第25話 幕開け

「では、ルーティ様、エニシダ様は持ち場へとお願い致します!」


 結局、落ち着く間もないまま俺は一回戦目を迎えようとしていた。


「「はい」」


 恐らくエニシダであろう相手と同時に返事をする。

 持ち場へと移動するまでに少しルールの復習をするとしよう。


 確か……


『・武器は用意された鉄製のものと、事前申請した小道具3つまでのみ。

・防具は用意された鉄製のもののみ。

・相手のギブアップ宣言もしくは審判の判定でのみ勝敗がつく。

・故意的な対戦相手の殺害、相手のギブアップ、もしくは決着宣言後の攻撃は禁止する。

・事故死においては、リブロニア家は全く責任を持たない。

・魔法の使用は許可するが、魔法道具の持ち込みは許されない』


 だったか。


 応募要項には、闘えるもののみと言っていたが、結局用意された武器防具の使用を求めている以上、リブロニア家が欲しているのは搦手なしの純粋な戦闘能力なのだろう。


 確認を終える頃には既に俺も相手も規定位置についていた。


「では、1回戦Cブロックの試合を開始します。両者、準備はいいですね?」

「はい、大丈夫です」

「いけます」

「では、試合開始!」


 戦いの幕は上げられた。


 相手は動かず、こちらの動きを見ている。

 数秒の硬直状態が続いた後、エニシダは口を開く。


「ルーティ君……でしたか? 君には棄権することを勧めますよ」

「は? どういうことです?」 

「いえいえ、簡単な話です。僕も年下の男の子が傷つくのを見るのは心が痛みますから」

「あぁ、その心配なら大丈夫ですよ。でも……そうですね、そのあなたの優しさに免じてひとつだけ良いアドバイスを差し上げます」

「アドバイス?」

「えぇ」

「な!!?」


 俺は相手の少しの油断を見逃さずに、一気に距離を詰める。エニシダはその速さに対応できないでいる。

 すかさず俺は手をエニシダの腹に当てる。


「アドバイスは、『人を見かけで判断しないように』です。さ、どうしますか? 俺としては、このまま一撃入れても、入れる前に降伏して頂いてもいいんですが?」

「ッ! こんなガキ相手に負けてられるかぁ!」


 エニシダは、2本差しの短刀を抜こうとするが、時はすでに遅し。


「半我トウゴク流拳法・参の拳・【曙光】」


 俺の一撃でエニシダの身体は試合場の壁に激突する。

 俺は審判の方に顔を向けると、審判は察したようにエニシダの様子を観察し、決着を言い渡した。


「そこまで! この勝負、ルーティ選手の勝利!」

「うぉぉぉ!」


 凄い歓声が響く。 


 そう言えば、緊張で見られてなかったが、今思えば観客もそれなり多いな。まさか、セマム様の耳に入るようなことはないだろうな。


 などと、別の心配をしながら俺は、2回戦進出の権利を手に入れるのだった。


――


『お疲れ様。偉く早い決着だったわね』


 この脳内に語り掛けてくる感じは……


「セシリフォリアか」

「気軽にセシリーとお呼びくださいな」

「!?」


 いきなり後ろから直接話しかけられたので、驚いてしまう。


「……いいのか? 俺なんかに話しかけてるところ見られたら怪しまれるぞ?」

「大丈夫ですわ。幸いここはあまり人が通らない所ですし、もし人が通るとしても気配でわかりますもの」

「魔法ってのは便利なものだな」

「……その分背負うものも多いですけどね」


 その、セシリフォリア改めセシリーの様子に口を閉ざす。

 魔法のことをあまり知らない俺なんかにかける言葉は見つからなかったからだ。


 こういう時は、そうだな。秘技話題逸らし。


「そういえば、言葉遣いが全然違うんだな」

「えぇ。もう癖のようなものですわ。あの姿の時か、テレパスの時以外はずっとこの言葉遣いですの。まぁ、お母さまの英才教育の賜物ですわね」


 セシリーは苦笑して見せた。この娘も母親、アルカド・リブロニアに思うところがあるのだろうか?


