第1章-9 『魔の森』


『早速で悪いんだけど、明日2人召喚するからね♪』


 その言葉に驚いてしまう。

 あまりにも早速すぎる。さっきの意気込みが緩みそうになるが、落ち着いて聞くようにする。なにせ、文字通り命に直結するような情報なのだから。


『召喚者は2人とも男性だ。そして、能力は…………っと、これは1人だけだったね。じゃあ、ワカツ君、右と左どっちがいい?』

「え?じ、じゃあ右で」


 ここで考えても意味がないので、すぐに答える。


『右だね。こっちの召喚者の能力は…………、簡単に言えば【時を操る能力】だね。触れたものの時間を早めたり、遅くしたり、止めたり、過去に戻すこともできるみたいだね』


【時を操る能力】か。

 やばい。ハズレ引いたかも。

 こう言っちゃ悪いが、時を操る能力者なんて、僕が見てきたアニメやラノベに五万と出てきた。その中から、個人を特定するのは不可能だ。

 やはり、一度その能力者を見てから、それが何のキャラクターなのかを判断する必要が出てくる。せめて、能力だけで特定できるような特異な能力持ちであれば………。

 だが、よく考えると、もう一方の召喚者の能力がわからない以上、あたりもハズレもないので、あまり、その辺りは考えないようにした。


『よし。じゃあ、全部伝えられたかな。こう見えて私も忙しいんだ。って見えてないんだっけか?まぁ、そんなわけで、時間もないから、この部屋閉めるね。この状態を続けるの意外と堪えるんだよね』

 

 聞きたいことも、言いたいこともまだ山ほどあるが、相手に伝わらない以上、口に出しても無駄なので、何も言わなかった。


『本当に、急に呼び出しちゃってごめんね。といっても、次も突然呼び出すことにはなるんだけど。まぁ、そんなわけで、その「次」に生きて君と会えることを楽しみにしているよ。私個人としては君を応援してるんだからね。じゃあ、頑張ってね〜♪』


 という言葉を最後に意識が遠くなるのだった。


――


 小鳥の声と、下の階からの物音が聞こえる。今度こそ、こちらの世界で目覚められたようだ。

 少しずつ目を開きながら、上半身を起こす。


「んん〜。朝かぁ」

「お? 起きた? おはよう! ワカツ君!」

「!!? あ、おはようございます!?」


 アリスさんの声が窓側から聞こえ、部屋に誰もいないと思っていた僕は驚きつつも、挨拶を返す。


「あぁ。驚かしちゃったね。ごめんごめん。起こそうと思って部屋に入ったはいいけど、ちょっと早かったみたいだから、もう少し寝かせてあげようと思ってね。でも、起きてしまったからには仕方がない。少し早めの朝食にしよう。ゆっくりでいいから、着替えて降りてきてね。私は百合ちゃんを起こしてくるから」


 そう言い残し、アリスさんは部屋をすぐに出て行った。

 そのとき、少し気になる事があった。

 寝起きで見間違えたのかもしれないが、アリスさんの頬には汗が伝っていた。召喚時に真っ先に感じたことだが、この世界の、いや、少なくともこの地域の今の気温では少し寒いくらいの季節なのだ。着替えとして用意されている服も少し分厚めで、長袖のものになっている。こんな気温では、激しく運動しない限りは汗はかかないはずなのだが。

