第1章-15 『杯酒解怨(1)』
「おいおい。まだまだ呑みが足りんのではないか? 勇者よ」
「うるせぇ。魔王なんざに勇者の呑みが図れるかよ」
拝啓、お父様、お母さま。僕は今、異世界のある村の村長の家で勇者と魔王の晩酌に同席しています。しかも、一人で。
戦いで思った以上に疲弊していたゆりりんはともかくとして、アリスさんやその両親くらいは同席してくれると思っていたのが甘かった。
まぁ、確かに、異世界から4人も、それもその中には、勇者も勇者も、魔法少女までもが召喚され、更には戦闘の末にケガ人まで出て、その上地龍と遭遇したという報告は、
コミュ障を抜きにしても、唯の一般人には荷が重い。
美味しい筈のポーラさんの料理の味が灯らないほどに緊張と緊迫を感じる。
まぁ、救いとしては、あれだけ戦っていた2人が、何故か仲良く同じ樽の酒を飲んでいるところか。
「おい! そこの童も……」
「は、はい!」
「……」
魔王の呼びかけに上ずった声で答えるも、魔王は言葉を続けない。何か粗相をしてしまったのだろうか。ならば、謝らないと。
「す、すいませ――
「童よ、名は何と言ったか?」
「へ?」
満を持して続く魔王の言葉の意外さに、さっきよりも更に滑稽な声が出てしまう。
「いやな、一介の人間族の名前等は覚える気はないが、貴様の能力には興味がある。それに、先ほどの話の流れでは、この世界では長い付き合いになりそうではないか。そんな中で互いの名前も知らぬ状態では、何かと不便ではないかと我は思うのだ」
「あ! それは俺も聞きてぇな!
「え、えと……」
魔王と勇者の2人から同時に名前を聞かれて戸惑いつつも、少しの嬉しさのようなものを感じる。
元の世界では公的なもの以外で、名前を聞かれた事なんてほとんどなかった。
それは僕が誰にも興味を持たず、ほとんど誰も僕に興味を持たなかったから。
だから、『興味がある』や、『仲間』という言葉と一緒に名前を聞かれたことが、表現しようもないほど嬉しかったのだ。
だからこそ、僕はそれにきちんと応えなければならない。昼の事故紹介はもう繰り返さない。
「
あることに気づき口を閉じる。
そういえばこの二人は異世界、それもこの世界とも違う謂わば完全に未知の世界の住人だった。そんな人達に『漢字』を含めた自己紹介は配慮に欠けていた。
昼のことから気をつけたはずだったが、事故紹介が再発してしまった。訂正せねば!
「いや! 後半の方は無視して――
「白瀬って苗字に漢字って、お前日本人か!?
「!!?」
「え? は、はい」
またもや予想外の反応に頭がパニックになる。魔王は何故か日本を知っており、勇者も何やら驚いているようだ。
日本から直接送られた僕と違い、この2人には、世界で勇者と魔王という役職があったはずなのだ。
その2人が何故日本という国名に反応を示す?
まさか、召喚の際にボーダーに告げられたのか?
いや、それならさっき行われた事情聴取で何かアクションを起こしていたはず。
「いや、驚かせてしまったか。すまぬ。まさか我と
「ど、同郷!?」
更に訳の分からない魔王の発言に僕の頭がオーバーし、ヒートする。
「あぁ、と言っても召喚前では魔王領だったから、その前の世界での故郷という意味でだが」
あ、今の言葉でなんとなく状況が掴めてきたかも。
「………ということは、えと、魔王様って前の世界で異世界転生者だったということですか?」
「そうだな。
「な、なるほど」
なかなかに複雑な魔王の状況に頭がこんがらがったが、なんとなく把握できた。
「それで、今の日本、我の召喚された後の日本はどうなっている?」
「えと――
「ちょっと待ってくれ」
「??」
「どうした? 勇者よ。作って頂いた夕食に文句でもあるのか?」
「いや、そうじゃない! お前から話し始めるから言うタイミングを逃したんだよ!」
「『言うタイミング』? 貴様が話すことなど――
「俺も、日本に住んでたんだよ! 前の前の世界で!」
「「!!?」」
まだ僕の頭のオーバーヒートは治まりそうにない。
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