第1章-8 『神夢』


「じゃあ、召喚されたのは、アンドラスを倒したあたりってことかな?」

「あたりというか、その直後です。アンドラスを倒して、変身を解いたあと、みんなと合流しようと思ったら、急に目の前が光出して、気づいたときにはすでに魔の森でした」

「なるほど……」


 『魔人アンドラス』――それは、【魔法天使♡heaven’sカエン』で主人公達と2番目に戦う魔人の名前である。それを倒した直後というのだから、ゆりりんは、物語のかなり序盤から召喚されたということだ。なので、まだ『ガブリエル♡ホワイトリリー』の攻撃手段について知らないのも当然である。


「うん。話してくれてありがとう。じゃあ、約束通り、今度は僕が話す番だ。でも、一つお願いなんだけど、これから話すことは内密にしてもらえるかな?もちろんアリスさんにも。僕も召喚されたばかりでまだ僕の持つ情報が、どんな影響力を持つのか理解できてない。だから、教えるのは出来るだけ少人数の人だけに抑えておきたいんだ」

「は、はい。わかりました」


 百合さんは息を呑んで、さっきより更に真剣な顔で返事をしてくれた。


「ありがとう。じゃあ話し始めるよ。実は―――」


 それに答えるように、僕も話し始めた。


――


 話を終えると、ゆりりんは考え込むように、俯いていた。おそらく情報の整理中なのだろう。

 僕がゆりりんに伝えた内容はこうだ。

 『伝村百合』含む魔法天使のことを召喚前から知っていたということ。

 『伝村百合』が、この世界に召喚されなかった場合の未来も知っていたということ。

 ゆりりんが住んでいる世界のことのように、他のいくつかの世界、そしてその未来も知っているということ。

 また、その世界の中に、この世界では無いが、同じような世界があったということ。

 そして、この全ての情報はは、ある特定の能力者がその能力を使用することによって他の世界の状況と、その未来を見通し、それを物語として発売しているものを僕が読んでいたことから得られたということ。

 この期に及んで嘘を混ぜるのは心が痛んだが、仕方のない処置だった。

 『自分の住んでいた世界が創作物の中の世界である』ということを知れば、ゆりりんがどういう行動をとるか、どういう反応をするかがわからないが、混乱させてしまうこととショックを受けさせてしまうことは確定だろう。

 そして、何より僕自身も、何故そんなアニメキャラクターがこっちの世界に召喚されているか、どういう原理なのかがわからないので、説明仕切れない部分が絶対に出てくるだろう。

 そんな状態ではこれを伝えることは、不安要素を増やすだけだと考えたのだった。 


「なるほど……。そちらの世界には凄い人達がいるんですね」

「そうだよ。確かに僕も、は凄い人達だと思うよ」


 僕とゆりりんの言う『凄い』には大きさの違いや、その種類の違いがあるかもしれないが、この一言には一切の嘘偽りが含まれていないことだけは確かであった。


「あ、最後に一つだけ、いいかな?」


 ゆりりんが頷くので話を続ける。


「僕と百合さんがこの世界に召喚された以上、これからも他の世界から人が召喚されることがあるかもしれない。そんなときに今の僕らと同じ状況になってしまった人達にも、極力このことを伝えないようにしてほしいんだ。もし、それでも伝えたい場合は、一度それを僕に相談してもらってもいいかな? なんか命令みたいになっちゃってごめんね?」

「いえいえ。はい。分かりました。では、初めにワカツさんが言ってた通り、この話は2人だけの話にしておきましょう」


 と、念押しの言葉を最後に、僕とゆりりんとの会話は幕を閉じたのだった。


――


「ふぅ。気持ち良かったぁ。まさか、異世界に来てこんなにすぐにお風呂に入れるなんてなぁ」


 感動の涙を伴いながら、ひとりごつ。

 あのあとすぐにアリスさんの母親から、食事に呼ばれ、食べ終わると、お風呂に案内してもらった。お風呂は、薪を燃やして温めるものだったが、誰も空気を入れたり、追加の薪を入れたりしていなかっ たところを見ると、魔法でも関わってきるのだろうか。

 話を聞く限り、村の他の家には風呂は設置されていないらしいし、少なくともそう簡単に入れるものではないことは確かだったので、改めてこの家に居座らせてもらっていることに感謝したのだった。そして、そんな貴重な風呂を堪能した後、またベッドへと戻ってきたわけだ。そして、ベッドに座りつつ、明日のことを考える。

 食事の時、明日も魔の森への偵察が行われることを聞いたのだが、そのときに、僕も連れて行ってもらえるように頼み込んだのだ。

 初めは、僕の心と身体に対する心配から断られたのだが、それでも頼み続けた結果、『絶対にゆりりんとアリスさんから離れないこと』を条件に、許してもらったのだ。そこまで頼み込んだのは、恩人2人が偵察しに行っているのに、僕だけ村に残っていることに対してこれ以上耐えられないという気持ちと、本当に僕とゆりりん以外が召喚されていないのかを自分の目で確かめたいという気持ちからだった。