 それほどまでに、朝の準備は大変なものなのだろうか。次からはもう少し早起きをし、朝の準備を手伝おう。少なくとも、起こされる側のままではいけない。

 居候の身の僕は、そう決意をしながら着替えを済ませ、1階のリビングへと向かうのだった。


――


「あ、これおいし」


 出された朝食を食べると、自然に言葉が溢れた。


「はっはっは。そうだろう。そうだろう。ポーラの作る料理は全て至高だが、俺もこのフレンチトーストはいっそう気に入っている」

「もぅ、大げさよ、あなた」


 文脈からするとポーラというの、アリスさんの母親の名前なのだろうか。そういえば、2日間もお世話になっているのに、僕はまだ、アリスさんの両親の名前を知らなかった。


「「?」」


 考え込み、返事をするのを忘れた僕の様子を見て、アリスさんの両親は顔を合わせ、首を傾げていた。

 このままではいけないと思い、返事をしようと声を出そうとしたそのとき、


「なるほど。俺達としたことがうっかりしていた。ポーラ、俺達の自己紹介はまだだったな」

「あらあら、そうだったかしら。ほんとうっかりしていたわ」

「あれ?私もてっきりし終わってるのかと思ってた」


 アリスさんの父親が、僕の心でも読んだかのように話し始め、ポーラさん(?)とアリスさんがそれに反応する。


「じゃあ、まず俺からだな。俺の名前はトレックだ。早乙女トレック。うちが、村の長を務める家系だったことは話したが、その中でも完全な代表者となると俺だ。つまり、この村の村長ってことだな。だから、この村について何かわからんことがあれば、なんでも聞いてくれ。それと、村長って言ってもそこまで気を遣わなくてもいいからな。今まで通り接してくれ」


「次は私かしら。私の名前はポーラよ。私にできることといえば、家事のことくらいだけど、相談にのることくらいはできるから、困ったことがあったらすぐに言ってちょうだいね」

「は、はい。あ、僕たちも自己紹介した方がいいですかね?」

「いやいや、君達のことはアリスから説明されているから、大丈夫だよ」

「わかりました。いつまでお世話になるかわかりませんが、よろしくお願いします」


 そういった会話を終えると、また食事が再開されるのだった。


 それにしても、『ポーラ』さんに『トレック』さん。どちらも外国人の名前っぽいな。苗字は『早乙女』で日本人の名前なのに。

 まぁ、アリスさんの時点で少し気にはしていたが、『ありす』という日本人名がないわけではないので、そういう名前なのだと思っていた。

 しかし、両親の名前までとなると、この世界の命名法はなのだろうか。というか、組み合わせ方は違えど、何故僕の住んでいた世界の名前が使われているのだろうか。そもそもどうして僕やゆりりんの言葉がこちらの世界に障害なく伝わるのだろうか。


美味しいフレンチトーストと共に、溢れ出る疑問も飲み込むのだった。

 

――


「さぁ。森に向かう準備はできたかな?」

「「はい!」」


 アリスさんの問いかけに、僕とゆりりんが答える。


「じゃあ、出発だ!」


 アリスさんがそういうと同時に、僕達3人は家を出た。


 門へと歩いていると、早乙女家以外の民家や、畑など色々なものに目が移る。部屋の窓から少しは、見えていたが、きちんと見るのは初めてなので興奮してしまう。

 そんな様子を見て、アリスさんが口を開いた。


「あ、そっか。ワカツ君は村をちゃんと見るのは初めてになるのか。初めの時はゆりちゃんに運ばれてたし、そこからは家にいたもんね。あ、なんか気になることがあったら答えるよ。ゆりちゃんも。遠慮しなくていいから」


 待ってました、質問コーナー。アリスさんやその両親にも、『聞きたいことがあればいつでも聞いて』とは言われているが、コミュ症気味の僕では、このような機会が無いと案外質問できないものなのである。


「じゃあ、僕から質問させてもらいますね。アリスさんの家でご馳走になってる食事とか、村の人が普段食べてるものって、やっぱりこの畑や田んぼで作られたものなんですか?」

「まぁ、大抵のものはそうね。果物とかも、門の周りの木に成ってるし。ただ、ハチミツみたいな調味料は、月に1回、都心からやってくる商人から買い取っているわね。あとは、良い衣服とか、タオル、新しい農具とかも、商人から買ってるかな」

「なるほど。ありがとうございます」

「いえいえ。他にも聞きたいこととかある?」

「あ、じゃあ私からいいですか?」

「お、今度はゆりちゃんからの質問か。いいよ、答えられることならなんでも答えるし」

「魔の森についてなんですけど、あの森ってどのくらいの大きさなんですか。ワカツさんを見つけた時も、偵察の時もそうだったんですけど、森の終わりが見えなかったんです。ひょっとして、とても大きな森なのではないでしょうか? ということは、その規模の森に住む魔物も相当な数になるのでは? もし、そんな数の魔物が人間の住む場所に攻めてきたら、この村だけでなく、隣の村とかも危なくなってくるのでは? それに……」

