第1章-7 『伝村百合という少女』


 『護られて当然』


 彼女はそう言ったのだ。


 (どういうことだ?)

 

 とは思ったが、彼女の、自分が心底正しいことを言っているという堂々とした様子から、自分が可笑しいのだろうかと不安になってしまい、聞けなかった。


「そ、そういうものなのかな? あ! そういえば、ここにいたってことは百合さんも話があったんじゃない?」


疑念を誤魔化すように話を逸らす。


「あ、いえ、強いて言えば、召喚時の話を少ししようかな。って思ってたくらいです。まぁ、眠られていたので、結局寝顔を見ていただけになってしまいましたけど。」


 『寝顔を見ていた』という言葉に少しドキッとしてしまう。恥ずかしさと照れ、そして、夕陽に照らされた彼女の横顔が僕の心臓をを早く、強く脈打たせる。

 前の世界では、学校でもオタクとして知られていたし、何より僕自身もコミュ症気味で同じ趣味の友達以外とは話していなかったので、同年代の女子と必要以上の会話をしてこなかった。

 そんな僕には、美少女、その上アニメキャラであるとわかったゆりりんと2人きりのこの状態は既に刺激が強いものだったのだ。

 しかし、会話は続けなければならないので、高鳴る心臓を抑えながら口を開く。


「いやぁ、本当に爆睡してたみたいで恥ずかしいよ。でも、用がある時は叩き起こしてくれても全然いいし、もしそれを悪いと思うようだったら、今の状況ではずっとここにいるから機をみて他の時間をあたってくれてもいいんだよ。百合さんの時間を無駄にするのは悪いし、寝ているとはいえ、こんな僕と2人きりなんだ。嫌なところもあるだろうし」


 苦笑いでそう言うと、ゆりりんが口を開く。


「いえいえ。私が好きでしていたことですから。それに、ワカツさんと2人で嫌なことなんてないですよ!」


 その言葉を聞いた瞬間、抑えた心臓が再び強く脈打つ。

 社交辞令的な言葉であるのだろうが、やはりこう言う言葉は1男子高校生には刺激が強すぎた。というか、単純なもので、そんな一つの言葉から、彼女に対して『期待をしてしまう』のは、男のさがというもので。

 だが、そんな期待はすぐに外れてしまう。


「だってワカツさん、優しそうですし、何より。」


 『伝村百合』はまたそんな言葉を口にした。


「男性だからってどう言う意味ですか?」


 流石に2度目は聞き逃せなかった。といか、尋ねずにはいられなかった。


「? どういうって、そのままの意味ですよ。男性であるワカツくんといて、嫌なことなんてありません。私達女性は、男性を守る必要こそあれど、そんな男性に忌避感を持つなんてことはありませんから」


 その言葉を聞いて、ゆりりんの、『伝村百合』の召喚前の世界である『魔法天使♡heaven’sカエン』の世界観を思い出して漸く納得した。

 『魔法天使♡heaven’sカエン』は結果はどうであれ、女児向けアニメとして作られていた。だから、敵キャラも味方キャラも女の子のキャラクターが主となっており、男性キャラクターは基本的に主人公達に助けられる役回りでしか登場していない。

 そんな世界で育ってきた『伝村百合』は、男性を、異性として意識するどころか、「庇護対象」としか認識していなくても不思議ではなかった。

 

 なるほど。これで今までのゆりりんの言動は腑に落ちた。

 そして、それと同時に、想像以上に自分がショックを受けていることに気がついた。

 ゆりりんに対してを持っている自覚はなかったが、『異世界にきて美少女に助けられる』という、ある意味テンプレである展開を経験しており、そうでなくても、ゆりりんはアニメのキャラクター。無意識のうちにかなり期待をしていたのだろう。

 だが、どれだけショックを受けようと、会話は続けなければならない。


「な、なるほど……。それはかなり僕の住んでいた世界とはかなり違う価値観だ」

「そうなんですか!というか、やっぱりワカツさんも違う世界から来たたんですね。それに私のいた世界とも違うようですし……」


 ここで、ゆりりんがこの部屋に来た目的へと繋がった。そう。まだ僕は自分が召喚者ということを話していなかったのだ。


「そ、そうだね。まだこの話はしてなかった。口で説明すると長くなりそうだし、【能力】で共有してもいいかな?」

「は、はい。お願いします」


 折角授かった能力なのだ。使わないと損というものだろう。それに、この【能力】にレベルアップ的なものがあるのかは知らないが、使わないと見えてこない部分もあるので、積極的に能力は使っていくようにしよう。

