第1章-12 『異界の勇者、魔の森にて少女を救う』

 【魔の森奥地】


 何が起こっているの? 

 こんなことは、ここ最近はなかったのに。

 何か嫌な予感もするし、取りあえず、急がなくちゃね。


「フランク、エレン、デイヴ! 速度を上げるわよ!」

「はい!」「うっす!」「ったく、人使いが荒いっすね!」

「デイヴ! 文句言ってたら、父さんに言いつけるわよ?」

「そりゃぁねぇっすよ!」

「そんな反応できてるなら、まだ大丈夫そうね。」


 そう言い放ち、私達は土煙の起こった場所に向かう速度を上げる。

 そして、それと同時に考えをまとめいく。

 あっちにボブと、ゆりちゃんと、ワカツ君だけ置いてきたのは、正しい判断だったのかしら?

 なんにも教えずに来ちゃったけど、ボブならちゃんと気づくわよね? うん。

 あの嫌な気配から察するに、あれは…。いや、ボブなら大丈夫よね?

 まぁ、最悪の場合は2人には悪いけど、Bに移ってもらえばいいだけだしね。その場合、ちょっと早すぎるかもしれないけど、は遂行できるわけだしね…。

 いや、本当に、なんでこんな人間になっちゃったんだろう? いつからこうなっちゃったんだろう?

 後悔と罪悪感が背後を追いかけてくる気がして、少し目頭が熱くなる。

 少し漏れ出た涙を拭い、私は、今、私のすべきことへと考えを移行させていった。


―――


「そろそろ、この辺りだったかしら?」

「はい。あの時見た土煙の方向と距離から推察すると、このあたりのはずですが……」


 そういえば、こちら側には、ちょくちょく魔物が湧いてたわね。どうやら、白骨死体の元凶の方は、ボブに任せることになりそうね。


「さてさて、どうするべきか…。」


 そう、小声で呟いた瞬間、


『ドゴォーン!』


 2度目の土煙が舞い上がる。

 それを見てから、フランク達の顔を見ると、全員がうなづき、土煙の方向へと走り出した。

 どうやら指示に声は必要なかったようね。


―――


「グォーン!! キュイーン!」

「ック! 申し訳ありません。不覚でした」


 私達を待ち受けていたのは、『地獄』と表現し得るような光景だった。

 敵は私たちが危惧していたものより、よっぽど巨体で危険な化け物で、到底3人では相手にならないような力も持っている。そんな、唯でも、厳しい戦いになりそうって時に、既に1人が負傷している。

 なかなか、最悪な状況じゃない?

 いや、こんな時こそ、冷静にならないと。


「エレン! デイヴ! フランクを連れて一旦離脱して! 時間は私が作るから!」

「で、でもお嬢! あれは流石に……」

「いいから! 私を心配できるなんて、いつからエレンはそんなに強くなったわけ?」

「いや、そういうことじゃなく――」

「おい! 行くぞ! お嬢がああ言ってんだから大丈夫だ! 早くしろ!」


 デイヴの言葉で、エレンは納得こそしてない様子だが、指示に従い、デイヴとともに、フランクを連れて、戦線を離脱した。

 はぁ。あとで、デイヴには感謝しなきゃね。

 さぁて、取りあえず、私がここから時間を稼いで、離脱できたら、一旦態勢の立て直しは出来そうね。

 本当はさえ使えたら、あんな化け物なんてイチコロなんだけどね。

 いや、ダメダメ。は国家機密なんだから。

 まぁ、いつもの中級魔法で突破したほうが無難よね。


「エクスライト!」


 辺りに強い光が照らされる。


「キュオーン!」


 敵の甲高い声が響き渡る。まったく五月蠅いものね。

 でも効いていることには間違いないみたいね。ほんとなら、殺すところまでやっておきたいんだけどね……。

 いや、一撃くらいにとどめておくかな。その方が安牌だしね。

 そう考え、手持ちの剣をちゃちゃっと持ち直した瞬間、


「αカリバー! 起きろ! ぜやぁ!」

「グキュオーン! キュイーン!」


 何者かが、私の前にあの巨体に剣を突き立て、化け物はその大きな口から耳も抑えたくなるような声を上げる。なにやら、若い男の人のようだ。


「おい! そこの娘! 無事ならここから離れろ! 美味しく頂かれたくなかったらな!」


 何者なのかは気になったが、本能が「この場はやばい」と告げるので、大人しく指示に従う。


「さぁ、αカリバー! 楽しい楽しい食事の時間だ。 力を貸せ!」


 そう声を上げ、青年が持ち前の剣を振り下ろすと、彼が持っている剣先が何又にも裂けたかと思えば、その剣先は地龍の背中を切り出し、聞いたことのない咀嚼音とともに、剣に取り込まれ始めた。

 それは、まるで剣自体が地龍の血肉を欲して食事をしているかのようにも見える。

 でも、少なくとも、私の知識には、魔物どころか、何かを食べる剣なんて聞いたことが無い。剣のことならボブの影響で知っているつもりだったけど、世界って広いのね。

 なんて考えているうちに、剣は次々と地龍の身体を切り取り、取り込んでいく。

 まったく、本当に暇させてくれないわね、この世界は。

 そんなことを考えているのも束の間、ついに、地龍は跡形もなく取り込まれてしまった。


「おい、無事か?」


 青年は、そのあたりでこけた子供に声をかけるようなほど、自然色に満ちた声色で声をかけてくる。


「え、えぇ。身体的な話でいうと、おかげさまで無事よ。ありがとう」


 地龍の飛び地で血まみれになった顔を、服で拭いながら答える。まぁ、あちらも血で真っ赤に染まっているんだけどね。


「なら良かった。……ん? 身体的って、ことは無事じゃないところもあるのか? もしや、服か? いや、そんな大事な服なら、あんなバケモンが住む森に着てくるなよ」

「いや、服の事じゃないわよ! ちょっと、気持ち的な問題ね。あんな光景見せられれば、私くらいの女の子なら卒倒してるわよって言いたいところだけど、ここは、助けてもらった恩によって黙っておくわ!」

