家庭的冒険者の第二の人生
秋村 和霞
第1話
「ウェスター君。どうして今日呼び出されたか分かっているかい?」
ある午後の昼下がり。僕はギルドマスターであるメティスからの呼び出しを受け、冒険者ギルド二階にある個室を訪れていた。
胸元にリボンをあしらった落ち着いた魔道ローブに身を包んだメティスは、両肘をつき口元の前で両手を組んでいた。彼女と同じ孤児院で育ち、同じ年に冒険者になった僕には、その仕草は緊張の合図だと察することが出来る。
「……わかりません」
僕の答えに、メティスは短く吐息をもらす。事実、彼女が漆黒の瞳の奥に何を秘めているのか、皆目見当がつかない。
思えば、昔から彼女の存在は謎めいたものだった。
天才的な魔法の才能を開花させ王都の魔法学校への推薦も貰っていたというのに、この辺境の地方都市バルレディアに残る道を選び、あまつさえ僕と同じ冒険者の道を選んでしまった。
その事は周囲の人々に驚きと困惑を振りまいたが、彼女の選択は間違っていなかった。
魔物との死闘という実践の場は、彼女の魔法を恐るべき速度で成長させたのだ。ひとたび火を放てば山を覆い尽くし、水を放てば水圧で砦を割きそのまま水没都市を造ってしまう。雷で大地を割き、仲間が瀕死の重傷を負おうとも一瞬で息を吹き返す程の回復魔法まで使える。冒険者に差別意識を持つ王国騎士団が、メティス一人で千人規模の部隊と同等かそれ以上の戦力があると言わしめる程の、大魔導士へと成長した。
それほどの魔法が使えるのだから、冒険者としての活躍も枚挙にいとまがない。曰く、百年間古城を占領し続けた伝説のドラゴンの討伐に成功した。曰く、魔物を束ね人間を滅ぼそうとした強大な悪魔の謀略を打ち破った。曰く、誰も生きて帰って来れないという地底遺跡のダンジョンから生還し、失われたとされていた国宝を持ち帰った。
もはやおとぎ話に出て来る勇者のような活躍だが、その実績を疑う者はおらず、史上最年少でギルド内頂点の冒険者に贈られるギルドマスターの称号を与えられたのだった。
「ウェスター君。君は冒険者になって初めて薬草採集のクエストを受けた日のことを覚えているか?」
「……はい」
「あれから何年が経った?」
なぜこんな質問をするのだろう? そのクエストは僕と君が唯一パーティーを組んだ仕事じゃないか。
「六年前になります……」
「ふむ。十二で共に孤児院を追い出されたから、我々ももう十八か。時が経つのは随分と早いな」
メティスは何かの紙を複数枚取り出し、テーブルの上に置く。
「そちらは?」
「君がここ数ヶ月の間に失敗したクエストのリストだ。見てみなさい」
心当たりのある。胃痛を感じつつその紙を受け取るとそこには、スライムやゴブリンといった、低レベルのモンスターの討伐依頼が列挙されていた。
「こんな簡単な依頼もこなせない冒険者が、よくもまあ生活できるものだと皆が呆れているぞ」
「……」
僕はメティスと違い、冒険者として致命的なほどの欠陥を抱えていた。戦いが苦手なのだ。
本音を言えば、冒険者なんてなりたくは無かった。けれども、僕たちの居た孤児院は十二才になると院を追い出され自立しなければならなかった。学も技術も無い僕が自分で食い扶持を稼ぐには、来るもの拒まぬ冒険者ギルドに所属するしかなかったのだ。
「採取系のクエストなら、何とか……」
「ふむ。確かに、比較的安全なダンジョンでの採取クエストは多少の成功を収めている様だ。しかし、スライム相手にも逃げ出すような腰抜けが、このまま冒険者を続けていけるとは思えない。無理に活動を続けようものなら、いずれ予期せぬ強力なモンスターと遭遇し命を落とすだろう。いや、むしろ今まで生き残って来れた事が奇跡とでもいうべきか」
「まあ、運はいい方ですよね」
メティスは呆れたのか立ち上がり、窓辺へ行き外を見る。
「そんな幸運なウェスター君にプレゼントだ。以降、君にはいかなるクエストも受注させぬよう、ギルドマスター権限で通達を出した」
僕は唐突な宣告に驚いて、思わず席を立つ。
「えぇ……そんな横暴な! 冒険者ギルドは来る者は拒まないんじゃ!?」
「破滅すると分かっている人間を放置するほど、無情な組織ではないということだ。もっとも、私個人の感情も加味されているがね」
簡単な採集クエストの報酬と、おまけにダンジョンで手に入れたアイテムを売って、ようやく細々と暮らしていけたのだ。冒険者としてクエストを受けられなければ、そのダンジョンに入る事も許されない。もしも勝手にダンジョンに挑めば、狩場を荒らした罪で牢に入れられてしまう。
それを取り上げられてしまえば、僕は今日から無収入だ。
「明日から……どうやって生きていけば……」
思わず項垂れて嗚咽を漏らす。もちろん蓄えなどある訳もなく、冒険者として実績のない僕を雇い入れてくれる所も無いだろう。
いっそ非合法な活動をしている闇ギルドにでも身をやつそうか。いや、そんなところで自分が戦力になるとも思えない。何より、今以上に危険な状況に陥ってしまうだろう。
「ふむ。君の今後については考えていなかったな。まあ、ある程度生活が安定している女性を引っ掛けて、結婚でもして家庭に入るというのはどうだろうか。巷では、家事全般を旦那が行う主夫という言葉が流行っているらしい。君は採集クエストにおいて、効率的にダンジョンを巡り素材を集める事に定評があるそうじゃないか。家庭の仕事において、その段取りは必要な力だろう。向いているんじゃないか?」
「それこそ無茶ですよ。こんな僕と結婚してくれる、そんな都合のいい人がいるわけ無いじゃないですか」
「果たしてそうだろうか。君は男児にしては可愛らしい顔立ちをしているし、他者に対して優しさをもって接している。その優しさが冒険者として致命的な仇なのだが、人間同士の営みならばそれも美点であろう」
結婚しろという冗談が深堀されるとは思っておらず、僕は少しだけ面食らう。
「いやいや、結婚とか無理ですよ」
「ああ。確かに、君のヘタレ冒険者の汚名は広まっているからな。もしも相手を選ぶなら、君の本質を良く知る人間でないと難しいだろう。例えばだが、昔馴染みなど良いのではないか?」
メティスは片手の指先を胸に当て、なぜか勝ち誇ったような表情を向ける。
「はぁ。今はそんな事よりも、明日のことの方が重要ですよ……」
「そんな事とは言ってくれるな。君はこの私の勇気を踏みにじるのか?」
「勇気って……メティス様は今の話、関係ないじゃないですか」
メティスは呆れたような表情で、幸せが裸足で逃げ出しそうなほど深い溜め息をついた。
「君という人間は本当に愚かだな。もはや憐憫の情すら覚えるぞ」
「ええっと、哀れむのなら僕の生活を何とかして貰えませんか?」
僕の悲観的な言葉に、メティスは重ねて溜め息をつく。
「だから、そう言っているではないか」
「はぁ?」
メティスはぐっと僕に近寄り、耳元に唇を寄せて甘い声で囁く。
「君は本当に鈍いなぁ。私はね、君に結婚を申し込んでいるのだよ」
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