 【情報共有】を使い、僕のいた世界。そして僕のいた日本について情報を共有する。かなり膨大な情報量になるだろうが、まだ頭痛はしないので、許容範囲内なのだろう。


「2回目になりますけど、本当にすごい能力ですよね。するする頭に入ってきます。………なるほど。これがワカツさんのいた世界ですか。私の世界とは違って、男性の方が女性を守る立場にあるんですね。興味深いです。文明的には私達の世界とあまり変わらなそうですが……。というか、そちらの世界には魔人とかもいないようですね」


 『魔人』というのは「魔法天使♡heaven’sカエン」に出てくる、敵組織である『フォールンエンジェルズ』によって作り出され、度々主人公達と対峙する悪役のことだ。


「そうだね。基本僕の住んでた日本は平和で、そんな物騒なものはなかったかな」

「そうみたいですね。環境も時代も同じようなのに、私達の世界とは何もかも違います。…………ん? これって……かえんちゃん? なんでワカツさんの世界にかえんちゃんがいるんですか!?」


 しまった。


 何も考えずに共有してしまったが、アニメについてというか、少なくとも、「魔法天使♡heaven’sカエン」については伏せておくべきだった。

 どんな影響が出るかもわからないし、ゆりりん自身が自分が「日本の娯楽文化のひとつとして作られた物語の登場人物」であるとわかった日にはどんな反応をするかわからない。


「え! えぇとぉ、僕の世界には、珍しいのかもしれないけど、他の世界を見ることができて、それを物語としてみんなに伝えることができる【能力】持ちの人がいるんだよ! だから、君の友達のかえんさんのことも偶々知っていたんだ!」


 共有している情報から、アニメについての情報をシャットアウトしつつ、焦りながら嘘を告げる。流石に厳しいかもしれないが。


「なるほど。私の友達にも未来を見ることができる娘がいたし、そーいうこともあるんですかね」


 確か、『魔法天使♡heaven’sカエン』のまみりんの能力の一つにそんなものがあったような気がするが、どうやら彼女の住む世界観的にはギリギリセーフなラインだったようだ。

  情報もシャットアウトした為、のことは伝わっていないようだし、助かった。今後はもっと考えて能力を使わねば。


「ん? でも、かえんちゃんのこと知ってるってことは、私達のことも知っているのでは? でも、その辺りの情報は共有されてきませんね。確かにワカツさんは私のことは初めてみるようでしたし。何も隠してはなさそうですかね? あ! すいません。決して疑っているわけではないんです!」


 疑問を抱いているようだが、気を遣って引いてくれた。しかし、そんな様子を見て、僕は罪悪感のような感情に苛まれる。

 俺は命の恩人に、何を僕は隠し事をしているんだ!


「………。ごめん。本当は百合さん、いや、『伝村百合』のことは、説明を受ける前から知っていたんだ。もちろん君の能力『ガブリエル♡ホワイトリリー』のことも。でも、今まで色々考えて、言うに言えなくなっていたんだ。本当にごめんね。でも! 初めて会ったときは『伝村百合』だと気づいてなかったんだ。だから、最初に君を見た時の反応は芝居じゃない! それだけは信じてくれ」

「大丈夫ですよ。あの時の反応で、芝居じゃないことくらいわかります。それに、ワカツさんも色々考えて伝えてなかったみたいですし……。でも、それじゃあ、そのことについて説明はしてくれるってことでいいですか?」

「話す。必ず話す。でも、その前にまず百合さんの召喚された時の状況を先に教えてもらってもいいかな?」

「そ、そうですね!私だけ情報を貰うのは不公平ですからね。えぇと、どこから話したらいいんですかね?ワカツさんがどこまで知ってるかわかりませんが、取り敢えず、召喚される直前についてから話しましょうか。私は―――――」



 


 そうして、ゆりりんは召喚時の状況を説明し始めるのだった。

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