第1章-4 『情報交換』

  結局、百合さんにもアリスさんにも何者かは聞けないままに、朝食を食べてしまった。

 いや、正確にはアリスさんの方には聞いてみたが、「ただの村人だよ」と、答えられただけだった。

 この世界では、ただの村人が、治癒魔法を使えて、もできるのだろうか。

 まぁ、その話はさておき、動けるようになったとはいえ、さっきのようにフラフラ歩き回っていたら危険なのでと、今日一日は、食事以外、ベッドで過ごすように勧められたので、大人しくベッドで寝転んでいた。

 怪我人なので仕方がないのだが、ラノベもアニメもない異世界で、1人ベッドの上というのは、少し退屈さを感じてしまう。

 スマホやラノベが有れば頼まれなくても、基本的な日曜日の過ごし方に早変わりするのだが。


 そんなことを考えていると、部屋に少女が入ってくる。


「いま、大丈夫ですか?」


 朝食の時にも感じたが、昨日とは少し違った容姿で銀髪少女が顔を覗かせた。


「うん。僕も少し退屈してたところなんだ」


 昨日話でわかったところだが、百合さんはゆりりんと同様、僕の一つ下らしく、初めは敬語で話そうとしたところを止められてしまったので意識してタメ口で答えてみる。


「………。えと、身体の方はもう大丈夫ですか?」

「あ、う、うん。おかげさまでもう、大丈夫そうだよ」


 相手の様子と口調に流されて、少し吃ってしまう。

 昨日からの様子と、アリスからの情報で、百合さんが少し、知らない人とのコミュニケーションが苦手だということは分かっていた。

 まぁ、僕もそれほど人と話すのは得意ではないので、親近感こそ湧いてきても、嫌な気はしなかった。 

 そもそも、恩人相手に嫌な気など起こすわけもないのだが。

 また、そんなところも『ゆりりん』のキャラクターとリンクしていた。

 百合さんから話しかけづらそうにしているので、軽く話題を振ってみる。


「そーいえば、今日は眼鏡かけてるんだね」

「は、はい。いつもは眼鏡をかけてます。私、自分の気持ちを伝えるのが少し苦手で、というか、正確にいうと思ってることを直球に伝えてしまう所があるんです。いつも内気な性格なのに、そういう部分があって、ちょっと不都合が出てくる場合もあります。でも、この伊達眼鏡をかけてるときだけは、気持ちを抑えられるんです」


 驚いた。

 僕も忘れていたような、『魔法天使♡heaven’sカエン』の『ゆりりん』の設定通りの解答が帰ってきた。

 しかも、今日の服装から、昨日の服にあった白いリボンが消えていることから、伊達眼鏡がリボンに変形するという設定まで忠実に再現されている。

 これは、いよいよ『本物』の可能性が濃厚になってきた。


「特別仲の良い友達とかなら大丈夫なんですけどね。あ、これは別にワカツさんを嫌ってるわけではなくて……」


 少し顔を赤らめながら慌てている。

 そんな様子をみて、つい考えが口に溢れてしまう。

 


「本物ですか?」

「へ?」



 言ってしまった。このタイミングで。

 能力持ちのコスプレイヤーにしても、『本物』だったとしても、この完全なる文脈無視の質問は明らかに相手の頭に『?』を浮かばさせることであろうことはわかっていたのに。


「ほ、『本物』か? ですか。どういう意図で聞いたのかはわかりませんが、私は『伝村 百合』です。それ以外の何者でもありません」


 その瞬間、本能がこの人が本物の『ゆりりん』だと僕に告げてきた。

 こういうセリフがアニメにあった訳ではない。でも、『ゆりりん』なら『伝村 百合』ならこう答えるのだと、頭より先に本能が理解した。


「そ、そうですよね。すいません急に変なこと聞いて。そ、そういえば、何か話があって部屋に来たのでは?」


 相手にこれ以上不信感を与えないためにも、急な話題転換を試みる。


「あ、いや、別に特に用事という用事はありませんでした。ただ、昨日は大変だったので、身体の調子を聞きに来ただけですよ。本当に無事で良かったです」


 これまた天使のような微笑みをかけてくる。いや、もはや、天使の「ような」ではなく、天使の微笑みそのものなのだが。


「じゃあ、少し僕から質問してもいいかな?」

「はい!午前中は私も空いてるので、それまでに答えられる範囲なら」

「えぇと、アリスさんは君も魔の森に居たって言ってたけど、それはいつから?」

「正確にはわかりませんけど、ワカツさんの助けを求める声を聞く10分ほど前でしたかね?」


 なるほど。それなら僕の召喚されたくらいの時間と一致する。というか、僕の声聞こえてたんだ。良かった。一応他の狼呼んだだけじゃなかったんだ。

 何かから救われるような気持ちがした。

 あの時は「助けなんて呼んでも無駄だった」とか、「大声を出したから他の狼が集まったんだ」とか、後悔しかしてなかったが、ちゃんと届くべきところに助けを求める声は届いていたわけだ。


「そうか。じゃあ、は何をしてた?」

「その前、ですか。ええっと、なんで言ったらいいんでしょう」


 まぁ、予想通りの反応だ。僕だってについて聞かれたらそうなる。

 ここは一つ、助け舟を出してみよう。


「もしかして、気がついたらここにいたんじゃない?」

「そうです!そうなんです! 気がついたら此処に、この世界にきてたんです! ということはワカツさんも?」

「うん。僕も気がついたら此処にいた。あ、そーいえば、神様には何か能力的なもの授かった?」

「か、神様? ですか。転移した時には特に何もありませんでしたが?」


 ん?


「え? スーツを着てる自分のことを神って名乗る若い男に会ってないの? ボーダーとか名乗ってたけど?」

「ボーダー? 聞いたことない神の名ですね。私は会ってないです。ワカツさんは会ったんですか?」


 正気か? あの迷惑メール詐欺師野郎。会って説明することなくこの世界に即召喚してるなんて無茶苦茶すぎだぞ。

 なんで説明しなかった。というか、会わずに召喚できるならなぜ僕と会った?

 考えが纏まらないうちに、返事する。


「え? あ、うん。会ったというか、その神が僕を、そして、恐らく君もこの世界に召喚したんだと思うよ」

「そ、そうですか。一体何故私を……」


 魔法天使なだけあって、そこまで神であるボーダーの無茶に対して動揺することもなく、憤りを憶えてる様子もなかった。


「それは『貴方は選ばれました』とか言ってたような気が」

「選ばれ……。なるほど、もう少し詳しく教えて貰っても?」

「あぁ、そういうことならちょっと待って。僕の能力でーー」

「お! ちょうど良かった! 2人に聞きたいことがあったんだ! って、ごめん。なんか話してた?」


 僕の言葉半ばにアリスさんが部屋に入ってきた。


「い、いえ。また後でも話せることですし」


 『この話はあとで』と『百合さん』もとい『ゆりりん』にアイコンタクトで伝えた後、手を合わせて軽く会釈してからアリスさんの方を向く。


「急に入ってきて悪いね。君達の状況は百合ちゃんに聞いてなんとなくわかってるんだけど、ひとつ聞きそびれてたことがあってね」


 少し表情を固くしたアリスさんの様子を見て、息を呑む。

 そして、そんな表情をしたアリスさんが問う質問は


「単刀直入に聞こう!君達2人の【能力】はなんだい?」

  


―――意外にも、『ゆりりん』との会話に続くような事柄だった。

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