第30話 爆音の魔法使い
「昨日からこのときを待ち望んでいましたよ。クヒヒヒ」
「奇遇だな。俺もこのときを待っていたぞ。お前をぶちのめせるこのときをな!」
「その威勢がいつまで持つか……。私はね、そう言う気持ちをぶっ壊すのが大好きなんですよ。クヒヒヒ」
日を跨ぎ、試合開始直前、俺とアザミは対峙する。
昨日は、時間稼ぎだけでいいと言う話だったが、今の俺の考えは違う。俺はコイツを倒し、然るべき裁きを受けるまで拘束しておかなければならない。それが俺に課せられた責務だと思っている。ヤマトさんの為にも……。
昨夜、ヤマトさんの様子を見に行った。
命には別状はないようだが、皮膚はただれ、焦げてしまっていた。女性の命である髪は、燃えてしまっていた。
彼女は言っていた。
「もう、冒険者業は辞める」
と。
それを言った時のヤマトさんの悲しい表情が、脳内に張り付いて離れない。
「私の……仇をうって」
医療室を出て行く俺に、ヤマトさんがかけた言葉だ。その言葉が耳にこびりついて離れない。
奴は、一人の人生を奪ったのだ。到底許される行為じゃない。
俺は、やはり奴を倒さなければならない。
「御託はいい。早く始めよう」
俺は、審判に目を向ける。
すると、審判は察したように口を開く。
「両者、準備はいいですね。では、試合開始!」
審判の手は振り下ろされた。
その瞬間、俺はアザミの懐に突っ込んだ。
「やはり、足に自信のある人はそうしますよねぇ。ワンパターンで対処もしやすい」
アザミの前に、炎の壁が張られる。
「クッ!」
俺は、それを目前に立ち止まる。
「それで終わりだと思わないことです。クヒヒヒ」
炎の壁は俺の、四方を囲み、更には天井まで塞いだ。
「なるほど、これがヤマトさんの機動力を出し抜けたワケか。だが、こんなことで俺は止まらない。半我トーゴク流拳法・四の拳・【暴雨】」
両手を重ね、前に強く押し出す。その勢いでもって強い風を引き起こす、それが【暴雨】だ。
押し出された炎は四散し、炎の壁は崩れ去る。
「ほぅ。どうやら口だけではないようですねぇ。クヒヒヒ。ですが、これはどうです?」
「!?」
地面が突如爆発する。
慌てて横に飛んでなかったら危なかったな。
「ほぅ。これも避けますか。噂以上ですねぇ、ルーティ・ローディアさん?」
「……お前みたいな奴が、ローディアの名を口にするな」
「おっと、怖い怖い。ちょっとあなたについて調べさせていただきましたよ。よくもまぁ、元奴隷で、今の生活にこぎつけたものです」
「……何が言いたい?」
「いえいえ。ただ、あなたに聞きたいだけですよ。良い暮らしのローディア家にーー」
「黙れ」
「寄生するのは楽しかったですか?」
「黙れ黙れ黙れ!」
俺は、無意識にアザミに近づき、胸ぐらを掴んでいた。
「お前に何がわかる!!?」
「えぇ。わかりますよ。母と娘の2人暮らしに紛れ込んだ異物。さぞ、お邪魔だったことでしょう」
「セマム様はそんなお方じゃない!」
「さて、本当にそうでしょうか? 君の前では取り繕っているだけで、本心は違うかもしれない。人の本心なんて、結局誰にもわからないんですよねぇ」
「そ、そんな筈はない!」
「根拠は? 理論は? 理屈は? それがないなら、君のそれはただの願望に過ぎないんじゃないですかねぇ!」
「そ、そんなはずは……」
「あぁ。いい顔です。私は、そういう顔が大好物なんですよねぇ」
胸ぐらを掴んでいた手が外れる。その隙をつき、アザミは炎の玉を杖から発射する。
普通なら避けれる筈の火球に、被弾してしまう。
そうだ。コイツの言う通り、セマム様と俺との関係は、あの日助けた、助けられた関係でしかない。
「あぁ、いい気味です。生意気なクソガキが、現実を知り絶望するこの感覚。私はこれ以上の愉悦を知らないんですよねぇ!」
熱い。体が燃える。
でも、それ以上に心が痛い。
セマム様が俺のことを疎んでいない理屈なんてないんだ。
もしかしたら、セマム様も、お嬢様も俺のことを……
「しっかりなさい! ルーティ!」
身も心も焼かれそうになっていたその時、声が聞こえた。
