第34話 お母さんと呼べた日
部屋に差し込む朝日で目を覚ます。
目を開くと、救護室のベッドの上にいた。
どうやら、会場で倒れてしまった俺は救護班にここに運ばれそのままぐっすりと眠りこけてしまったのだろう。
「失礼します。……あ、起きられたんですね。良かったです」
看護婦であろう女性が部屋に入ってくる。
「い、いえ。それよりリオは?」
「彼も隣の部屋でぐっすり眠っていますよ。リブロニアの医療技術を結集したのです、もう安心でしょう」
「そうですか、良かったです」
「ふふ……優しいんですね」
「え?」
「いや、自分の身体より先に対戦相手の心配をするなんて、優しいなと思いまして」
「そう、ですかね」
そう言われてし少しだけハッとする。
もちろんリオが良い奴で、歳下だからってのもあるが、昔の俺はすぐに相手の心配をできただろうか?
成人の儀のときに感じた成長をまたもう一度噛み締める。
「……っとそうでした。ルーティさんが起き次第、会いたいと言っていた人がいらっしゃってるんでした。お呼びしても大丈夫ですか?」
「え、大丈夫ですけど……」
そう返事すると、看護婦さんは頭を下げ、部屋を出ていった。
俺に、会いたい人?
セシリーか? でも、あいつはこんな堂々と場を設ける奴じゃないよな。じゃあ、誰だ?
自分の答えが出ないまま、救護室のドアは開く。
「ルーティ。良く頑張りましたね」
そう言いながら入ってきたのはーー
「セマム様!?」
あまりの驚きに身体が跳ねてしまう。
「こらこら。救護室なのですから安静にしておきなさい。……と言っても驚くのも無理はありませんね。ごめんなさい、勝手に観に来て」
爆音の魔法使いとの闘いの時、激励をくれたセマム様を思い出す。
「な、なんで……なんでここがわかったんですか?」
「そうですね。正直、あなたが何かを隠しているのは1週間の休暇を申し出た時にはわかっていました。でも、子供の全てを把握するのも、成長を阻害すると思って深くは聞きませんでした。放任主義も時には、人の成長の糧になりますからね」
セマム様に大会のことを言えば、その危険性から止められると思っていた。だから、1週間、ブルクと旅行に行くという嘘でここまで来たのだった。
もちろん、優勝の報告はしようと思っていたが、どうやらその前にバレてしまったようだ。
「商店街で話を聞くまでは」
「話?」
「そうです。あなたは隠せていたつもりでしょうが、あなたはあなたが思う以上の人々に影響を与え、与えられた人の中で覚えられているのです。簡単に言ってしまえば、人の助けをしているうちにちょっとした有名人になっていたのです。そんなあなたがこんな大きな大会に出ていれば嫌でも耳に入ってきますよ」
そう……だったのか。この大会の広告をくれたお姉さんの口封じさえしておけば、それでいいと思っていた。
目立たないように人を助けていたと思っていた。
でも、それらは完璧ではなかったらしい。
「この大会の詳細を聞いた時、直ぐにでもあなたを連れ帰ろうと思いました。しかし、あなたの戦う姿を見ているうちに、それは大きな間違いだと思うようになりました。私は、あなたの人生のたかだか7年しか知らない。私に会うまでのあなたの13年間を私は知らない。それでも、私は『今』のあなたを知っていればそれでいいとも思っていました」
「セマム様……」
セマム様は、淡々と話を続ける。
「でも、今回の事は違った。武道のことも、あなたの経験もほとんど知らない私が、あなたのこの戦いを止めてし舞うのは、この大会の他の参加者への無礼であり、武道への冒涜であり、何よりルーティ、あなたの人生の妨害だと思ったのです。だから、私は傍観したのです。まぁ、少々大会の気にあてられて、声を上げてしまったときもありましたがね。でも、そのくらいは許してほしいです。何せ、子供の晴れ舞台。応援しない親なんていないでしょう?」
セマム様は笑顔を向ける。
あぁ、やはりこの人は……。
「私は……俺は……お母さん、あなたに見せられる戦いをできていたかな?」
やっと呼べた。
やっぱり照れてしまったけど。こんな状況になってしまったけど。
やっとこの人を『お母さん』と呼ぶことができた。
