第1章-6 『男性だから』

 ゆりりんは説明を終えると、午後の用事の準備をすると言って、アリスさんと共に僕の部屋を後にした。

 用事について聞いてみると、どうやら魔の森への偵察らしかった。

普通なら、魔の森への偵察も、高台から双眼鏡で見回すくらいらしいのだが、が他にあるかもしれないということで、百合さんから提案したらしい。

そこで、1人で行くのは流石に危険であるからと、この村では1,2を争うくらいの実力者であるアリスさんと、村の大人の男性数人を連れて、昼食後には出発するらしい。

 アリスさんが、この村のトップクラスの実力者ということは、や、治癒魔法のことから大体予想はついていたので、それほど驚かなかった。

  魔法が、この世界でどれだけ主流なものなのかはわからないが、両親からの反応から、アリスさんの『治癒魔法』が高レベルであることは大体察することはできていた。

 まぁそういうわけで、怪我の完治が済んでいない僕は、置いてけぼりとなり、無力感に浸っているのだった。

 決して、あの狼への恐怖から、内心では森に行けないこの状況を安心しているわけではない。

 女の娘を危険な状態に晒しておいて、男の僕は家で休んでいるのだ。そんな感情を抱いていたら、クソ野郎というものだ。


 本当だ! 本当に安心なんてしてないぞ!


 まぁ、どれだけ取り繕うとも、1人ベッドに寝転がっていて、することがないのは事実なので、落ち着いてさっきのゆりりんの説明で気になっていたことについて考えてみる。

 ゆりりんは、『ガブリエル♡ホワイトリリー』の治癒効果と、バフ効果、そして、最低限の自衛魔法については説明していたが、その能力を使った攻撃方法や、他の能力については話さなかった。


「何か隠す理由でもあるのかな? それとも……,」


 もう一つの可能性としては、ゆりりん自身が、可能性だ。


 『ガブリエル♡ホワイトリリー』の能力による攻撃方法。


 それは、ラッパの音に憎しみや悲しみを乗せることで、それをエネルギーに変換し、衝撃として相手に与えるというものが主だった方法なのだが、それは、物語中盤に、元魔法天使であった敵の幹部のひとりである、『【邪】じゃのエリル』との戦いで、仲間の命が危うくなることで、初めて発現した能力だ。

 もし、ゆりりんが物語の序盤から召喚させられた場合、この能力はまだ知らないはずである。

 そこで、また、召喚についての疑問に辿り着く。

 そもそも、どうやってアニメのキャラをこの世界に召喚しているのか。そして、それはどんな状況で召喚されるのか。そして、召喚されたのは僕とゆりりんだけなのか。

 やはり、召喚についての謎はかなり多く、そのどれもが、考えるだけでは答えに辿り着けないものばかりだった。


「ボーダーには会えないだろうし、やっぱりゆりりんに直接聞いてみるしかないか」


 小さな声でひとりごつ。すると、


「ワカツくーん。昼ごはんの準備ができたわよ~~」


 1階からアリスさんの母親の声が飛んでくる。

 考えているうちにかなり時間が過ぎていたようだ。

 そういえば、この世界、時計ってあるのかな?

 小さな疑問を抱きつつ、


「はい! 今行きます!」


 元気いっぱいの返事をし、僕は一階へと急ぐのだった。


――


 昼食を終えた。

 食事は、ゆりりんと僕の分、そしてアリスさんと、その両親の分が、綺麗に並べられており、見た目も味も素晴らしいものだった。朝食のときは、トーストだったからよくわからなかったが、アリスさんの母の料理の腕は凄まじいものであるようだ。

 アリスさんの両親は、他人であるはずの僕やゆりりんに対しても、自分たちの子供であるかのように接してくれていた。とても優しくて温かい人柄で、


「部屋を貸してもらっているだけでなく、ご飯まで、本当にありがとうございます」


と、僕が深々と礼をしながら言うと、


「そんなこと、ワカツくんみたいな子供が気にしないでいいのよ。ねぇ? あなたもそう思うでしょ?」

「あぁ。大人に甘えられるのは子供の特権なんだからなぁ! どーんと甘えていればいいんだ。それに、俺たちは一応この村の長だからな。君らのような子達を守ってやるのはその使命みたいなもんだ」


 と、返してくれた。家族であるので当然なのだろうが、そんなところもアリスさんとそっくりだった。

『聖人の子は聖人』で、『聖人の親も聖人』なんだろう。

 そして、そんな昼食を終えるとすぐに、ゆりりんとアリスさんは出発した。娘を信頼しきっているのか、アリスさんの両親も、心配な表情は出さなかった。

 というわけで、これまた僕は1人になったわけで、ベッドに1人きりだ。ベッドを貸してもらい、食事のときだけ1階に降りるというのはなかなかに高待遇でありがたいのだが、流石にそんな生活を続けられるほど僕の精神は病んでいない。

 身体が動かせない以上、頭だけは働かさなければ。

 しかし、昼食後のベッドというものは、僕の考えを無視するように、僕の瞳を少しずつ下ろしていくのだった。



――


(ん?)


 足元に温もりを感じる。布団によるものではなく、生物による温もりを。


「あ、起こしちゃいましたか? おはようございます。」


 目を開けるとそこには、夕日に銀髪が輝いていて美しく、まるで天使のような美少女が僕の足もとに座っていた。って待てよ?


「ゆ、百合さん!? なんでここに? 魔の森へ行ったんじゃ?」


「あぁ、はい。行って先程帰ってきました」


 どうやら思った以上に寝てしまっていたらしい。日も落ちかけてしまっている。


「なるほど。ごめんね。寝てしまってて。百合さんとアリスさんが頑張っている間に寝てるなんて最低だよね。」


 意識したタメ口で告げると、ゆりりんは励ましで返してくれる。


「いえいえ! そんなことないです! というか赤ちゃんと怪我人は寝ることが仕事なんですから」


 言葉自体はとても嬉しいが、その並びで言われると、凄く虚しくなる。が、そういうのはもう慣れっこなので、偵察の成果を聞くことにする。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。偵察では、何か見つかった?」

「いえ。特には。ただ、思った以上に敵が多かったですね。最初に入った時は、ワカツさんを助けることで必死だったので、周りなんか見てなかったですから」

「その節は本当にお世話になったよ。男なのに、守られてばかりで申し訳ないというか、不甲斐ない気持ちになるよ」


 そう告げると、ゆりりんは固まって首を傾げた。そして納得したように、今度は笑って僕に告げる。


「? 気を使わせてしまいましたかね? 護られて当然なんですから、気にしなくてもいいんですよ?」


 そんな言葉を『伝村百合』は、僕に何もおかしなことがないかのような屈託のない笑みで投げかけるのだった。

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