その声は観客席からだった。何度も聞いたあの声だ。
振り返ると、そこには日傘をさした、あの姿があった。
「セマム様、なぜここに?」
「今考えるべきはそんなことではありません。いいですか、ルーティ。自信を持ちなさい。あなたと私の関係は、そんな男が言うものではない筈です。人と人との関係が、理論や理屈で捉えられていいはずがない。そう、私達の関係に、言葉なんていらないんです」
「セマム様……」
「チッ! 折角いいところだったのに、邪魔を挟まないで欲しいですねぇ! 【サイレント】!」
客席からの声が途絶える。恐らく、奴の魔法なのだろう。
「クヒヒヒ。今、客席からの声を遮断しました。これで、もうあなたに助言するものはーー」
「半我トーゴク流拳法・一の拳・【閃光】」
「グフッ!」
即座に奴に近づき、腰辺りに突きを入れる。その勢いは、炎を置き去りにするほどだった。
感覚的には、良い手応えだ。
「な、何故です。何故動けるのです。そ、そうか。まだ言葉が足りませんでしたか。良いですか、お前みたいなクソ奴隷は、今生きているだけで害悪なんですよねぇ。きっと、家の人だけじゃなく、街の人もそう思ってーー」
「お前、少し黙れよ。半我トーゴク流拳法・三の拳・【曙光】」
「ガフッ!」
俺が手を当てていたアザミの身体は、腹部を中心として吹き飛ぶ。
「これ、加減するの難しいんだよな。でも、今回は成功だ。なぁ、アザミ……いや、『爆音の魔法使い』。お前の言葉は軽いんだよ。それに、俺とセマム様、さらにお嬢様や、街の人の間にある絆は、こんなちょこざいなことで途切れはしない。俺たちは、言葉じゃなく、心で通じ合ってるんだ!」
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な。そんな馬鹿なことがあるか! 言葉無き関係に、産まれる関係などあって良いはずがない!」
アザミは、杖を持ち、地面から炎を噴射させる。
それを易々と回避し、俺は、ゆっくりと近づいて行く。
「お前には、償ってもらうぞ。然るべき裁きと、今まで自分がやってきたことへの罰をもってな」
「く、来るなぁ!」
アザミは、自身の前に炎の壁を展開する。
しかし、それが展開し切る前に、おれはアザミの懐に入り込んでいた。
「これが、お前がやってきたことだ!」
「な!? 嫌ダァぁぁ!」
俺は奴を炎の壁に向け、背負い投げを決める。
「熱い熱い熱い熱ィィ!」
「それがお前が人に与えてきた痛みだ! ヤマトさんが感じた痛みで、お前が誘拐した子供たちが感じてきた苦しみだ!」
俺は更に、事前に申請していた油瓶を3本投げ込む。
油の注がれた炎は更に勢いをつけて燃え上がっていく。
「グォォォ! 熱いィ! 苦しィ! 痛いィ」
炎の中で、悲鳴が渦巻く。
アザミが着ていた服は、どんどんと炭化され、杖すらも灰になっていく。
だが、俺は止めない。それを止めるのは俺の役目ではない。
俺は、何も言わずに審判の方を向いた。
すると、何かを察したように審判は頷き、勢いよく右手を挙げた。
「そこまで! この試合、ルーティ選手の勝利となります。救護班! 至急アザミ選手を運び出しなさい!」
「待ってください。俺も同行します」
あれだけ焼かれていれば、もう意識はないだろうが、一応奴も魔法使いだ。意識が戻れば何をしでかすかわからない。同行した方が安全だろうという考えだ。
「……そうですね。通常は医療室に関係者以外が入るのは断っていますが、今回はその方が良さそうですね」
審判にもその考えが通じたのか、同行を許可してくれた。
結局そのまま、アザミ……いや、爆音の魔法使いは倒れたままで、目を覚ましたのは、セシリーの協力者が会場に到着した頃だった。
そして、その後、セマム様が会場にいたことを思い出し、観客席を走り回ったのだが、それらしい姿を見ることはできなかった。結局、セマム様が何故この会場にいたのか、それを知ることになるのはもう少し後の話である。
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