第29話 ホーヅキ・ディザイアのとある平日

「おい! セバス! 酒と奴隷を用意しろ!」


 とある豪邸の一室。

 そこには、声を荒げる公爵家、ホーヅキ・ディザイアの姿があった。

 ベッドの上では、数人の女性がはだけた姿で伏している。


「ですが、ご主人様。これ以上のお酒は身体に障ります。それに、奴隷の処理もこれ以上は……」

「あぁ? 俺の言うことを聞けねぇのか?」

「……承知しました。失礼致します」


 執事のセバスは、渋々部屋を後にする。


「はぁ。それにしても、ロベリスとか言ったか、あの女。めちゃくちゃ良い女じゃないか。なぁ、バルブ?」

「俺は、写真しか見てないので、なんとも」


 バルブと呼ばれた筋肉質の青年が、バツが悪そうに返事する。


「ったく! そのビジュアルのことを言ってるんだろうが! ノリが悪い。しかし、リブロニア家も堕ちたものだ。いくら、出涸らしのゴミだったとしても、金と権威を見せつけただけで娘を引き渡すとはな。やはりディザイア家が国一番の最高貴族よ! ガッハッハ! それにしても、貴様は女は作らんのか? 女はいいぞ。どんなものよりも快楽へと導く嗜好品だ。それに、良い女を連れられれば、箔も付く。芸術品と言ってもいいかもしれんな!」

「俺はそういうのに興味ないですから。俺にあるのは師匠と弟弟子との思い出だけです」

「なんだ、つまらん男よな。名の通った武闘家だからと、引き入れたはいいが、こんなつまらん男だとは」

「……申し訳ございません」

「まぁ、良い。そろそろストレス発散用具も来るようだしな」

「ホーヅキ様、奴隷と酒をーー」

「入れ」

「は、はい。失礼します」


 執事と共に、汚れた服装の5人の少年少女が部屋に入ってくる。


「奴隷と酒の用意ができました」

「ほぅ。男が2人に、女が3人か。少ないが、まぁいい。おい、そこの小僧、少し近くに寄れ」

「……は、はい」


 すると、ホーヅキは、立ち上がり、即座に少年の腹に蹴りを入れる。


「カハッ!」

 

 小さな身体は簡単に吹き飛ぶ。

 それを見て、残りの子供の顔に絶望の色が灯る。


「次はそこの女の方だ。近くに来い」


 指された少女は、ブルブルと震えながら、目には涙を浮かべている。

 そんな様子を見て、残された少年が口を開く。


「代わりに、俺が行きます。だから、そいつには手を出さないでください」

「お、お兄ちゃん、だ、だめだーー」

「お前は黙ってろ! ご主人様、それで許してくれませんか? あいつは……妹は、産まれつき身体が弱いんです。そんな身体であんなことをされては……」

「あ? 何勝手なこと言ってんだ? 『もの』の分際で俺のやることに口出ししてんするんじゃない!」


 ホーヅキは、少年の頬を思い切り殴り飛ばす。

 少年は少し吹き飛んだ後、もう一度立ち上がる。


「まだ……まだ俺はいけます。だからーーガフッ」


 ホーヅキは、立ち上がった少年の腹を蹴る。


「凄い、男気じゃないか。妹を救う為、自分が身体を張って。涙ぐましいことだな、全くの無意味だというのに。ガッハッハ!」

「お、お兄ちゃん?」


 動かなくなった少年を見て、妹と呼ばれた少女が声を漏らす。

 その言葉を聞いても、少年の身体は動かない。


「お兄ちゃん、返事してよお兄ちゃん!」


 妹は近くに寄って兄の身体を揺らす。

 返答も反応もない。


「ガキは脆くていかんな。楽しみが減ってしまう。さて、残りは女だけか」


 そんな様子を見て、他の少女が1人口を開く。


「あ、あの。ご主人様、アタシは、まだこんな身体だけど、ご奉仕には自信があるんです。お世話ならいくらでもしますから、どうかアタシは許してください」


 その声は、とても震えていた。

 その少女の様子そのものが、奴隷制度の残酷さを物語っているようだ。


「ガハッ!」


 ホーヅキは構わず口を開いた少女蹴り飛ばす。


「誰がお前らみたいな泥まみれの奴隷のクソガキに身体を触らせるか! 近づくな、ゴミ! 俺には地位も権威も、金もある。つまり、『偉い』んだよ。俺は上玉の女しか抱かんと決めている。まぁ、最近は嫁どもも老いてきているがな。だから、ロベリスを見た時に、ゾクゾクしたものよ。まだ俺でもあの歳の女を抱けるんだってな!」


 ホーヅキは、瓶に残ったワインを飲み干し、空き瓶を床に落とす。

 瓶は粉々に砕け散る。


「お前らは、違う。この瓶と同じだ。俺が使うだけ使い、飽きれば壊して捨てる。奴隷ってのはそういうモンなんだよ!」


 残された少女2人はあまりの恐怖に崩れ落ちる。


「さて、お前は、確かあのくたばってるガキの妹とか呼ばれていたな? 兄があんな風に殺られて悔しくないのか?」

「い……いや」

「恐怖でものも言えんか。まぁ、来い。お前も壊してやる」

「いや、いやァ!」

 

 少女は泣き喚く。その反応を見て、ホーヅキの力は更に強くなる。

 そんなことをしてる中、ホーヅキに緊迫の一声がかかる。


「ホーヅキ様! 危ない!」

「!!?」

 

 ホーヅキの背後には、先ほど倒れ、動けなくなったはずの少年……少女の兄が、襲いかかっていた。


 割れた瓶の破片を持って。

 ホーヅキの背中を破片が掠めたその瞬間ーー


 バルブと呼ばれた青年が割って入る。

 そして、首に優しく一撃を入れ、少年は気を失う。


「悪いな。こんなのでも、俺の雇い主なんだ……だが、安心しろ。俺もアイツも、そう長くはない」


 少年の耳元で、バルブは呟く。


「おい! なんだそのクソガキが! そのゴミが! この俺を傷つけようとしたってのか!?」


 ホーヅキは、声を荒げる。もはや怒りで錯乱状態である。

 

「もうそいつは許しておけん。殺す殺す殺す殺す殺す。殺すゥ!

 そうだ、最近魔法を使っていなかったな。実験台に丁度いい。おい! バルブ。そいつをに連れて行けぇ!」

「ですが……」

「なんだ? 俺の言うことが聞けねぇのか? 雇い主が誰か忘れたわけじゃねぇよな?」

「クッ……了解しました」

「ったく。黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ、クソが。おい、クソガキ! 怖がって寝てろ! 今から楽しい楽しい電撃ショーが始まるんだからな!」

「……では、失礼します」


 バルブが、少年を連れて部屋を出ようとしたその時、小さな力で、それを止める手があった。


「待って! お兄ちゃんを連れて行かないで!」

「悪いな、幼子よ。お前には、恨みはないが、こちらも仕事なんでな」

「そ、そんなーー」


 バルブは、兄と同様にして、妹の意識を刈り取り、その後部屋を出て行った。


「奴隷如きがクソ忌々しい! 俺の怖さを思い知らせてやるかな!」


 ホーヅキもそれを追うように部屋を出て行った。


 その夜、ディザイア家からは、悲鳴が聞こえ続けたと言う。

 その悲鳴は、日が上がる頃には既に、静まり返っていたのだとか。

 

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