第26話 叫びの会場

「よし。決勝まであと4勝か。次の試合の相手は……と」


 第2回戦も難なく勝ち進み、俺は、3回戦の相手を見つける為、トーナメント表を見ていた。

 初戦とは違い、2回戦以降は相手の試合を見聞きできる為、どちらかと言えば情報戦の味が強くなる。しっかり予習しておかなければ。


 などと考えているうちに、対戦相手の名前を見つける。


「アザミか。一体どんなやつなんだ? 今こいつは……よし!」


 アザミは、今丁度2回戦目をやっているところだというので、いい機会だと、俺は見に行くことにした。


ーー

「キャーーー!」


 場外にすら届くその叫び声に、たじろいでしまう。

 叫び声。そんなものはこう言った大会では日常茶飯事だろう。この大会は勝負の世界。純粋に応援する声も上がれば、賭け事での損得を嘆く声も上がるだろう。やられている選手に感情移入して声を張ってしまう人もいるかもしれない。

 そう、普通のことなのだ。武闘の大会で声が上がるくらい。もしそれが、『女性の悲鳴』それも、『選手の悲鳴』で無ければ。

 場内を視界に入れ、言葉を失ってしまう。

 そこに映し出された光景は、一方的な攻撃で倒れ込む女性だ。しかも、残念なことに俺はその女性に見覚えがある。

 あの人は、選定試験の時に驚くべき機動力を発揮していたAランク冒険者……ヤマトさんだ。


 身を焼かれ続ける彼女の姿を見て、唖然とする。他の観客を見ても、ほんの数人が落ち着かなそうにしているだけ。しかも、その数人も、口を開こうとしていない。


 俺はこの国の人のこういうところが嫌いだ。黙り続けていれば、命を失ってしまうこの瞬間ですら、行動しようとしない。笑うことすらできない悪い冗談だ。


 異様な光景に目を逸らし、審判に目をやる。

 このもはやリンチとも見れるこの状況をなぜ止めない?

 その疑問は更なる違和感で掻き消されてしまう。

 審判は、喉を押さえて、口をパクパクさせている。

 それを見た瞬間、俺は即座に口を開く。

 他人の闘いに口を挟みたくは無いし、この状況を把握したわけじゃない。ただ、目の前の光景を見過ごすことができなかった。


「ヤマトさん! 降伏してください! 命より重い勝利なんて無いでしょう!?」


 その言葉と共に、目線も彼女に送る。

 すると、審判と同じように、彼女は炎の中で喉を押さえている。


「こうさ……」


 その言葉の後半がなぜか聞こえない。口は動いているのに。

 審判とヤマトさんのこの反応……もしや。



 結論に至る前に先に身体が動いていた。


 俺は対戦中のその試合場に飛び出した。

 

「はぁぁぁあ! 半我トウゴク流拳法・弍の拳・【山風】!!」


 ローブとマスクで身を覆うヤマトさんの対戦相手は即座に身を横に逸らし、俺の攻撃を避ける。


「っと危ない危ない。……何です? 折角面白いところだったのに」


 その声は、何か違和感を感じさせるものだった。

 こいつ……声を弄っているのか? だとしたら間違いない。こいつは、魔法使いだ。それも2種類以上の魔法を使える、中級以上だ。


 それにしても、こいつが……こんな奴が俺の次の対戦相手……アザミだというのか。


「おや? 他人の闘いに口を挟むとはどんな野蛮人かと思えば、私の次の遊び道……対戦相手のルーティ様じゃないですか。困りますねぇ。いくら待てないからと言って試合中に飛び出してこられるとは」

「知ってもらってどうも。でも、この状況を見過ごせる程俺も鈍感じゃないんでね」

「クヒヒヒ……。そうですか。なら仕方ない。まぁ、色々楽しめましたし、このくらいで幕引きとしましょうかね。おい! 審判! 乱入者だぞ!」


 アザミは、突如声を荒げ、審判の方に顔を向ける。


「!!? やっと声が戻った! と……取り敢えずそこまで! この試合、アザミ選手の勝利! 救護班は急いでヤマト選手を運びなさい!」


 審判の掛け声が入る。


「では、今の通り私はここでお暇させていただきますよ。クヒヒヒ……」

「おい待て! 話はまだーー」


 瞬間、アザミの前に炎が現れ、身構える。

 そして、その炎が消える時には、アザミの姿は消えていた。


「チッ! クソッ!」


 俺はその悔しさを消化できないまま、審判の方に向かう。

 

「どうしてもっと早めに止めなかった!」


 頭の中では察しがつきながらも、審判に食ってかかる。

 

「そ……それは声が出なくて……」


 知っている。この人の声がアザミの魔法で出せない状態になっていたことくらいわかっている。だけど。


「声以外にも、伝える方法ならあるはずだ! どうして、あぁなるまで放っておいた!」

「試合中に場内に入ることは禁じられています」

「そんなことを言ってる場合か!? 他人の命がかかっているんだぞ!」


 皆、命懸けでこの大会には臨んでいる。しかし、今回のこれは違う。止められるものについては、絶対に止めるべきなのだ。失われていい命なんてあっていい筈がない。


「ですが、これは決まりとなっていますので」

「そんな規則人間やクズばかりだからこの国はーー」

「そこまでです!」


 俺の言葉を少女の声が遮る。

 横を見るとそこにはセシリーが立っていた。


 セシリーは深呼吸をすると、まずは審判に向かって口を開く。


「まずは、あなたです。自分で対処できない状態になれば、すぐに知らせるように言い聞かしていた筈です。判断が遅れたのはあなたの過ちです。いいですね?」

「は、はい。申し訳ございませんでした」


 審判の女性は頭を下げながら、返事する。


「頭を下げる相手が違いますね? あなたはヤマトさんに謝らなければなりません。それが義務であり、あなたの責務です。先程救護班とすれ違いましたが、幸い、うちの医療技術を使えば、命は助かりそうです。目を開けるまで待っておいてあげなさい。審判は代わりのものを用意します」


 俺と審判は胸を撫で下ろす。

 そして、審判の女性は、


「ありがとうございます。失礼します」


 俺とセシリーに深々とした一礼をして、その場を後にした。


「次はあなたです。あなたなら、なんとなくアザミ選手の手口に察しがついていたんじゃないですか?」

「そ、それは……」

「やはり。では、あれは言い過ぎです。あれでは、唯の八つ当たりです。違いますか?」

「そう……だな」


 年下の女の子に言い負かされてしまった。

 なんだろう、この感覚。お嬢様に告白されたあのときのような情けなさを感じる。

 成人したと言っても、まだまだ、足りない部分があるんだな。


 少し言い返そうとも思ったが、彼女の額に走る汗を見て、そんな気も失ってしまう。


「……でも、ありがとうございました。貴方が割り込んでいなかったら、今頃ヤマトさんがどうなっていたかわかりません」

「い、いや。俺は褒められるようなことはしてない……できなかったんだ」

 

 セシリーさんは肩を落とした俺の手を取る。


『そんなことないよ。お兄さん、格好良かった。ありがとう』


 そして今度はテレパスで感謝を伝えてくる。彼女は満面の笑みでこちらを見る。

 結局は小手先の励ましだ。

 だが、男は単純だから、こんなことで、救われてしまったりする。

 この歳でこんなこと……この娘は将来怖いな。


 なんてことを考えつつ、居た堪れたくなり、目を逸らす。


「っと、そうでした。ルーティさん、少し話を聞きたいので、来てもらってもいいですか?」

「……あぁ」


 彼女の人身掌握術にはまりながら、俺はセシリーについて行くことにした。


 



 

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