第5話
馬車に乗って辿り着いたメティスの家は、こじんまりとしたレンガ造りの二階建ての家だった。路面に同様の造りの民家が立ち並ぶところを見ると、どこかの時代で人口の増加に対応するため領主か貴族が作らせたものだろう。
「さて、ここがウェスタ―君の新しい住まいだ。気兼ねすることは無い、存分にくつろぐと良い」
「うわぁ……」
僕が漏らしたのは感嘆の声ではなく、驚きと呆れの声だった。リビングと思われる部屋にはソファーとテーブル、暖炉などがあったが、目を引いたのは煩雑に置かれた書籍や書類、あとは何に使うのかよく分からないガラクタの類だった。まだ食品類が無い事は救いだが、おおよそ完璧人間のメティスのイメージからはかけ離れた部屋だ。
「寝室は二階だ。気恥ずかしい話だが、先走って君の寝床は用意してある。そこの水瓶に水源の魔石を入れてあるから、水汲みについては不要だ。あっちの部屋に湯浴み用の部屋があるが、温水が出る魔石は贅沢品ゆえ我が家には無い。暖炉で熱した湯を薄めて、桶に入れ使うとよい」
「ええっと……メティス。聞きにくいんだけど、もしかしてメティスって掃除苦手?」
「なっ!」
メティスは指摘された事が心外だと言わんばかりの反応を見せる。
「これでも掃除したのだがな……き、気になる汚れが残っていたか?」
「いや、汚れというより、色々物がありすぎとういか……」
僕はソファーの脇に置かれた羊皮紙の束に手を伸ばす。するとメティスは「あぁ!」と狼狽えたような声を漏らす。
「待ちたまえ。それは周辺地域における魔物の出現周期の報告書だ。まだ目を通していないから、そこに置いておいてくれ」
「えぇ……そんなの、冒険者ギルドの詰め所に置いておけば……」
「ここ最近、君の事ばかりで仕事を持ち帰っていたのだ。冒険者たちが命がけで集めた資料だから、紛失したとあってはギルドマスターの面目に関わる。それには触れないでくれたまえ」
そんなに大切な物なら、なおさら家に持ち帰って来るなよ。そう突っ込みたかったが、結婚初日から喧嘩というのも嫌なので、胸の奥に仕舞い込む。
「それじゃあ、こっちの束は?」
「周辺貴族からの誘いの手紙だ。パーティーや狩りなど華やかな場も嫌いではないが、先方の見え透いた下心を察するに、断りを入れた方が良いだろう。後ほど返信をしたためるゆえ、そのままにしておいてくれ」
「ええっと、それじゃあこの本の山は?」
「王都の魔法学校が発表した、最新の魔導書だ。私はギルドマスターである以前に、魔法使いだからな。知識の探求を怠るわけにはいかぬ」
思わずため息が漏れる。よくもまあ、これほど散らかった部屋で、置いてあるものが即座に分かるものだ。
「ちなみに、この散らかった部屋を綺麗に整理する魔法ってあったりする?」
「そんなおとぎ話のような魔法が見つかれば、新たな魔法体系の発見として王都で勲章を授与されるだろうな」
つまり無いという事か。
「じゃあ、こっちのガラクタは?」
「それはガラクタではない。東の果てで手に入れた、願いを叶えるという置物だ。そういえば商人が、願いが叶ったのなら白眼に黒点を入れて火にくべろと言っていたな。どれ、君との関係が上手くいった褒美に、片目だけ黒点を書いてやるか。もう片方の白目を残しておけば、もう一つ願いを叶えてくれるかもしれぬ」
本当にその扱いが正しいのかは定かではないが、少なくとも魔術的な仕掛けが施されたものでは無く迷信の類の物なのだと、魔法に無知な僕でも察しがついた。
他にもよく分からない天秤、奇妙な石造りの置物、羽のような装飾が施された柱状の木造彫刻。よく分からないガラクタがそこかしこに置かれていた。
「……どうしたものかな」
あまり干渉しすぎるのは憚られるが、これから自分はこの家で暮らしていくのだ。ある程度は整ったある空間にしていきたいと思う。
二階の寝室も見てみよう。少し急な階段を昇ると、一階の半分ぐらいの面積の部屋になっていた。ベッドが二つとクローゼット、ランプの置かれた棚、窓には無地のカーテン。全体的に落ち着いた色調だ。
「こっちは整理されているのか。というか、物がほとんど無い」
「……正直に言うと、ここに置いていたものも下に運び込んだ」
「ああ、なるほど。……どうして?」
「……すっ」
メティスは顔を手で隠しながら視線を逸らす。しかし、隠しきれていない耳元が赤く染まっていた。
「す?」
「好いた男と暮らすのだ。し、寝室は綺麗にしておきたいであろう!」
ああ、なるほど。つまりメティスも、一階の惨状は綺麗な状態でないと認識しているのか。
「よし。まずは整理整頓からかな。メティス、明日の予定は?」
「えっ? あ、ああ。朝は通商ギルドとの定例会議で、午後は冒険者ギルドの詰所で雑務、夕方には冒険者からの報告会があるが、会食には欠席する旨を伝えてある」
「それじゃあ、夜には帰って来れそうだね。明日、昼のうちに準備しておくから、帰ってきたら下の階の整理をしよう」
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