第1章-22 『早朝、魔王との密会(3)』

「単刀直入に言おう! ワカツ! 俺を手伝ってほしい!」

「て、手伝う?」


 俺がこの、ほぼ全能のような魔王の何を手伝うというのだろうか?


「そう! 君には、今日の決戦中とその後、イサムと和解する為に協力してほしい」

「具体的には?」

「決戦の勝敗自体は、イサムには悪いが、俺は心底どうでもいいと考えている。強いて言えば、俺が負けることが出来れば事が順調に進みそうではあるんだが、この呪いの都合上難しいだろうな。こんなことを言っては何だが、最も警戒すべきはイサムの命の方なんだよ。この呪いが俺を『魔王らしく振舞わせる』以上、勇者という肩書を背負ったイサム相手には恐らく負けることが出来ないだ」

「は、はぁ」


 なんだろう? 言っていることは正しそうなのだが、自分の強さ自慢にしか聞こえない。いや、魔王も本気で考えているのだろう。それは、表情からよくわかる。

 だったら僕も本気で向き合わなければならない。


「できるだけ制御できるようには務めるが、もし、俺の暴走が止められなさそうであれば、容赦なく能力、魔法を使い、俺を止めてくれ。あとは、あの、アリスとかいう女の子に指示を仰いでくれ。恐らく彼女であれば俺を止められる」


 タダモノではないとは思っていたが、時を操る魔王にここまで言わしめるとは――

 一体……


「一体アリスさんは何者なんだ?」

「おや? ワカツも聞いていなかったのか。いや、無理もないか。圧倒的な力は畏怖と恐怖を産むからな……。では、このこと自体俺が言うことではなかったのかもしれない。あまり、人が隠している事をひけらかすことは美しい行為とはいえないからな」


 魔王にも魔王なりの美徳というものがあるのだろう。この辺りの感覚はかなり人間に近しいものを感じる。

 『日本への思い入れ等消えている』とは、言っていたが、ここまで話を聞いていると、そこまで僕らと違うような考えを持っているとは感じられない。

 結局のところ、呪いによって少し乱暴になってしまうだけの少しフランクなサラリーマンなのかもしれない。


「ということは、魔王さんにはアリスさんの正体がわかると?」

「いや、実のところ、俺の鑑定眼を持ってしても、彼女の完全な正体までは掴めなかった。わかったことと言えば、彼女が異常な量の魔素を体の中に保有していることくらいだ。そもそも、前の世界とは魔素の構造が違うからわかりにくかったが、昨日の様子を見る限りは本当なのだろうな。いや……話が逸れたな。今は今日の協力の話だった。時間も限られていることだし、伝えるべきことは伝えておこう」


 忘れていたが、この空間も、魔王の魔法によって作られているものだった。魔力的な時間制限もあるのだろう。


「あ……ごめん……」

「ハハッ! 気にするな! また、今日を乗り越えればそういうことを話す機会もある。その為にも、まずは話を勧めよう。取りあえず、決闘中はさっき話した通りだ。それはOKか?」

「うん。OK……っす」


 やはりまだ慣れない。


「……次は、最も重要なこと……決闘後の処理だ。もし、イサムが勝った場合には、そのまま、彼の要求通り、俺は謝罪しよう。決闘という場を設けられている以上、『魔王らしく振舞う』この呪いも、勝者の要求は呑んでくれる筈だ。その後は、イサムも少しは落ち着くだろうから、何とか俺とワカツで説得して、この空間内にイサムを入るように仕向けられればOKだ。その時はまた能力を使ってもらうからよろしく頼む」

「わ、わかった」

「そして、俺が勝ってしまった場合、俺は、勝利の権限でイサムにこの空間に入るように命令する。イサムも、納得はいかないだろうが、一応は要求を呑んでくれるだろう。そうしたら、あとは同様にして、俺の誤解を解いていく。この辺りの和解にも、付き合ってくれるとありがたい」

「できる限りの強力はしてみるよ」

「ありがとう。助かる」


 魔王は今までで見せたことのないほどの笑顔を見せる。

 その笑顔は、もしかしたら、こういう顔が、魔王ゼイト・ヴリエーミヤの本当の顔なのかもしれないと思わせるほどの純粋な笑顔だった。


「よし。では、ここまでで聞きたいことはあるか?」

「じゃあひとつ」

「なんだ? 何でも聞いてくれ」

「今日の決闘、本当にやる意味が……あるの?」

「というと?」

「決闘前に勇者さんをこの空間に入れられれば、それでいいんじゃ?」

「あぁ、それなら俺も考えたんだが……あの状態のイサムをこの空間内に大人しく入れることは不可能だと考えている。確実に俺のせいではあるんだが、今のイサムはとても俺の話を聞いてくれるように思わない。それは多分、ワカツにも言えて、もしワカツがイサムを連れ込んだところで、そこに俺がいればイサムは俺を攻撃してくるだろう。そして、呪い発動下で俺の身体がそれを無視してこの空間を展開してくれるとはかなり考えづらい」

