第3話


 結局その後、僕とメティスは教会に行き、驚く神父を引っ張り出して婚姻の手続きを済ませ、参列者の誰も居ない教会の鐘を鳴らした。


 あまりにも急な展開に、これは現実なのかと疑いたくなるが、いくら頬をつねってみても、これは夢ではないと痛みが主張している。


 未だに困惑する僕を、メティスは腕を引っ張って、町外れの孤児院へ連れて行く。両親の顔を知らない、僕とメティスが育った場所だ。


 孤児院は低い塀に囲まれた二階建ての建物で、お世辞にも手入れの行き届いた場所とは言えなかった。庭では数人の子供が木の棒を振り回して遊んでいる。


「あ! メティスお姉ちゃんだ!」


 子供の一人がメティスの姿に気づき、駆け寄って来る。他の子どもも棒切れを放り出して後に続く辺り、随分と子供たちに気に入られているのだろう。僕は院を出てから一度も寄っていなかったが、メティスはこの場所を度々訪れていたのだろうか。


「やあ、カリトス、アマルテア、ヒマリア。何をして遊んでいたんだい?」


 メティスは屈んで子供たちに視線を合わせ尋ねる。


「「冒険者ごっこ!」」


 子供たちは同時に答える。きっと院長から、将来は冒険者になるよう言い含めらて、子供たちなりのデモンストレーションとして遊びに取り入れていたのだろう。微笑ましく思いつつも、どこかうすら寒さを感じてしまう。


「そうか、精が出るな。将来は私の為に存分に働いてくれたまえ。そうだな、では君たちに任務を与えよう。院長先生を呼んで来てくれ。報酬は前払いで、これでどうだろう」


 メティスはポケットから小さな包みを取り出し、中から三つ砂糖菓子を摘まんで子供たちに与える。子供たちは目を輝かせながら受け取って、高揚した様子でお礼も忘れ宿舎へと駆け出して行った。


「随分と子供の扱いが上手いんですね」


「何かとこの施設が心配で、よく足を運んでいたからな。それよりも、その仰々しい話し方は何とかならんのか。もう我々は夫婦なのだから、昔の様に砕けた言葉遣いで良いではないか」


 古風な老人のような喋り方をするメティスに、喋り方を指摘されるとは思っていなかった。


「か、勘弁してくださいよ。僕とメティス様では立場が違いすぎます!」


「立場などもう関係ないではないか。ウェスター君はもうギルドのメンバーではないのだから。家庭でも敬われては、私は結婚したのか使用人を雇ったのか分からんではないか」


「そ、そう仰られても……」


「ふむ。それではせめてメティスと呼んでくれ。敬称が無くなれば、まだマシになるというものだ。ほれ、試しに呼んでみろ」


「はぁ……では失礼して……め、メティス」


 僕がそういうとメティスはすっと視線を逸らした。何か気に食わなかったのだろうかと不安になる。


「……こそばゆいな」


「はい?」


 そんなやり取りをしている間に、子供たちに連れられて初老の女性が姿を現す。僕は久々に見る育て親の姿に、自然と背筋が伸びてしまう。


「ご無沙汰しています。エラーラ先生」


「……ウェスター、随分大きくなったねぇ。その様子だと、メティスの計画は上手くいったんだね」


 メティスはエラーラ先生に笑みを返す。


「はい。先生の助言通り、袋小路に追い詰めて捕らえました」


 いや、その表現はどうなのだろう? 間違ってはいないが、どうにも釈然としない。それに、あの計画はエラーラ先生の入れ知恵だった事にショックを受ける。


「……ここを出てから一度も顔を見せなくてすいません。メティスはここによく来てたんですね」


「おや、ウェスターは何も知らないのかい? 今やこの施設のオーナーはメティスなんだよ」


「……はい?」


 僕が驚くと、メティスが説明を始める。


「もともとは寄付金で運営されていたのだが、戦争や度重なる魔物の襲撃で、貴族共が寄付金を出し渋るようになってな。運営が立ち行かなくなりそうだったので、私が一肌脱いでやったという訳だ」


「ああ、なるほど。未来の冒険者の為とかで、冒険者ギルドに運営費用を捻出させたんですね」


 この孤児院からは多くの冒険者が輩出されている。僕は結局、冒険者として大成することは無かったが、メティスのように優秀な冒険者が出てくることもある。未来の優秀な冒険者が出てくる事への投資として、冒険者ギルドを動かしたのだろう。


 僕がそんな予測を立てるが、メティスはその言葉を否定した。


「いや違う。その日暮らしの冒険者共に未来への投資などという話が理解できる訳ないだろう。今のこの施設の運営費用は、私のギルドマスターとしての報酬から捻出されている」


「……はっ?」


「つまり私のポケットマネーだ」


「ええっと、ギルドマスターって儲かるんですね」


「ああ、並の冒険者よりは貰っている方だろう。しかし、領地を持っている貴族の様に無尽蔵の財を得るわけではない。むしろ自身でクエストに挑む機会がほとんどない分、現役の頃の方が稼げていたぐらいだ」


 これはもしかして、家計の話をされているのだろうか?


「……メティスは僕に金持ちの女性を捕まえろ、みたいな事、言ってませんでしたっけ?」


「ああ、言ったかもしれないな。だが私が金を持っているとは一言も言っていないだろう? 我が家の家計は孤児院の運営費用に圧迫され、常に火の車だ。もしも君が私の助言通り、専業主夫になるというのなら、質素倹約を肝に銘じておいて欲しい」


 贅沢をしたいと思っていた訳ではない。しかし、メティスには悪いが、生活にゆとりができる事は期待していた。僕たちの故郷である孤児院を残したい気持ちも理解はできる。それでも、一人で施設の運営費用を何とかしようとするその無茶苦茶な考えに、僕は思わず頭を抱えてしまう。


「何はともあれ、メティス、ウェスター。結婚おめでとう」


 このタイミングで言うのか、エラーラ先生。僕は流されるままに結ばれたメティスに、一抹の不安を覚え始めていた。

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