第1章-5 『能力』

 急に聞かれた質問に、僕はゆりりんと顔を合わせていた。そして、いつの間にか僕の脳内では、百合さんの呼び方は自然と「ゆりりん」で定着していた。

 といっても、リアルでそう呼ぶと、ドン引きされることは目に見えているので、あくまで脳内呼称だけなのだが。


「の、能力ですか」


 見合わせた目をアリスさんの方へ向けながら考えを巡らせる。

 【能力】についての質問。

 アリスさんは自然に聞いてきたが、少し違和感を覚える質問だった。何故なら、僕はまだ、人に認識される形で能力を使っておらず、その説明どころか、『能力】というワードすら、この世界に来てからの会話に登場しなかったのだから。

 考えていると、先にアリスさんが口を開く。


「『なんで【能力】のこと知ってるの?』って顔してるね。ってことはまだ百合ちゃんともそういう話してなかったのかな?」

「えぇ、まだ」


 アリスさんの言葉にゆりりんが反応する。

 その反応を見て僕は、昨日のことを思い出す。

 狼に襲われていた時も、ベッドで目を覚ました時も、ラッパの音が聞こえていた。百合さんが本物のゆりりんだったことと結びつけると、あれはゆりりんの能力だったのだろう。

「魔法天使♡heaven’sカエン」で、『伝村 百合』が使える能力のひとつが、そんな能力だったことを思い出す。



『ガブリエル♡ホワイトリリー』



 常備している、白いお花型のステッキをラッパに変形させることで使えるようになる。

 ラッパの音楽に、応援の気持ちや祈りの気持ちを乗せることで、仲間の力を強めたり、回復できたりする。更に物語中盤からは、憎しみや悲しみを音楽に流すことで相手を攻撃できるようにもなるという、バフから攻撃まで応用の効く、万能型の能力だ。

 アリスさんは、狼4匹に襲われていたところをゆりりんが助け出し、村まで運んだことも知ってるだろうし、何より僕の身体の状態から、ラッパの治癒効果もわかっているだろうから、ゆりりんが【何か特別な力】を持っているということにたどり着くのは簡単だったのだろう。

 それに、さっきの反応を見るに、ゆりりんは僕を村に運び込む際に、少しは能力の説明をしていたのだろう。

 頭を巡らすと、色々と納得できた。

 しかし、納得できると同時に、また一つ疑問が生まれた。


「ゆりり…、百合さんが能力持ちだったことはなんとなくわかるんですけど、何故僕もそうだと?」

 

 当然の疑問だった。何故なら僕の能力についての情報は、何一つとして話題に上がってこなかったのだから。

 そして、その質問すると、アリスさんは少し真剣な顔をしてから口を開く。


「あぁ、それはね。君が『百合ちゃんと一緒に魔の森にいた。』ぶっちゃけ、それだけが根拠だよ。まず、魔の森には誰も寄り付かない。だって、あの森は魔物がうじゃうじゃいるだけで、入る理由もほとんどないんだから。それに、万一入る場合でも、必ず私の耳にそのことは入ってくるんだよ。私の家はこんなんでも、一応この村の長となっている家系でね。だから、魔の森関連の話はほとんどウチが扱っているんだ。そして、私も親も君たちの存在を知らなかった。その上、君たちは丸腰で森にいた。魔物の危険で有名な魔の森に、だ。こんなに不思議なことはないだろう? そして、そんな不思議な2人の片方、百合ちゃんの話によれば、百合ちゃんのラッパには治癒能力があるらしいじゃないか。そして、話の通り、ラッパには治癒能力があった。魔道具や魔法の線も考えたけど、少なくとも私はこんな魔法も魔道具も知らない。だから、【能力】だって思ったわけ。そして百合ちゃんが【能力】持ちだったということは、もう1人の方もそーいうのが使えるって考えた方が自然じゃない?」


 アリスさんは、僕の能力に対する推察の根拠を、途切らすことなく、堂々と言い切った。それは、何処かで僕が【能力】を持っていることを確信しているかのようにに堂々として。

