第1章-10 『出陣』
「ぼ、僕の名前は
門の前で自己紹介が始まっていた。
護衛の人達とは会うのは初めてであるからと、アリスさんに促される形で始まったのだが、コミュ症気味の僕には、計6人の前で自己紹介するのは、少しハードルが高かったようで、緊張で噛んでしまった。
これでは、自己紹介でなく、事故紹介だ。
「おうおう! おめぇが、今日から参加のワカツかい。話は聞いてるぜ!特に能力についてのこととかな!色々頼りにしてるぜ、ワカツ」
護衛の中の1人が、噛んだことにツッこまずに答えてくれた。茶髪で顎髭が生えている。顔つきからみると、40代くらいなのだろう。
それにしても、能力についてだが、昨夜アリスさんに、『護衛の人達には伝えてもいい?』という質問をされ、『はい。』と答えたが、昨日の今日でもう情報が伝わっているのか。
そんなことを考えていると、さっきの顎髭の人が口を開いた。
「っと、こっちの紹介がまだだったな。俺の名前はボブだ。一応、この村での『魔の森直接偵察部隊』の隊長をしている。まぁ、部隊っつっても、今回みたいな異常がない限り、魔の森になんて立ち入ることはねぇから、あってないようなもんだけどな。ガッハッハ!」
さっきも思ったが、かなり活気の溢れた人らしい。
そんな様子を見て、隣にいた金髪の人が口を開く。
「もー、隊長。隊長の自虐ネタにワカツ君が引いてるじゃないですか。まったく……。そろそろ隊長以外の紹介もしますね。まず、私の名前はフランク。『魔の森直接偵察部隊』の副隊長を務めています。そしてそっちの丸坊主がエレン、こっちのバンダナを巻いてる奴がデイヴです。今日の偵察では色々とよろしくお願いします」
「りょ、了解です。よろしくお願いします!」
自己紹介を終えると、各々が、装備の最終チェックに入った。
ゆりりんは危なくなったら変身するという性質上、家にいた時とそう変わらない格好だが、僕やアリスさんは家で用意されていた皮の鎧と、鉄剣を装備している。戦闘は基本護衛の人だけで足りるらしいのだが、護身用らしい。
剣を鞘から抜くと、ついつい興奮してしまう。
包丁を持っている時とは比べ物にならないくらいの緊張感と、それを超えてくる冒険へのワクワク感が同時に押し寄せてくるのだ。
そんな様子を見て、アリスさんが近づいてきた。
「そっか。剣持つのも初めてになるんだっけ?本当だったら、ちょっとくらいは振り方とか教えてあげるものなんだけどね。なにせ、急な話だったからね、そんな時間もなかったんだよ」
「いえいえ。それよりも、本当に今日参加させてもらってありがとうございます」
そう答えると同時に剣を鞘に戻す。
「このくらい造作もないよ!って言いたいところだったんだけどねぇ……」
そういうと、アリスさんはさらに僕に近づいてきて、それにドキッとしてしまう。
そしてアリスさんは再度小さな声で話し始める。
「実を言うとね、今朝までは本当にワカツ君を連れて行くのか決めかねてたんだ。君は前の世界でも戦闘経験はなかったみたいだし、何より、一度ウルフに襲われているってことから、精神的な面も考慮してね。ただ、
アリスさんは苦笑いをしてしまっている。
そう、僕は今朝アリスさんに共有したのだ。
異世界から来たこと。その世界がどんな世界かということ。また、これからも能力者達が召喚されてくるかもしれないこと。更に、その召喚者の情報を、前世界の経験から知っているかもしれないということ。そして、ボーダーの存在と今朝見た神夢の内容など、僕が知り得る情報を全て。
とは言っても、ゆりりんの時と同様に、召喚されてくる人達が創作物だということに関しては伏せて伝えているのだが。
共有した時に驚いたのは、アリスさんが、伝えた情報をすぐに受け入れてくれたことだ。確かに、少しは動揺していたが、そこまで取り乱してはいなかったし、嘘かと疑っている様子もなかった。
やはり、この世界では
また、神夢の内容については、ゆりりんと、今回の偵察の隊長、つまりボブさんにはアリスさんの図らいで伝わっているらしい。あまり、多くの人に伝えるとパニックが起こってしまうので、気を遣ってくれているようだ。
「いやぁ、伝えるの遅くなって申し訳ないです。それに、色々と取り図らってもらったみたいで、ありがとうございます」
「どういたしまして。って言っても、あの情報に関してはこっちが管理できた方が色々と都合が良いから、好きにさせてくれたことにこっちがお礼を言いたいぐらいとなんだけどね」
そう言った後すぐに、アリスさんの顔がこれまで見たことのないくらいに真剣なものになり、さらに距離をつめて、小さな声で話し始めた。
「ワカツ君。ここからは私のワガママになっちゃうんだけど、あの情報、つまり、君のいた世界や、神の話については、あまり広めないでほしいの。それに、もし、伝えたい人がいたり、伝えた人がいるなら、そのことについても教えて欲しい」
アリスさんのあまりに真剣な表情と声色に少し慄いてしまうが、一度息を飲み込み、返事をする。
「はい。まず、あの情報に関しては、僕は元から不必要に広めるつもりはありません。基本的にメリットがないですし、伝えることでこちらの世界にどれだけ影響が出るかわからないですから。ただ、僕らみたいな召喚者達には状況に応じて伝えようとは思っています。もちろん、その人の人格を知ってからにはなりますけど、僕だけが知っているのは不公平ですから。それに、伝える際には、できる限りアリスさんと相談はするつもりですから、そこは安心してください。それと、既に伝えた人に関しては、今朝伝えた通り、同じ召喚者の百合さんだけです」
すると、アリスさんは胸を撫で下ろし、ホッとした様子だった。
「ありがとう。それを聞けて安心したよ。これからも、こういう事関連で色々と話をする機会を設けるかもしれない。もちろん今よりも時と場合は気にするつもりだよ。そのときも、きちんと話をしてくれるかい?」
「えぇ、もちろん!!」
僕が答えると、アリスさんが手を出してきたので、その手を手に取った。
すると、次の声に少し驚いてしまう。なにせ気配を感じなかったのだから。
「おうおう! わけぇ2人が仲良くしてるところ水をさすようで悪りぃんだが、そろそろ出発してもいいか?」
ボブさんが僕の後ろから声をかけてきたのだ。
驚きを隠しつつ、周りを見渡すと、皆さん準備が整っていた。
「もう! そんなんじゃないわよ。ね、ワカツくん?」
と言いつつ、アリスさんは握っていた手を離す。
「は、はい」
少し顔を赤らめてしまっていたが、相手の表情と状況を考えて、冷静さを取り戻す。
「準備の方は、私はできてるわ! ワカツ君の方は?」
「はい! 準備は、できています」
僕が言うと、少しボブさんは首を傾げた後、納得したように頷いた。
「おう! ワカツ! 一緒に頑張ろうな!」
「ボブ、伝えていた通り、ワカツ君はまだ戦闘という戦闘はできないから、任せたわよ。もちろん私も気をつけるようにするけど。」
「おう! 任されたぜ! ワカツ! ちゃんと守ってやるから、おめぇもちゃんと見とくんだぞ。俺の剣さばきをよ!」
「は、はい!」
「良い返事だ!」
その会話を最後に、僕達は魔の森へと足を踏み入れるのだった。
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