第1章-14 『[勇者]は遅れてやってくる』
「ほぅ? ならば貴様は、この場にいる者を害してまで我を攻撃する強さがあると?」
「いや、まぁ、アリスには周りを巻き込むなって釘を刺されてはいたが……。でも、俺は
なんだコイツ? 何故まだ戦ってすらない
「唯の
「は? それはアンタの方だろ? それに、敗北なら知ってるよ……」
勇者は暗い顔をしたかと思えば、もう一本の剣を俺に向ける。それと同時に、触手(?)の剣先も我に向かって飛んでくる。
「おいおい、根拠もなく相手の実力を軽視する貴様と一緒にするな。それに、自称とはいえ勇者を名乗る者が名乗りも上げずに攻撃か?」
剣を避けながら、反論する。
「可笑しなことを言うな。お前も言う通り、『勇者』と名乗ってるじゃねぇか。っつうかそもそも俺は『勇者』であって『騎士』じゃねぇし。その辺アバウトで良いんだよ!」
触手の剣だけでなく、勇者も剣を持って切りかかってくる。
触手の剣ばかりに気を取られていると、もう一本の勇者の剣に当たりかねない。
「なるほど、これは厄介だ。だが――」
――対処できない程じゃない。
2本の剣が最も近づいた瞬間、上空に飛び、2本と1人を囲むように球形の
地面を掘ると言う性質上、半球の
「こんなモンで止まるかよ!」
予想通り勇者は地面に剣を向け、触手は地面を掘るも、
「なるほどな。このバリア、360度守れるヤツか」
「フッ! どうやって瞬時にここまで来たかはわからんが、貴様もこれで終わりだ。もう1人の到着を指を咥えて見ておくがいい」
「言ったはずだぜ?『こんなモンで止まるかよ』ってな!」
勇者は触手の剣と同時に同箇所への攻撃体制に入る。
まずいか?
いやいや。あの
「ぜやあぁぁ!」
「!? マ、マジか……」
パリンという音をたて、
なるほど。相手を見くびっていたのは俺の方もだったらしい。
「もらった!」
これはまずいな。この勢いだと避けきれん。
「人間相手に使ってはいかぬ約束だったが、相手は勇者。許せよ」
すまんな、
そう、能力を発動しようとしたところ、
『そこまで!!!』
テレパシーのような
目の前で剣を止め、頭を抑える勇者の姿を見ると、どうも此奴の仕業でもないらしい。ならば、
「童か……」
そう呟きながら、先程の奇妙な魔法を使う童の方を振り向くと、そこには見知らぬ娘が共に立っていた。
ーー
ーー
『もう一度言うわ。この森での戦闘はそこまでにしてくれる?』
ゆりりんの強化で僕が能力で伝えたアリスさんの声はつつがなくあの二人に届いたようだ。
「『そこまで』だ?勇者と魔王の戦をどうして小娘1人の介入止められよう?」
「そうだぜ。もう少しでコイツをやれるってのに」
「それは此方のセリフだが?」とでも言いたげな魔王は此方への視線を勇者への睨みに変える。
それこそ本当に人を殺せる程の殺気の満ちた殺気である。
「本当にそう思うかしら? 是非とも特に魔王様には賢明な判断をお願いしたいところだけど?」
アリスさんは自信満々の顔で魔王に目を向ける。それに対して魔王もアリスさんに目を向け、凝視する。
でも、どうしても僕にはアリスさんがこの2人の戦闘を止められる力を持っているようには見えない。ハッタリなのだろうか?
「……。なるほどな。そういうことか。いいだろう、一時休戦してやってもいい」
「は!?」
魔王のまさかの応答に声を漏らしたのは僕ではなく、戦っていた勇者(?)」の方で。
「おいおい!? 形式上あっちの味方の俺が言うのもなんだが、お前、マジで話に乗るのかよ!? どうしちまった? まさか、女の子一人にビビっちまったか?」
勇者の煽りとも取れる……いや、煽りにしか取れない言動に魔王は殺気の篭った目を向ける。今度の目つきは向けられていない僕ですらビビってしまう程である。
「勘違いするな。ただこれ以上人数の増える戦はリスキーだと思っただけだ」
「リスキー? それって結局ビビって―――
「イサム! 無駄な戦いは避けるって約束だったわよね?」
アリスさんは声色に反して、穏やかな笑顔で勇者の言葉を制する。
「だ、だけどよ!」
「…………」
アリスさんは何も言わずに穏やかな笑顔を勇者に向ける。無言の圧とはこういうことなんだろう。
「チッ! わぁったよ。止めりゃいいんだろ、止めりゃ」
「うん! ありがと!」
勇者は諦めたように首を振りながら剣を納め、それに対してアリスさんも感謝を告げる。
「αカリバー、お開きだとよ」
勇者の呼びかけに応じ、触手形態の剣の先は一本の剣へと収束していく。
「命拾いしたな、魔王」
「それは貴様の方であろう? そもそも――――」
「!?」
魔王の言葉の途中でアリスさんは突然振り返り、草むらに向けて剣を構える。
それに対して何かを感じ取ったのか勇者も納めた剣を抜く。
次の瞬間、
「ガウゥゥ!」「クォォン!」「ガルルルゥ!」
「カゥゥン!」「ガゥゥン!」
その言葉の終わりと同時に僕が初日に襲われた魔物と恐らく同じ種類の狼型魔物が5匹飛び出し、一斉に僕やゆりりんの方向に飛びついてくる。
ヤバい!
「――我が本当に殺すつもりで戦っていたなら、既にこの場の人間は全滅している」
先程までかなり遠くにいたはずの魔王が突如目の前に来たかと思えば、5匹の狼の姿は既に
魔王の手から灰がハラハラと落ちていく。
そう、元狼だったものは既に廃となり、魔王の掌から零れ落ちていた。それを見て、安心感のようなものと同時に焦燥と言語化できない恐怖が背中を撫でるのを感じる。
僕は魔王の手の届く範囲しか警戒をしていなかった。それは、基本的に魔王の僕らへの攻撃手段は素手だったし、能力も手に触れたものにしか発動していなかったからだ。
しかし、先程のように目に見えない速度での攻撃ができるなら、実質的に魔王の能力の射程範囲は
つまり、魔王の手の届く範囲以外は全て『警戒の外側』だったのだ。
僕はこの日、この瞬間、[無知]とは、[知らない]とは、[情報不足]とは、危険と恐怖を産むのだと、初めて知った。
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