第36話 静寂の酒場
「で、なんでこんな人まで連れてきてるんですかね?」
会場最寄りの酒屋。
冷や汗だらけのリオと対座する。
理由はまぁ、わかる。
というか、俺もかなり悪いと思っている。
なにせーー
「あら、主人が護衛の隣にいることがそんなにおかしなことかしら?」
ーー
「い、いえ。ですが、僕はセシリフォリア様の護衛にではなく、ルーティさん自身に用があるものでして」
「あら、そうでしたの? 確かに遣いの者にもプライベートは必要ですわね」
「じ、じゃあーー」
「でも、私はプライベートでもルーティに接しようと思ってますのよ?」
おい、やめろ。
リオ、そんな目を向けるな。軽蔑と迷惑の2文字がリオの目に映っている。
「ルーティさん。確かに僕は一人で来いとは言ってなかったですが、リブロニア家への反抗をすることくらいわかってましたよね? その場に何故リブロニア家の方……それもご令嬢自身を連れてくるなんて何を考えてるんですか?」
「ちょ、お前……」
リオはセシリーに聞こえない音量で告げる。
しかし、それは悪手だ。普通なら絶対に聞こえるわけがない音量。だがーー
「あらあら。私の家も嫌われてしまったものですわね」
「!?」
ーーセシリーにそれは通じない。
「すまん。取り敢えずもう遅いとは思うが謝罪だけさせてくれ。こいつをこの場に連れて来た時点でもう全てが遅いんだ。こいつは人の心を読める。隠し事は通じん」
「人の心を……あぁ。そうでしたね。失念していました。リブロニア家のご令嬢……【虹色の魔法使い】でしたか」
「虹色の魔法使い?」
「巷でついたあだ名ですわ。私の魔法の種類の多さを虹の色にかこつけて読んでいるだけですわ」
「よくご存じで」
「自分のことですから」
「で、実際のところどうしますか? 正直僕たちとしては、計画を知られた以上貴方を保護という名目で連れ帰させて頂くほかありませんが」
リオの声が突如凍る。
その目は静かな殺気を放っている。
俺は咄嗟にセシリーの前に手を差し出す。反射的にリオの殺気からセシリーを守ろうとしたのだ。
「……計画? 何のことですの?」
「とぼけても無駄です。心を読めるなら、全てわかっているはずだ」
「待て待て。こいつは……セシリフォリアは遊び半分で心を読んだりしない。できれば、気持ちや情報は人の口から聞きたいんだそうだ。本当に何も知らないんだよ。それに、こいつはこれでも自分の家に不満を感じている。きっと俺達に協力してくれるはずだ。そうだろ?」
俺はセシリーに顔を向ける。
大会中やここに来るまでの会話でセシリーの話を聞いて俺は確信した。
この娘は、今のリブロニアに不満を持っている。それに、それを変えたいと心から思っている筈だ。そうでなければ、家に内緒で国家騎士を動かしたりしない。
「……えぇ。そうよ。私も最近のお母様の行動は目に余る。この現状を変える為なら協力も厭いませんわ」
セシリーは覚悟を決めた。今度は俺の番だ。
「それを信頼しろと?」
「できればな。お前とぶつかりたくはない」
「『ぶつかりたくはない』ですか。なるほど、あなたはそちらに付くのですね」
「俺は形だけだがセシリフォリアの護衛だ。護衛対象の拉致をみすみす見逃すわけにはいかない」
熱気籠っている筈の酒屋に冷気が差し込む。
何も聞こえてはいない筈なのに、その雰囲気だけで他の客は黙り込んでしまう。
「これは、僕個人でなく、国家騎士としての計画です。それを知ってなお立ち向かいますか?」
「あぁ。俺の主張はそんなことで変わらない」
数秒の睨み合いの後、リオの口が開く。
「はぁ……。仕方ありませんね。ルーティさんがここまで言うんです。信じましょう」
「え……」
「なんです?」
「いや、てっきり戦う流れになるかと思ってたから」
「戦いたいんですか?」
「いや、全く以てそんなことは無いが」
「僕も一緒なんです。できれば一度負けてしまった相手を敵になんて回したくありません。それに、これでも僕、あなたのこと信頼してるんですからね」
「信頼……」
「そりゃあ、それなりの信頼を置けない相手にぺらぺらと計画の事話したりしませんよ。実際に話して、戦って、信頼できると感じたあなたが信頼している人物です。それもここまで覚悟を決めて守ろうとした人だ。信じますよ」
「リオ……ありがとう」
「どういたしまして。ですが、一つだけ質問いいですか?」
「あぁ。なんでも聞いてくれ」
「じゃあ遠慮なく。ルーティさんとセシリーさんってどういう関係なんですか?」
「!!?」
「どういう……か。そりゃあ簡単に言えば主人と護衛だが」
隣で赤面しながらコーヒーでむせるセシリーを横目に出来るだけ淡々と答える。
「それだけじゃないですよね? 口調だって砕けてますし。普通公爵令嬢をこいつ呼ばわりなんてありえませんよ。それに、閉会式のことだってそうです。初対面の人にあんなことする人じゃないですよね?」
「……」
つい黙り込んでしまった。
それは、答えにくいとか恥ずかしいとかそういうのじゃなくて。
俺とセシリーの関係を言葉にすることができなかったからだ。
俺とセシリーの関係は何なんだ。
大会前に少しいざこざで出会っていただけの関係?
