第1章-19 『忸怩たる魔王』

「はぁぁぁぁ」


 全身から元気が抜けていくかのように溜息が漏れ出る。

 またやってしまった。本当にこの身体には最悪な呪いがかけられてしまったものだ。

 いや、しかしこの呪い無しでは魔王の務めを果たせなかったであろう事を考えると一概に悪いとは決めつけられないが、やはりせめてこちらでのON/OFFくらいは決めさせて欲しいものだ。

 まぁ、人生なんてうまくいかないことの方が多いし、これもその一種として受け止めるしかないのだろう。

 それにしても今日の暴走はひどかった。何もわからない異世界で、初対面の人達を殴るわ、胸ぐらを掴むわ、追い詰めるわの傍若無人ぶりには流石に自分のこととはいえドン引いてしまう。

 いくら、とは言え、あのような行動を取るのは慎みたい限りだ。

 しかしながら、反省ばかりしてもいられない。結果として起こってしまった事には対処しなければならない。呪いのせいとは言え、こんな事態に陥ったのは完全に自分の責任でしかないのだから。


「……決闘か」


 懐かしい響きに想いを浸らせる余裕もなく、考えに移る。

 明日の決闘で気をつけるべき事は唯一点。勇者を……イサムという少年をどのようにして無事に生き延びさせるかにあるのだ。

 この呪いの嫌なところは、人の能力を引き出すが、その引き出し方に問題があり、最悪そいつを殺してしまう可能性まであるという事だ。戦いになれば自制はできない。

 あれだけ、劣等種と人間を煽ってきたが、未だ野生の獣と変わらない俺は、それより劣等種なんじゃないのか? 

 明日起きて、直ぐに今日のことを謝ることができたらどれだけ楽か。明日の決闘で負けることができればどれだけ簡単か。

 本当にイサムにもワカツにも……そして、あの天使やあの娘、そしてその家族にまで迷惑をかけてしまった。

 生前の自分よりも若い彼等を一方的に蹂躙して、何が魔王だ。虫唾が走る。今日のところは怪我で済んだが、『決闘』という戦の場を設けられた以上、明日は今日よりもひどい惨状になることも考えられる。もし、命まで奪う結果になれば、俺はもう立ち戻れないかもしれない。

 あんな悲劇、二度は御免だ。絶対に繰り返してはならない。……また嫌なことを思い出してしまった。


「……駄目だな。やはり我にはが必要らしい」


 アイツも一緒に召喚されていれば、こんな状況にはならなかったのだろう。

 アイツがいれば、こんなに悩み込むこともないし、直ぐに解決策も出てきただろう。……いや、そもそもアイツがいれば呪いの暴発も止められていて、問題すら起こっていなかった筈だ。

 そんな『たられば』を考えた所で現状の突破には役に立たないことはわかっているのに、ついつい思い出してしまう。

 いや、この方向に思考を切り替えても駄目だな。こんな調子ならアイツがいた所で、


「えぇ〜? アンタってば、そんなに私の事好きなのねぇ。ま、私レベルの外見なら惚れ無い方が難しい感じよねぇ? 結局の所、時の魔王様でも私の魅力には勝てないって訳よねぇ」


 などとおちょくられ、挙げ句の果てには、


「もぅ仕方ないわねぇ。どうしてもって言うなら、私がいないとなぁんにもできないみっともない魔王様に、手を貸してあげない事もないけどぉ?」


 とか言われて、死に勝る屈辱を受けさせられるハメになるだけだな。


「そうだな。頑張らねば。次会う時に、馬鹿にされない為にも」


 そう声に出した途端、急に身体も考え方も楽になった気がする。

 ようやく考え方の方向ベクトルが定まったな。こうなってしまえば、やる事は単純。

 考えて、考えて、考え抜くのみ。

 あの娘のことや、ワカツのこと、天使の娘のこと等、考えるべき事は沢山あるが、まずは明日の決闘のことだ。

 幸い、朝まで時間もあれば、睡眠を必要としない身体もある。

 久しぶりに、王たるものの思考を働かせるとしよう。



 魔王の夜はまだ終わりそうにない。

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