お母さんは、ハッとした顔をした後、やはり笑顔をこちらに向ける。
「えぇ、充分ですよ。格好良かったですよ、ルーティ」
「……」
つい、こうまじまじと褒められると照れてしまう。
でも、それ以上に純粋な嬉しさが込み上げてくるのは不思議だ。きっと、これが母の力なのだろう。
「でもしかし、ルーティ。あなたに言っておかなければならないことがあります」
お母さんは、窓に近づき、外の景色を見る。
でも、意識だけはこちらに向けている。
俺は、セマム様がこうするとき、いつも俺の事を思って叱ってくれることを知っている。
俺は、お母さんの方を向き、態度でもって返事する。
「もっと、色々なことを話しましょう」
「え?」
「ふふっ。てっきり、『嘘や隠し事をするな』とか言われると思っていたでしょう?」
「う、うん。正直それだと思ってた」
「まぁ、本当はそうして欲しいところですけど、それはきっと難しいことでしょう。家族と言っても私達は結局、お互いの事をまだよく知っているわけではありません……いえ、これじゃ、言葉足らずですね。正しくは、私達はお互いの『過去』のことをよく知らないのです」
「確かに……そうかもしれない」
俺が知っているお母さんは、優しく、物知りで強くて愛が大きいお母さんだ。
俺は、それ以外の……そうなるまでのお母さんのことを知らないのだ。
「でしょう? 私も正直、今回の件で強く感じました。でも、過去を話すというのも、きっと難しいことです。私もルーティにも、知られたくない過去の一つや二つ。もしかしたら100や200あるかもしれません。でも、そこはできるだけ頑張って話してほしい。これは、私の独りよがりなのかもしれませんが、私はあなたになら、全部話してもいいと、本気でそう思っています。そして、どんなあなたでも、受け入れ、愛することが出来るとも思っています。あなたはどうですか?」
俺は、話せるのだろうか?
自分の過去を。
汚い俺を。
お母さんに伝えることが出来るのだろうか。
「ごめん……もう少しだけ心の準備をさせてもらってもいいかな? わかってる。本当は、強く頷くべきで、それが正しいんだよね。でも、待ってほしいんだ。俺も、お母さんに全部話したいと思ってるし、お母さんが俺の過去を聞いて、馬鹿にしたり、拒絶したりしないでいてくれるってのもなんとなくわかるんだ。だから、これはお母さんじゃなくて、俺の、俺自身の問題なんだ」
「じゃあ、準備が出来れば話してくれるんですね?」
「うん、必ず話すよ。俺の過去も、今の俺も、全部。だから、もう少しだけ待ってほしい」
「……まぁ、今はその言葉を聞けただけで良しとしましょう」
お母さんはクスリと笑い、こちらに振り向く。
「で、それはいつになったら教えてくれるのでしょう?」
「俺が、自信を持てるようになったら、ですかね」
「なんだ、それなら、案外すぐにでも機会は訪れそうですね」
「?」
「今は、わからなくてもいいです。でも、わかるときはきっと来ます」
その言葉はよくわからなかったけど、信じてみようと思えるものだった。
「まぁ、話はここまでにしましょう。さぁ、隣の子も起きたようですし、行ってきなさい」
行く? どこへ?
「何をキョトンとしているのです。大会の終わりには、すべきものがあるでしょう? 皆あなたたちの登場を待っているのですよ?」
え、大会の終わりにすべきものって、『閉会式』だよな。
でも、まだそんな時間じゃ……って時間!?
よく窓の外を見ると、朝日のように見えていたものが、南中直前の太陽光によるものだと気づく。
俺は、深呼吸をして、お母さんに質問する。
「ね、ねぇ、お母さん。今の時刻と閉会式の開始時刻を教えてもらってもいいかな?」
「今は、午前11時で、閉会式の始まりが午前10時です。実は私も、隣の子が起きるまでという条件付きで機会を設けさせてもらってました」
「そういうことは早くいってくれよ!」
人生初めての母親への文句を言いながら、俺は1時間以上の遅刻を取り戻そうと全力で支度をするのだった。
もちろん、隣の部屋でも同じように慌てふためく少年がいたことは、語るまでも無い。
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