第27話 議論という名の命令
「え……えと、結局私は何を話せばいいんでしょうか?」
あまりの張り詰めた空気感の中、気まずさに口を開く。
まさか、セシリーに連れられて来るのがこんな場所だとは。
辺りを見回すと、リブロニアの医学長や専属騎士長、さらには法律家まで揃っている。だが、この際そんなことはどうだっていい。
俺が聞きたいのは、どうして、あの女ーー
アルカド・リブロニアがいるのか、だ。
即座にセシリーの方に顔を向けると、察したように、彼女は立ち上がる。
「ルーティ様は、あの場にいた信用に値する証人です。色々なことを会議するにあたり、あなたには事件当時の状況と、止めに入った経緯について話していただきたいのです」
言い終えると彼女は再び腰掛ける。
しかし、目線はまだこちらに送っている。そろそろ慣れてきたぞ。どうせまた
『ごめんなさいね。本当はこんなに仰々しくなっちゃうなんて思ってなかったの。でも、こちらの従者の失態の色がある分、責任問題になりかねないからって皆集まってきちゃったの』
やはり来たかテレパス。
そんなことだろうと思った。
溢れる不満を隠しつつ、俺は、当時の状況と、そのときの緊迫感を少々の感情を含めつつ事細かに説明した。
「では、あなたは、決着の付いていない試合中に飛び込んだのですか?」
聞き返して来るのは、やはりアルカド・リブロニアだった。
「そうしなければ、確実に命が危険だと判断しました」
「命の危険……そんなものは承知の上でこの大会に参加している筈ですが?」
「それとこれとは話が違います。あそこに書かれていたのは不慮の事故についてのみです。今回は審判と対戦相手の口を閉ざし、試合をわざと終了させなかった明らかな計画犯です。奴の失格と拘束、そして、衛兵への引き渡しを要求します」
「衛兵? まさか、これを衛兵沙汰にするつもりですか?」
「それが然るべき処置と考えます」
俺もアルカド様も一歩も引かない。公爵家からすれば、こういった不注意が世に漏れることを忌避したいんだろうが、もうこうなってしまってはやりようがない。起こったことを公表し、犯罪者を突き出すべきなのだ。
「……なりません」
「は?」
「リブロニア家の名に泥を塗るようなことは避けなければなりません。あの者には、然るべきルーツでこの大会を後にしてもらいます」
「そんなことを気にしている場合じゃないでしょう!? 相手は犯罪者なんです! そんなものを放置することは、この大会の参加者全員を侮辱する行為です! この大会に命を懸けて参加した者たちの覚悟を、決心を踏みにじらないでください!」
公爵家代表に食って掛かる。臆する気持ちが無いではないが、ここで怯むわけにはいかない。
「
辺りを見渡すと、各役回りの長達が首を縦に振っている。
あぁ……これは駄目だ。
会議の場にYESマンしか連れてこないとは、そもそも議論をする気が無いんだ。これは、命令だ。結局俺には、抗うことなんてできない。
セシリーの方を向いても、彼女は顔を落とし、ただ時間が過ぎるのを待っていた。やはりこの娘にも母親に対峙する勇気はないのか。いや、きっと、そうさせているのは、正にこういう空気なのかもしれない。
【昔ながらの貴族は、家名可愛さに目を瞑る】
ロベリスさんの虐待を綴った記者のポエムでそう言ったものがあったことを思い出す。
クソッ! こんなのは間違っている!
言葉にできない悔しさを抱えたまま、俺は、会議室を後にする。
扉を閉めた直後、脳内にテレパスが来る。
『お兄さん、まだちょっといいかな? 話しておきたいことがあって……』
またこれか。
(なんだ? 話したいことがあるなら、その場で言えばよかったんじゃないのか?)
これは、少し意地悪な返答だ。
彼女がテレパスでしか伝えられないものがあることをわかりながら、こういうことを言ってしまう。そんな自分にすら苛立ちが湧いてくる。
『ごめんね……そうだよね。あの場で黙ることしかできない私に怒ってるんだよね。ごめん。でも、今話しておかないといけないことなんだ』
「スゥゥハァァ」
一度深呼吸をし、冷静の気を吸い込む。俺は一体何をしてるんだ。お嬢様と歳もそう変わらない少女に八つ当たりをして謝らせて。
(……何処で待てばいい?)
『ありがとう。じゃあ、さっき話したあの場所で』
あの場所……会場の裏通路か。
(わかった。だが、勘違いするなよ。俺は君の母親に屈したわけじゃない。アザミも、それを放置するアルカドも両方とも認められない。アルカドの考えに加担するくらいなら、俺はこの大会を降りる)
もともとは、ロベリスさんに近づく為に参加した大会だが、そのロベリスさんを傷つける本人の手伝いをするくらいなら、やめてしまった方がマシだ。
『うん。聞いてくれるだけでいいから』
(……あの場所で待つ)
そう彼女に伝え、俺はその場を後にした。
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