名前を使うかなぁ? まあいいや。それじゃあ、メティス様の事は任せたからね、旦那様」


 モニアは僕にウインクをすると、カドモスと共に外て出ていった。後には、気を失ったメティスと、ただ不安に立ちすくむ僕だけが残されていた。

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