 もちろん、狼への恐怖心がないとも、不安がないとも言い切れないが、それ以上にそういう気持ちが強かったのだ。

 というわけで、今日は早めに休むことにしたのだ。

 まぁ、早めに休むといっても、今日は一日をベッドの上で過ごしていたので、疲労が溜まっていない以上、眠れないかもとも思っていたが、風呂の威力は絶大だったらしく、ちゃんと睡魔が襲ってきてくれた。


(明日は頑張るぞ)


 と意気込んで、僕は目を閉じるのだった。


――


『やぁ、二日ぶりだね。ってまだ寝てるかな?』


 どこかで聞いたような声が聞こえる。まだそんなに時間は経っていないように感じたが、もう朝になったのだろうか。


『おーい。ワカツくーん。早く起きてよ。私にも時間があるんだからさ』


 というか、さっきから話しかけてくるこの声、誰の声だっけ?なんか聞いたことあるんだよな……。でも男の人の声だし……。

 ってこの声の主って


「ボーダーじゃねぇか!!」


 そう言いながら勢いよく身体を起こし、目を開けるとそこは見覚えのある『白い部屋』だった。だが、ボーダーの姿はそこにはなかった。


『あ、起きたかな? おはようワカツくん』

「おはよう。ってそうじゃなくて、何で僕またここにいるだよ!ていうか、なんで姿は見えないのに声は聞こえるんだよ!お前には、聞きたいことが山ほどあるんだ!はやく姿を現せよ!」

『…………』


 返答がない。一気に色々言いすぎたか?


『…………。そろそろ、私への不満は言い終えたかな? まず最初に言っておくけど、僕からは君に言葉を伝えられるけど、君からは私に伝えられないから、今何を言っても聞こえないよ。でも、君が今聞きたいことはだいたい予想がつく。だから順をおって説明していくから黙って聞いてもらえるかな?』


 この状況にも、全て見通しているような態度も、命令口調なのも全て気に入らないが、言われた通り話を聞くことにする。


『まず一つ目、君の今の状況についてだ。君の身体はまだ眠っているよ。簡単に言うと、君の精神だけを僕の言葉が伝わるところまで持ってきてるからね。でも、僕の力じゃ、伝えることはできても、聞くことはできないんだよね。だから、一方通行のコミュニケーションになるけど許してちょ』


(神にもできないこととかあるのか)

 

 そう思いながら、話を聞き続ける。口調に関してはもう、何も考えないようにした。


『2つ目は、なんで君をここに呼んだかなんだけど、それは伝えたかったことがあるからだ。今からそれを伝えるからちゃんと聞いててね?』


息を呑んで、話の続きを待つ。


『君は百合ちゃんと接触してたから、なんとなくわかるかもしれないんだけど、実は、そっちの世界には、君のもといた世界のアニメやゲームのキャラクターも送り込むことができるんだ。といっても、私も上司の指示無しに勝手はできないんだけどね。ともかく、そんなこんなで、私は上司に言われれば、君が見てきたようなチート能力者や、能力を使える化け物をそちらの世界に送り込まなければならない。もちろんその能力を持った状態でね』


(待ってくれ、そんなのって……)


『「不公平だ。」そう思ったね?そうだ。君は私から能力を一つ授かったとはいえ、それも戦闘能力ではない。そんな弱っちい存在が、作られたチート能力者に勝てるはずがない。まぁ、戦わなければいい話だが、そうもいかない人格者もいるってことはサブカル好きの君ならわかるはずだ。そこで、だ。私から君に一つ能力とは別に一つアドバンテージを授けることを許された。それは、君の能力らしく、【情報】だ。召喚者を送り込む前日に、今みたいにして君に情報を伝える。伝える情報は、「何人送り込むのか」と、「送り込む人の性別」、そして、「送り込む人のうち、ランダムで1人の能力」だ。それ以上教えることは「不公平」になってしまうらしいから出来ないんだ。ごめんね』


 この期に及んで、アドバンテージが【情報】だけときた。それもかなり絞られた情報だ。

 普通は、『全員の能力と弱点』くらい教えてもらってもいいくらいなのだが、おそらく、『ヲタク知識』も僕のアドバンテージの一つと考えられているのだろう。だから『それ以上教えると不公平』になるわけだ。

 なるほど。一見かなり不利な条件だが、意外と考えられているのかもしれない。

 それに、アリスさんは、「攻撃したり、回復したりすることだけが『戦う』ってことじゃない」といってくれた。だから、無理矢理納得することにした。




 上等じゃないか。情報がアドバンテージなんて僕らしい。僕は生き抜いてやる。この【情報】という、僕にしか与えられない【武器】を使って。




 僕はそう意気込むのだった。

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