第1章-20 『早朝、魔王との密会(1)』

「ほわぁぁぁ〜」


 気の抜けた欠伸声が、早朝の静寂を伝播する。 

 それにしても、全く気持ちよく寝られなかったな。現に今もまだ外が暗いくらいの早朝であることが伺える。日本にいた頃の休日では確実にこんな時間に起きることはなかったのに。

 昨日あんなことがあったのに、寝られていないというのは、恐らく身体にはあまりよく無いことなのだろうとは思う。

 今日も勇者と魔王の決闘を観戦するなんて言うアンナチュラル極まる出来事があるのだから、きちんと寝ておくべきではあったのだ。2度寝を決め込むと言う選択肢もあるが、残念ながら僕にはそんな図太さも成熟した心も持ち合わせがないのだ。

 まぁ、起きてしまったことは仕方ないし、外の空気でも吸うとしよう。でも、アリスさんや、トレックさんは起こさないようにしないと。

 昨夜、遅くまで2人の声がうっすらと聞こえていた。できるだけ長い間の睡眠をさせてあげたい。

 そう思い、ゆっくりとベッドを降り、抜き足差し足で部屋の出入り口のドアに手をかけ、ひねる。

 すると―――


「え!! ……びっくりした。い、一体こんな時間にどうしたんですか?」


――そこには、魔王が立っていた。

 驚きで大きな声が出てしまうが、口を押さえてその驚きを飲み込み、途中でボリュームを下げる。


「いや、その、なんだ。えと、つまりだな」

「??」


 一瞬、闇討ちでも仕掛けに来たのかと思って身体に力が入ったが、魔王の反応を見たところ、その可能性は消え失せる。

 あの威勢一杯の魔王が、これほどまでに歯切れの悪い反応を示しているのにもの凄い違和感とギャップを感じるが、恐らくあちら側も僕の部屋に入って来ようとしていたが、僕が先にドアを開いたから驚いてしまったのだろう。でも、要件がわからない。ここは、ゆっくりと魔王のレスポンスを待つとしよう。


「……す、少し付き合って……いや、この我が劣等種の貴様の為にここまで足を運んでやったのだ。有り難く思い、着いてきてもらおうか? 貴様に拒否権はない」


「わ、わかりました」


 取り敢えず、魔王の指示に従うことにして、魔王についていくことにしよう。まぁ、それ以外の選択肢がないだけど。

 ちょっと能力を授かっただけの一般人類の僕が、魔王に反抗する術など存在しないのだ。

 開けたドアを閉じると、魔王は玄関に向かって歩き出す。外に用事があるのだろうか?


「…………」


 魔王は口を閉し、足だけを動かす。

 恐怖がないわけではないが、謎の安心感はある。この魔王が僕に何か危害を加えようとしているのなら、外に連れ出すまでもなく、簡単に、楽勝に、道端に落ちている石ころを蹴るほど容易く僕を殺すこともできるということは、昨日の経験から把握している。

 でも、気味が悪いし、空気も悪いような気がするので、僕は口を動かす。


「え、えと、外で何をするつもりなんですか?」

「……」


 魔王はそれでも口を閉したまま僕の前を歩く。

 頼むから何か喋ってくれよ。コミュ障の僕でもこの空気と間の悪さはわかるぞ。

 そんな僕の気も知らずに、無言のまま家を出ると、魔王は突然こちらを振り返って、腕を伸ばし、掌をこちらに見せる。

 そして、


魔法障壁バリア遮音空間サイレントワールド遮蔽空間インビジブルワールド


 恐らく3種類の呪文のようなものを唱えると、3種類の色の違う反球状の空間が魔王を中心に広がり、そこに僕も入れられてしまう。

 しかも、その一つは、この空間内を外から見えないようにするもののようだ。同様に僕からも外が見えなくなっている。

 あれ? なんかやばい感じなのでは? 

 さっきの推理もただの僕の勘違いに過ぎず、一番確実に僕を始末しようという考えの元の行動だとしたら……。

 さっきまで感じていた謎の安心感も消え失せ、今更アリスさん達に能力でピンチを伝えようとしたその瞬間、


「よし。貴様、ここで我の視覚を誤認させてみよ」

「へ?」

「とぼけずともよい。貴様にはそう言う類の魔法が備わっているのだろう? そのことは昨日の昼の戦闘で立証済みだ」


 確かに、昨日の昼間、この魔王の不意をつく為、誤った視覚情報を共有して、視覚を誤認させることは成功していた。

 しかし、


「いや、あれは、無我夢中でやっただけなので、今できるかは……」

「御託は良い。できなければ、殺す。それだけだ」

「え? いや、へ!?」


 ヤバい。ヤバい。ヤバい。ヤバい。

 やっぱりアリスさん達に能力を使っておくべきだった。いや、今からでも遅くないはずだ。

 そうして、能力を使おうとしたところ、


「それと、言い忘れていたが、この空間はそもそも外部への干渉魔法はできない仕組みになっているし、もし、その他の方法で、仲間に連絡を取っても、ここへは簡単には入れない。つまり、邪魔は入らんから、安心して行うといい」


 八方塞がりとはこういうことを言うのだろう。いや、逆に考えろ。成功さえさせればいいんだろ?

 簡単な話じゃないか。

 どうせ、命の懸かったこの場面で成功できないなら、もうこの後の人生でも成功し得ないんだ。

 身の危険と謎の高揚感が体中を支配する。やってやる。やってやるぞ。


「えぇい! ままよぉ!」


 一心不乱に能力を使用する。

 魔王にの視覚情報を共有する。

 頼む、成功してくれ。


「ほぅ。これは……面白い。貴様の姿が捕らえられんな。だが、心音や、体温は感じる。まさに、視覚情報のみが書き換えられたようだ」


 何故、体温や心音まで感じられるのかは謎だが、どうやら成功したらしい。


 

 取り敢えずは、助かった……のか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る