第1章-21 『早朝、魔王との密会(2)』

「ワカツ。この声は確かに届いているか?」

「え? は、はい。聞こえてますけど……」

「そうか! やったぞ! この空間内だけではあるが、ようやっと呪いから解放されたぞ! やった! やったぞ!」

「……へ?」


 いきなりの魔王のキャラ変とはしゃぎっぷりに間抜けな声が漏れる。


「いやぁ、マジで助かった! こちらの世界で本音で話せる人間が出来たのはかなりでかい」

「???」


 魔王が何を言っているのかあまり理解できないが、どうやら、魔王の思っていた方向にことが進んだことだけは理解できる。


「そうだ、ワカツにはまず、言っておかねばならないことがあったんだ」

「な、なんですか?」


 息を呑んで問い返すと、帰ってきた言葉はさらに驚きの言葉だった。


「今までの事、本当に申し訳なかった。呪いのせいとはいえ、やったのは俺だ。必要なら殴ったりけったりしてくれて構わない。もちろん反撃なんてしないから」

「え? あ……いや」


 確かに魔王には謝ってもらいたい部分もあったが、結局のところ僕の力不足が生んだ事態でもあったのだ。だから、こんな風に謝罪されると言葉も詰まってしまう。……というか、本当に俺の目の前にいるのは魔王なのか? 

 今までの接し方と明らかに違うし……というか、その前に


「の、呪い。ですか?」

「ん? あ、そうだな。そこから話すとしようか。単刀直入に言えば、俺は魔王に転生した際、それを行った神とやらによって呪いをかけられてしまったのだ。それもかなり質の悪い部類のな」

「そ、それはどういうものなんですか?」

「あぁ、それと、この空間内では敬語も不要だ。ワカツが良ければ、空間外でもタメ口で良いくらいだ」

「わ、わかりまし……わ、わかったよ」


 敬語で返そうとしたところ、魔王の眼差しが怖く感じたので、途中でタメ口に全力でハンドルを切る。

 これだけ相手がフランクに接しようとしているのにどうも圧を感じてしまうのはこちらの問題なのかもしれない。

 いや……昨日あんなことがあって、急に親しく接して来ようとする魔王に困惑してしまうのはきっと僕だけではない筈だ。


「そう、それでいい。やはり、砕けたコミュニケーションを取るには形から入る他にないからな。少しやり過ぎと思うくらいの接し方でいい。これは、俺が人間のときに培った数少ないコミュニケーション法の一つだ。……っと、そんなことは、今はどうでも良くて、そう、呪いの事だ。俺にかかった呪いは、単純だ。ただ単に『魔王らしく振舞ってしまう』それだけだ」

「『魔王らしく』……」

「あぁ、多分、あの神さんからしたら、親切心で身に着けてくれたんだろうな。何せ、唯のサラリーマンが一度転生したくらいで、そう簡単に心を魔王にすることはできない。立場としては、生まれで魔王と決まるが、精神的なものとなると、そうはいかない。そこで、あの神も、考えて、形から入らせようとしてくれたのかもな。確かに、初めの方はかなりこれには助けられた。それは認めなければならない」

「だったら、なんでその神様からの恩恵を呪いなんて呼んでるんで……呼んでるんだ?」


 駄目だ。どうも、自分より立場も年齢も上の人相手にタメ口を使うのは難しいな。そもそも、この魔王は、死ぬ以前でもサラリーマンだったのだから、僕がタメ口を使うのはおかしいのでは?

 とは思うが、やはり口に出すのはやめておくことにする。


「この呪いが呪いたる所以……それは、どんなタイミングでも、どんなシチュエーションでも、俺の意志とは関係なく発動してしまう点にある。簡単に言えばON/OFFが出来ないんだ。その結果が機能みたいな戦闘本能の暴発だ。我ながらなかなかに楽しい呪いを受けてしまったものだ」

「で、でも、今はその呪いから解放されてるん……だよな?」

「あぁ、いや、正確に言えば、これは、呪いを封じ込めているだけだ。呪いの穴をついていると言ってもいい。この呪いには、抜け穴がある」

「抜け穴?」

「この呪いは、ある条件下では機能しないという抜け穴だ。その条件は、俺が分かっている中では2通り。一つ目は、『俺自身がいる空間に、外部的干渉が起こりえないと自分で確信している且つ視覚的にその空間内に誰もいないと感じ、それが空間外から傍受される危険のないとき』だ」

「???」


 空間? 外部的干渉? 視覚的? 傍受?

 何やら難しい単語が並んでいて意味がよく分からなかった。


「ハハッ! 少し難しく言い過ぎたか。まぁ、簡単に言えば、俺がいる部屋に誰も入って来れないと俺が思っていて、その部屋の中に誰の姿も見えず、それが部屋の外から盗み聞きされていないときの言動は、独り言や、一人の行動として扱われるということだ。わかってくれたか?」

「ま、まぁなんとなくは」

「そうか。まぁ、この辺りの条件は追々わかってくれればいい」

「う、うん」

「もう一つは、『テレパシー等の思考コミュニケーションでのやり取りを行っているとき』だ。まぁ、これに関しては、情けないことに俺自身がそういった魔法を使えないという点であまり意味を為していないな。因みに今回使っているのは、1つ目の条件の方だ。ここまでで何か聞きたいこととかはあるか?」 

「い、いや、特には……」

「そうか。ならば、次の話に移らせてもらうとしよう」



 まだ朝の寒さを感じるこの時間、唯の人間と魔王という奇妙な組み合わせの会話は続く。

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