第2話


 メティスがとんでもない事を言い出して、僕は思わず声を上げて彼女から後ずさる。


「な、な、何を言い出すんですか!?」


「何って、言葉通りの意味だが?」


「いやいやいや、その言葉の意味が分からないんですよ!!」


 メティスは「ふむ」と考え込むような仕草で僕の顔をまじまじと見る。


「確かに私自身、女性としての魅力に欠ける事は否めないだろう。しかし、君は職を失い明日の生活すらままならない状況だ。私と一緒になるという事は、君にとってもメリットがあるのではないか?」


「そ、その職を奪ったのはメティス様じゃないですか!?」


「うむ、その通りだ。全て私の策略である。もちろん、君をギルドから締め出すのは私個人的な考えによるものだ。恨むのなら私のような者に権力を与えた冒険者ギルドを恨むことだな」


 無茶苦茶な物言いだが、一応僕の身を案じての判断だという事は理解できる。いやそんな事よりも、メティスが自身の事を指して女性としての魅力に欠けると卑下した事が問題だ。


 それは聞く人によっては嫌味とも取られかねない言葉だ。細い四肢に可憐な顔立ち、風になびくほど長く美しい髪。天才的な魔法の腕も相まって、メティスに求婚する貴族や資産家は多いと聞く。噂では、王家に連なる人物からも目を付けられているのだとか。それほどの才色兼備のメティスに、魅力が無いなどとは誰もが否定するだろう。


「……僕なんかよりもいい人が居るんじゃないですか? いろいろな所から話が来てるって聞きますよ」


「ふん。連中は私の力とギルドマスターという地位を政治利用したいに過ぎない。私個人への魅力など感じてはいまい。それとも君は、私に権力の傀儡として望まぬ男と所帯を持てと言うのかね」


「い、いえ。決してそのような……」


 メティスは僕から離れて椅子に座り直し、困ったように首を傾げる。


「どうもおかしい。私の見立てでは、追い込まれた君は私の誘いに飛びつくはずなのだが。一体どこで見誤ったのだろうか」


「いやいや、今までそんな素振り無かったのに、いきなり結婚だとか言われたら、誰だって困惑しますよ。少し考えさせてください」


 同じ孤児院出身とはいえ、出世株だったメティスと落ちこぼれの僕では住む世界が違いすぎた。もう何年もまともに会話すらしてこなかったのに、突然呼び出されて解雇されたと思えば、結婚しようなどと言われて、即答できる方がおかしいだろう。


 しかし、メティスは追撃の手を緩めない。


「君には考える時間があるほど、生活に余裕があるのかい? それに、パートナー選びには勢いが必要だという。冷静に考える時間を与えない為にも、今日この場で返答を頂こうか」


「ええっと……」


 きっとこの時の僕は、感情が表情に出ていたのだろう。メティスは苛立つように机を指先でトントンと叩く。


「ええい、煮え切らん奴だな。ウェスター君。私と結婚したいのかしたくないのか、どちらかはっきりと自分の意思を表明したらどうだ!? 私とて君が拒絶するのなら諦めもつく。無理に婚姻を強制しては、私に言い寄って来るクソ貴族共と同じだからな。しかし、私には言いようもないこの感情のまま飼い殺しにされる時間が、どうしようもなく耐えられんのだよ!」


 そう強く迫られると、僕としては弱い。メティスの感情も理解できない訳ではない。もしもメティスと一緒になれるというのなら、美人だし頭も良いし、文句などあるはずもない。何より昔みたいに仲良く一緒に過ごす時間を取り戻せるかもしれない。しかしそれでも、色々な問題を考えてしまう。


 ただのヘタレな自分と、完璧人間のメティスが果たしてうまくやっていけるだろうか。貴族や王族を含む、周囲の人々はどう思うだろうか。もしメティスとの間に子供が出来れば、メティスが冒険者として活動できる時間は限られてしまう。それを世間は許容するのだろうか。何よりメティスとは、育ちこそ同じものの、もはや住む世界も感覚も違うのだ。きっと共に暮らす事になれば、その感覚の違いは決定的なすれ違いを生むだろう。


「その……色々と問題が……」


「君は私に何度も同じことを言わせるのか? 次に君が発して良い言葉は、”はい”か”いいえ”のどちらかだけだ!」


「は、はい!」


 思わずはずみでそう答える。決して肯定を意図しての発言ではなかったが、メティスはほっとしたように息を吐き、満足そうにうなずいた。


「よし。よくぞ決断してくれた。では、今から教会へ行って鐘を鳴らすぞ。あと、孤児院のおば様には挨拶をしておいた方が良いな。そのまま君の部屋を引き払って、今夜から私の家に来ると良い。ハネムーンは南の島国に行きたいが、ギルドマスターの職務が落ち着くまで待って欲しい。私とて明日には旅立ちたい気持ちなのだが、こればかりは仕方が無いだろう。君も我慢してくれ」


「ちょ、ちょっと待ってください! いくら何でも急すぎませんか!?」


「何を言う。善は急げと言うだろう? それに、早急に既成事実を作っておかなければ、私を政治利用したい連中がどのような妨害をしてくるか分かったものでは無い。分かったのなら、とっとと支度をすると良い」

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