第31話 満月の語らい
「いよいよ明日が決勝戦ですわね」
「あぁ、お前が言っていた通りになったな」
決勝前夜。俺は、例の場所でセシリーと話し合っていた。
「あら? 信じていなかったのかしら?」
「いや、そうだな。確かに信じていなかった。でも、だから今驚いている。お前の目は本物だよ」
「褒めても何も出ませんわよ?」
「公爵令嬢なんだから何かお菓子くらい出してくれてもいいんじゃないか?」
「んー。では、そうですわね。貴方がもし、明日優勝して、私のお付き騎士になれれば、手作りお菓子でも用意してあげますわ」
「お嬢様お手製のクッキーか。それは食べてみたいな」
「……そう真正面から言われると照れるものもあるわね」
「ん? 何か言ったか?」
それに、顔も赤い気がするが、気のせいか?
「な、なんでもないわよ! それより、食べたいのなら勝ちなさい。貴方が勝たないと私もあなたの目的を聞けないのですから」
「あぁ。言われなくても勝つよ。あのクリミナルウィザードだって倒したんだ。もっと信用してくれよ」
「そ、そうでしたわね。あのときはありがとうございました」
「いや、お互い様だ。お前がいなければ、あいつを裁くことはできなかった。感謝すべきは俺の方だ。ありがとう。それに、驚いたぞ、まさかお前の協力者が国家騎士団の人達とはな」
「あら、バレていましたの? 一応服装ではバレないようにしているつもりでしたが……。もう少し隠す努力が必要ですわね」
「なに、身内に国家騎士関係者がいるものでな。彼女の動きと彼らの動きが似ていたからそうだろうなという、直感程度だ。あれで気付くのは、俺くらいだろう。……いや、待て、もう1人気づいてそうなやつがいるか」
大会に潜り込んだ国家騎士団員、リオ・ブレイヴだ。
同僚の動きを見て気づかない方がおかしい。
「もう1人?」
「いや、大丈夫だ。彼は気づいてもそういうのを公表するような奴じゃないだろう。それに、彼自身も国家騎士であることを隠しておきたいみたいだしな」
「彼……国家騎士。なるほど。貴方の明日の対戦相手は、思った以上に強敵みたいですわね」
あ、やべ。リオには隠すように言われてたのに、バレちまった。
まぁ、主催者側の人間だし、大丈夫だよな?
「まぁ、一応黙っておいてくれよ」
「それはまぁ、基本的に大会参加者の肩書きは詮索しないのが暗黙の了解となっていますから。安心してください。まぁ、そのおかげで私は貴方のこともよく知らないのですけどね?」
「お、俺のことか? 聞いても面白くないぞ?」
「そうですか? 少なくとも私は興味ありますけどね」
「そういうものか? じゃあ、軽く話してやろうか?」
「あら? いいんですの? 貴方は自分のことを話したくないのかと思っていましたが……」
「そうか? まぁ、そうだな。今日は気分がいい。準決勝を勝ち進めたこともそうだが、アレを見ろ」
俺は、美しく輝く月を指差した。
「月、ですか?」
「今宵は満月。とても月が綺麗だからな。俺の気持ちも月光に照らされて和んでいるのかもしれない」
「『月が綺麗』ってそんな……いや、あなたのことですから、唯、月のことを褒めているのでしょうね」
セシリーは、一瞬顔を赤らめたかと思えば、すぐに元に戻った。
「ん? 他に意味なんてあるのか?」
「やはりご存じないのですね。フフッ。『月が綺麗』というのは、トーゴクでは、「愛している」という意味で使われることもあるんですのよ?」
「それは……すまない。デリカシーと教養に欠けていたな」
顔が熱い。
俺は隠すために掌で顔を覆った。
「アハハッ! 顔が真っ赤じゃありませんの。貴方でもこんなに動じることがあるんですね」
「からかっているのか?」
「いえ。ただ、関心と興味があるだけですわ」
「本当か?」
「本当ですわ」
その時のセシリーは、微笑んでいたが、眼だけは真剣な眼差しだった。
「はぁ……じゃあ話すとするか。俺の話を」
そうして、俺はセシリーに話した。
貧民街の生まれで、元奴隷であること。
ローディア家で家族として扱われるようになったこと。
セマム様に拾われて、奴隷から解放させてもらったこと。
勝利後の約束であるロベリスさんとの話を除いて、色んなことを話した。
本当はそこまで話そうとは思っていなかった。セシリーは、どれだけ接しやすくても、結局はアルカド側の人間だ。こんなに心を許すべきではないとわかっている。しかし、不思議と彼女には何でも話して良いような気がしてくるのだ。これは直感のようなものだ。
彼女の魔法の影響とも考えたが、さすがに失礼だと思った。これはきっと、彼女の天性の人間性の賜物なのだろう。
「これで、俺の話は終わりだ」
「なるほど。貴方を拾って育てたセマムさんは、きっと心根の優しい人なのでしょうね」
「……てっきり、『苦労したんですわね』とか言ってくるのかと思ってたぞ」
「安い同情ならいらないのではなくて? こう言ってしまってはなんですが、私は恵まれた環境で育ってきました。だから、本当の意味で貴方の苦しみをわからことなんてできないのです。それを知ったかぶって、わかった気になって、言葉を語るなんてことは私にはできません。何より、私がそうされては嫌なのですから」
セシリーはキッパリと言い切った。
確かに、心の籠らない同情に価値などない。それよりも、俺が会ってきた、優しい人達を褒めてくれる方が何倍も嬉しいと、そう感じた。
「ハハッ! そうだな。お前がいう通りだ。お前はきっと良い大人になるよ。良い人の背中を見ればな」
何も、母親の背中だけを見て育つ必要はない。この娘はもっと色んな人と関わって話して、その中でちゃんとした人に出会えばいい。それで、その背中を育ってくれたら嬉しい。
彼女はロベリスさんの妹だ。俺も彼女が不幸になることは望むところではないのだから。
「じゃあ、貴方がその見るべき背中になって下さい」
「え?」
「御付きの騎士になれば、その分、私といられる時間も増えるということでしょう? 家来から学ぶ姫がいてもおかしくはないと思うのですが?」
「いや、それはちょっと……俺もまだセシリーに見せられるほどの背中はしてないし……」
「それは、こちらが決めることでしょう? 少なくとも私は、今まで会って来た人で一番お兄ちゃんみたいになりたいって思ったけど?」
「いきなりその口調になるのは卑怯だぞ」
「あら、交渉上手と褒めてもらいたいくらいだけど?」
全く、このいたずら娘は……。
「はぁ……。まぁ、俺の背中を見せるかどうかは置いておくとしても、お前の騎士にはなってやるよ! 明日の今頃にはな」
「そう? なら楽しみにしておくわね」
そう言い残し、セシリーは自分の部屋へと戻っていった。
俺はその後、喝を入れる為に少し身体を動かしてから、同じように部屋に戻った。
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