「いや、それじゃあ、先に僕の能力で先に勇者さんの視覚情報を操れば……」

「いや、それも厳しいだろうな。仮にも勇者をやってきたイサムが視覚だけで相手をとらえているとは思えない。魔素や、殺気、体温等、恐らく別の視点で俺の存在に気づくだろう」

「なるほど……」


 少し驚いた。魔王がここまで勇者の実力を買っていたとは……。

 いや、当然と言えば、当然のことか。魔王は僕とは違い、昨日、きちんとした戦闘の場面で勇者と対峙している。そこで何かを感じたのかもしれない。


「聞きたいことはそれで終わりか?」

「う、うん」

「ならば、俺から少し質問をしてもいいか?」


 魔王は腕時計を見ながらそういう。まだ、時間はあるのだろう。


「え? あ、うん」


 まさか僕に質問が飛んでくるとは思ってなかった。


「いや、ワカツには色々と聞きたいことがあるのだが、今は重要なことだけ聞いておくとしよう。今話せることだけでいい。ワカツは自分自身のことをどこまで理解している?」

「え? じ、自分の事? それってどういう……」

「……あぁ、聞き方が悪かったか。俺が聞いているのは、君ののことだ」

「え? ん??」


 頭の中に疑問符が駆け巡る。


 え? 何? 僕の中身? 


 魔王の質問の意図がまったくわからない。


「……なるほど、まだ何もわかっていない……か。これは悪いことをしてしまったな。本人より先に秘密を知ってしまうとは……」

「え? 今何か言った?」

「いや、気にするな。今の質問は忘れてくれ。これはまた今後考えていくとしよう」

「は、はぁ」


 魔王の歯切れの悪い反応に少しもやもやするが、魔王の優しい笑顔が追及を許さないような気がしたので、ここで引くことにする。


「まだ、聞きたいことがあった。昨日の昼間のこととかも聞きたいけど、それは、ここじゃなくても聞けることだしな。よし、最後に、これだけは聞いておこう。どうして君は今回俺に協力してくれるんだ?」

「どうして……か」

「俺に協力したところで、君にメリットはない筈だ。単に俺が怖くて従っているだけか?」


 魔王の表情が暗くなる。

 それは、何かを思い出したかのようでいて、自分が怖がられるのを単に嫌がっているようにも見える。


「そうだな……もちろん聞き始めはそうだったよ。でも、今はちょっと違うかな。今は、単に呪いの被害者の魔王さんを助けたいって気持ちが強い……いや、それも違うか。多分、本当のことを言えば、只々、頼られたのが……必要とされるのが嬉しかっただけなのかもな。なにぶん、魔王さんとは違って、僕は前の世界ではこういうことがなかったから……。あとは、魔王さんの色が……」

「色?」

「いや、やっぱり忘れてくれ」

「……そうか。だったら、これからも気軽に頼っていくこととしよう! もちろん、ワカツが困っていたら、俺を頼ってくれて全く構わない。呪いが邪魔しない限り、俺も全力で手伝おう。よし、そろそろ時間だ。空間を閉じる。……っと、もうひとつすることを忘れていた」

「ん?」

「姿は見えないが、その辺りにいるのだろう? ほらほら手を差し出して」

「は、はぁ」


 魔王に言われる通り、手を差し出す。すると、魔王は差し出した僕の手を握る。

 やっぱり魔王には僕の場所が分かっていたのか。


「昨日も名乗ったが、もう一度名乗っておこう。俺は、時の魔王ゼイト・ヴリエーミヤ。気軽にゼイトと呼んでくれ」

「呪い発動中にそう呼んでも怒らないよね?」

「善処しよう。あと、この空間以外でも、タメ口で全然いいぞ!」

「いや、ちょっと、まだ僕にはハードルが高いかも」

「そうか……。まぁ、この空間だけでも使ってくれたのだから合格点か。まぁ、追々その辺りも改善していこうな! コミュ力は、異世界召喚にはほぼ必須の能力だからな」

「いや、ゼイトは呪いのせいでそのコミュ力を使う場面も少ないだろうけどな」

「ハハッ! 違いない!」


 異世界に召喚されて1週間弱。僕は時の魔王との協力関係を手に入れた。

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