 そして、アリスさんはは真剣だった顔を緩めて、頭を掻きながら言葉を続ける。


「まぁ、私が知らない魔法や魔道具に、そんなものがあったのかもしれないし、ワカツくんの方に関しては、訳あって魔の森に入ったはいいけど、【能力】どころか、魔法すら使えないって可能性もあったんだけどね。現に狼に何もできずに襲われて、百合ちゃんに運ばれてたみたいだしね」


 そう言われて、自分の無力さを実感し、それと同時に、男なのに女の子に運ばれるという不甲斐なさを改めて実感した。確かに、『魔法を使えない』という部分はあっているのだが。

 そして、アリスさんの顔がさっきよりも真剣なものになる。


「でも、昨日と今の様子を見てみるとみたいだね」


 どうやら彼女の目は僕らよりも多くのものを捉えているらしい。僕の昨日や今の反応や態度まで、判断材料に使ってきたので、驚いてしまう。


「……。はい。確かに、僕は【能力】を持っています。お察しの通り、とても戦闘向きではないですけどね」


 特に隠す理由もないし、彼女の洞察力では隠すこともできないだろうと思い、正直に話す。それに何より命の恩人に嘘をつけるほど僕の精神は荒んでいなかった。


「【情報共有】。それが僕の【能力】です」

「【情報共有】? それってどんな能力なの?」


 能力名を告げると、アリスさんが問いかける。


「そうですね。名前通り、情報を共有する能力なんですが……。あ! そうだ! 言葉で説明するより体感してもらった方がわかりやすいかもです!」


 そう言って僕は能力を発動して、あのトリセツに書かれた情報を、アリスさんとゆりりんに共有する。


「え? 何これ!?」

「何もしてないのに頭の中に情報が入ってきます!」


 眼前の美少女2人はわかりやすく動揺する。どうやら共有は成功したらしい。能力発動の感覚はあるが、人に使うのは初めてだったので、少し不安はあったのだが。


「これが、僕の【能力】です」

「なるほど。これは確かに戦闘向きではないけど、とても便利な能力じゃない!」

「これ、すごい能力ですよ!こんなことできるなんてすごいです!」


 美少女2人が僕の能力を知って、驚いている。それ自体に悪い気はしなかった。というか、素直に嬉しかった。授かった能力なので少し複雑な気持ちでもあるのだが、戦闘向きの能力じゃないと、軽蔑されるかも(この聖人2人がそんなことするとは到底考えられないが)と思っていたので、良い気持ちになってしまう。

 といっても、僕にとっては治癒魔法を使えるアリスさんや、『ガブリエル♡ホワイトリリー』を使えるゆりりんの方が、よっぽど凄いと思うのだが。


「ま、まぁ、野生動物とかには足止めにしかならないから、普通に襲われちゃったりするんですけどね」


 褒められたことによる照れ隠しで、そんなことを呟くと、そんな様子の僕を見て、アリスさんは口を開く。


「あのね、ワカツくん。君はさっきから『戦闘向きじゃない』って卑下してるけど、私は、攻撃したり、回復したりできることだけが、『戦う』ってことじゃないと思うの。『相手に関する情報を共有する』、『相手の居場所を突きとめ、それを仲間に伝える』、『仲間や自分の状況を他の仲間に知らせる』。そう言ったことも、複数の人が参加する本当の『戦』では、重要なことなんじゃないかな。そして、君の【情報共有】ではそういうことも簡単にできる。それって、この能力も十分に『戦闘向き』だって言えるんじゃないかな?」


 その言葉を聞いて、何かから救われたような気がした。それと同時に、この【情報共有】の可能性が広がっていくのを感じた。

 嬉しさからか、安心からか、涙が出そうになっていた。

 そして、


(ありがとうございます)


 口に出すと泣いてしまうと思い、感謝の気持ちをアリスさんへの視線に乗せるのだった。


「あのぅ、とても良い話の中悪いんですけど、そろそろ私の【能力】について話し始めてもいいですか?」


 沈黙を破ったのはゆりりんだった。


「ぷっ。あははっ! そうだね。待たせてしまって悪かったね。うんうん。それじゃあ百合ちゃんの【能力】についても聞こうじゃないか」


 そう言われると、ゆりりんは【能力】の説明をし始めるのだった。

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