「あー、ゆりちゃんストップ、ストップ。ちょっと待ってね。その辺はちゃんと順を追って説明するから、少し時間をくれる? どこから話したらいいかわからなくって」


 アリスさんは少し驚いたような顔をしながら、ゆりりんの質問を止め、情報整理に入った。

 僕も少し驚いてしまった。

 アニメでも、『伝村 百合』の持つ【伝える】という性質故に、人とのコミュニケーション中に暴走してしまうシーンがあったが、生でみるのとではやはり違うみたいだ。

 基本的に眼鏡を掛けていると抑制はされる筈だが、気持ちが強まれば、その抑制も超えてしまうようだ。今回は気になるという気持ちが強かったのだろう。

 そんなことを考えているうちに、アリスさんが話し始めた。


「よし。じゃあ、説明していくね。まず最初に、魔の森の地理について説明していこうかな。まず、前提として、森の奥には、海があるんだ」


「海、ですか」


 その言葉で僕は納得することがあった。

 早乙女宅のベッドで寝ていたとき、時折、窓を通って、潮の香りのする風が部屋に入ってくることがあったのだ。

 しかし、村の周りは森ということは知っていたので、気のせいだということにしたのだったが、その森の向こうに海があったなら納得だ。


「そう、つまり魔の森はこの大陸の沿岸部に位置してるの。そして、その森を囲むようにして防壁が作られているの。ゆりちゃんは1度目の偵察で見てると思うけど、ワカツ君は見てないかな? ほとんど崖みたいなものだけど」

「崖……。あ、百合さんに運ばれる前に一度だけ見ています」


 恐らくではあるが、狼に追い込まれた時に、行き止まりとなっていた断崖絶壁。あれがそうなのだろう。


「じゃあ、イメージしやすいかも。あの壁は、さっきも言ったように、囲むようにできてるの。村を囲うんじゃなくてね。つまり、人間の住む場所と魔の森とはその壁によって断絶されているの。壁が造られてから今までの200年くらいは魔の森の中以外での魔物による被害は出ていないの」

「なるほど」


 ゆりりんは、納得したように頷いていたが、僕は気になることがあるので、問いかける。


「あれ? 断絶されてるんじゃ、森に出入りすることってできないんじゃないですか?」

「あぁ、それはね、断絶されてるとは言ったけど、魔の森と隣接している、うちみたいな村には、大きな門が一つ森の出入り口として造られていて、一応、森に出入りすることはできるようになっているの。現に、ワカツ君とゆりちゃんはそこから村に入ってきたわけだしね。因みに、護衛の人達ともその門の前で待ち合わせする手筈になってるよ」

「なるほどです」

「次は森の大きさについてだけど、これはあまり正確にはわかってないんだよね。ただ、壁の長さと、村と海との距離から、大陸の3割くらいの大きさって言われてるよ」

「え!? 大陸の3割も、ですか」


 想像以上に魔の森は大きかった。

 壁で覆えるくらいの大きさだから、大きくても大陸の1割くらいと踏んでいたが、その3倍の大きさらしい。確かに、ディッファー大陸の7割を王国が占めていて、残りが魔の森だとすると、辻褄は合うのだが。

 それを囲むほどの壁を作るには、どれだけの人手と材料が必要だったのかを考えると、200年前の人々がどれだけ魔の森を恐れていたのかがわかるような気がした。


「最後に、魔の森の魔物についてなんだけど、これも総数に関しては全くわからないんだよね。種類に関しても少なくとも200種類以上はあるって言われてるし、とにかくお手上げ状態かな。最近では地龍も観測されてるらしいしね」

「「地龍?」」


 ゆりりんと被ってしまった。少し恥ずかしい。


「そう、地龍。この国ではトップクラスの危険度を誇る魔物だね。危険度レベルで言うと、一番危険な地龍のもので、Aランクのモンスターになるのかな? レベルって言っても魔物と断絶して暮らす最近ではこんな指標は使われてないんだけどね。まぁ、上級の魔法使いが束にならないと勝てない化け物って覚えてくれたらいいさ。あ、でも安心してね。そんな奴らが現れるのは森の奥の方だけだから、今回の偵察範囲からは外れてるよ」


 よかった。あやうく、来たことを後悔するところだった。

 それにしても、この世界にも、魔物をランク付けする風習があるんだな。いや、正確には『あった』なのかもしれないが。

 何はともあれこう言うのを聞くとワクワクしてしまうのが、ゲーム好き男の性というものなのだろう。


「さぁ! 質問コーナーの続きはまた今度ってことで。そろそろ見えてきたね。あれが、魔の森への入り口だ」


 そういってアリスさんが指を刺した先には巨大な門と壁があり、そしてその前に立つ4人の護衛達がいるのだった。

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