「ははっ! まさか助けた女の子から文句を受けるとはな。いや、そう考えるといつもの事か……」


 青年は、少し表情を暗くし、顔を地面に向ける。

 何か嫌なことを思い出したのでしょうね。ここは、刺激しないように、話題を変えた方が得策かしら?


「そ、そういえば、貴方はなんでこんなところにいたの? 魔の森には、トゥールースからしか入れないはずだけど?」

「『なんで?』か。それは、俺の方から聞きたいくらいなんだが…。それに、トゥールースって、地名か? まったく聞いたことが無いが……」


 この反応、もしかして…。


「もしかして、あなたもここに『召喚』されたって言うの?」

「『召喚』、か。確かにそういう類のものと考えるのが普通だな。なにやら、あっちの世界とは、マナの構造や、空気の性質も違うようだし。ま、神にも会ってないし、いきなり、モンスターだらけの森だし、前回のやつよりはなかなかズボラな感じだがな……。」

「え? 前回ってことは、貴方、『召喚』自体は初めてじゃないの?」

「お? そうか。自己紹介が遅れていたな。俺の名前はイサム。イサム・デ・サングリアルだ。前の世界では一応【勇者】をやっていた。そして、そこに召喚される前の世界では、【高校生】だったんだけど、【勇者】とか、【高校生】ってわかるか?」

「!!?」


 【勇者】という言葉に過剰に反応してしまう。

 ダメよ、アリス。は国家機密なんだから、表に出してはダメ。例え、相手が、この世界のことを知らない人だとしても…。


「【勇者】というのは、知ってるわ。ま、おとぎ話とかに出てくる程度で実際に会うのは初めてだけど…。それと、ごめんなさい、『コウコウセイ』という言葉には聞き覚えが無いわ」

「やっぱ、こんなモンスター蔓延る森がある時点で、世界じゃないよな。あと、【勇者】ってのも、唯の職業というか、役割というか、そんな感じだから、多分だけど、この世界における【勇者】ってのとは、かなり違うと思うから、そんなに気は使わないでくれ」

「そ、そう。なら、このままの口調で行かせてもらうわね。呼び方もイサムでいいかしら? あ、でも、年齢的に敬語の方が良かった?」


 彼は、私より2,3歳ほど年上のように見える。ついつい、いつもの癖で年上に見える人にも砕けた口調で話しかけちゃったけど、無礼だったかしら?


「好きに読んでくれて構わないし、口調もこのままでいい。言ってもそれほど年も離れてないだろうし、こういう場所ではできるだけ簡単な呼び方がいいからな」


 良かった。こういう口調の方がしゃべりやすいのよねぇ。

 でも、そうね。こういう風に、簡単に自分が【勇者】だなんて語るなんて、確かに、他の世界から来たことには違いないみたいね。

 確かに、空気感や魔力源、漂うマナの構造も、この世界とも、ゆりちゃんのものとも違うみたいだしね。


「そういや、突っ込み忘れていたが、『あなたも』ってことは、他にも俺みたいに『召喚』された奴がいるってことでいいよな? 取りあえず、そいつに、もしくはそいつらに会いたい。いるところに案内するか、会えるような手続きとかを取ってくれるか?」


 イサムは、先ほど使っていた剣をわざとらしく身体の前に持ってくる。

 恐らく、この要求に関して私が拒否権を持たないということを暗示しているんでしょうね。

 先ほどからも、気楽に話しているように見せているけど、剣を手から放していなかったり、こちらが気づかない程度に警戒を怠っていなかったりするところを見ると、軽率そうに見えて、実は用心深いタイプみたいね。


「そんなに、脅したり警戒したりしなくても、案内はしてあげるわよ」

「いやいや、これは他の魔物に対する警戒だ。それに剣もたまたま移動しただけだ。【勇者】が相手に警戒も脅迫もするわけないだろ?」


 イサムは不得意気に笑いながら弁明をする。

 私が言うのもなんだけど、【勇者】なんだったら、もうちょっとうまく誤魔化せた方が良さそうなものね。


「ま、そーいうことにしといてあげるわ。それで、案内は引き受けるけど、ちょっと色々ややこしくなりそうだから、取りあえず、仲間と合流してもいいかしら?」

「反応は気になるが、それでいい。だが、他の『召喚者』に会うまでに色々話をしてくれるか? この世界の話とか、そいつらのこととか」


 また、イサムは剣を持ち直して言う。


「いいわよ。そっちの情報と交換だけどね。あと……」

「あと?」

「もう少し良い脅し方を考えた方がいいわよ」

「何のことか全くわからんな」


 また青年は不得意気な笑顔を見せる。


「そ。ならいいわ」


 その言葉を皮切りに、私とイサムは歩き出した。それと同時に『情報共有』という名の『情報の引き出し合い』も始まるのだった。

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