協力者?
どれもしっくりこない。
ちらりと隣を見ると彼女も俺の回答を待っているようで、首を傾げてこちらを見ている。
そうだ。俺と彼女の関係……それを語る上で欠かせない人がいるじゃないか。
でも、それを言えば、自分の薄さに、軽さに気づいてしまいそうで、なんとなく嫌な感じがした。それに、面倒なことになる気もした。
でも、ちゃんと言葉にするんだ。
俺のあの人への想いはそんなことで妨げられるものじゃない。
「セシリー。お前には言っていたよな? 大会が終わったら全部伝えるって」
「は、はい。そうですが……」
俺は深呼吸をして、リオの方に目を向ける。
「正直に言えば、俺とセシリーの関係は言葉にできない。それを俺が言うのは烏滸がましいと思っているからだ。でも、俺から見たセシリーの立ち位置ならわかる」
「セシリ……いえ。それは何なのですか?」
「ロベリスの……好きな人の妹だ」
「え?」
その声はリオから漏れた声ではなくて。
「妹って……まさか姉さまと?」
「いや、まだ付き合っては無い」
「まだってことは……」
「そうなりたいとは思っている。少なくとも俺は」
「そ、そう……。そうよね、お姉様はお美しいもの」
予想と違う反応だ。
まぁ、予想とか言っている時点で我ながら最低だとは思っている。
だが、それ以上に彼女の反応に違和感を感じずにはいられない。
ロベリスは家で虐待を受けているはずだ。
だとすれば、セシリフォリアはそれに加担していても可笑しくは……。
そうでないにしてもロベリスを見下したり、傍観してーー
その瞬間、俺はひどく後悔した。
そして、人生で最も自分のことを嫌いになった。
俺はこんな大人にならないように努力してきたはずなのに。
セシリーは……セシリフォリアは泣いていた。
涙を流しながらもこちらに向けられたその泣き顔を俺は生涯忘れられない気がした。
「そう……。やっぱり結局心の中ではそう思っていたのね」
「いや、これはちが――」
「違わないわ! なにも違わない! 所詮私はアルカド・リブロニアの娘。お姉さまに近づくには良い駒だったでしょうね!」
セシリフォリアは机をたたき、席を立つ。
「ちょ、待って――」
「触らないで!」
彼女を止めようと差し出した手は叩き落とされてしまう。
「もう、いいわ。今日は疲れた……」
彼女の身体が光り始める。
これは……あの魔法の前兆か!?
「待ってくれ。もう少し話を――」
「……テレポート」
再度差し出した手は空を切る。
彼女の姿は俺たちの目の前から姿を消した。
酒屋全体が静まり返り、俺は茫然と立ち尽くした。
時間の流れを感じる。心臓が気持ち悪く鼓動する。
胸の痛みでおかしくなりそうだったそのとき、
「取りあえず、座りますか?」
リオは声を掛けてくれた。
俺は返事もできないまま、崩れるように腰を下ろすのだった。
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