「そうですわ。こんなつまらない話を聞きにきたんじゃありませんの。あなたは今回の試合どう感じておられるのですか?」

「まぁそうだな。一言で言えば、拍子抜けだな。あの選定試験をクリアした猛者が集まると思い、気を引き締めていたが、蓋を開けてみれば、あの実力。どうやって、あの選定試験に受かったのか気になるくらいだ」

「まぁ、日にちによって難易度が上下したのは事実ですわね。こちらもそれほど選定試験について知っているわけではありませんが、

アキレアや、ボタニスまで持ち出しているとは思いませんでした」

「アキレアさんってそんなに凄い人だったのか?」


 確かにあれほどのトーゴク武術の使い手だ。公爵家令嬢直々に名前を覚えられててもおかしくはない。


「アキレアは、うちでも屈指の武道家です。武器も魔法も使わない闘いで、彼の上に立つものはいないでしょうね。選定試験で彼と当たった人にはお詫びをしたいくらいですわ。もっとも、そんな彼相手に武器も魔法も使わずに組み倒した人もいるようですが」


 セシリーは悪戯な笑顔を向ける。


「さて、何のことやら」

「あら? とぼけるなら別にそれでもいいですわ。ともかくあなたにはこの大会で頑張って頂きたいのです」

「……それは、俺に護衛をしてもらいたいということか?」 

「さぁ、どうでしょう?」

「……まぁ、いいさ。頼まれなくても勝ってやるよ。俺には俺の目標があるんでね」

「目標……ですか?」

「あぁ。まぁ、君にはまだ教えないけどね。どうしても見たいのなら、さっきみたく心の中を読めばいい。それで君が満足するならの話だけどね」

「……そうですか。じゃあ、今はまだいいです。あなたとはきっとまた話す機会があるでしょうから。そもそも、実のところを言うと、今大会で私が目を付けているのは2人だけですのよ?」

「2人?」

「あら? 自分の他にもいて驚いたかしら?」

「いや、そもそも俺なんかが含まれているのが不思議なくらいだ」

「そうですか。あなたは謙虚なんですね。卑屈と言ってもいい」

「卑屈……か。なるほど。俺を表すのにこれ以上無いほど適切な表現だ」

「そんなこと、胸を張って言うことではありませんわよ。それに、もうひとりのことは気にならないのですか?」

「まぁ、気になるには気になるが……」

「では、お教えしましょう。もうひとりはあの少年、名前はリオと言いましたかね」

「リオだと!?」


 リオ……少年。その二つの情報から導き出される人物は俺の知るところひとりしかいない。

 

 そう、あの若輩の挑戦者。リオ・ブレイヴだ。選定試験のとき、俺の後ろにいた彼がまさか、この少女に認められるくらいの実力の持ち主だったとは。


「おや? もうご存じでしたか? そう言えば、貴方たちは今思えば選手番号が続いていましたね。なら、彼の実力を知っているのでは?」

「いや、選定試験で俺と彼は一緒してないぞ」

「あら、そうですの。それはそれでまた面白そうですわ。うちの2大武闘家アキレアとボタニスを破った少年が2人。この2人に目を付けずにいられますか」


 ということは、俺が試験会場を去るときに見えた大剣の大男がボタニスさんなのだろう。


「まぁ、話はここまでにしておきましょうか。あまり話し過ぎても不公平ですしね。では、お兄様、ご武運を!」


 そう会釈すると、彼女は運営の部屋へと戻ろうとする。

 そこで俺は、今朝この少女の所為で話を聞き逃してしまったことを思い出した。


「そうだ、セシリー。ひとつ君に言い忘れていたことがあった」

「? なんです――」

「あんまり、大人をからかうといつか痛い目に遭いますよ」

「!!?」


 俺は、トーゴク武術の動きを使い、今出せる最高速度で彼女の背中に近づき、耳元で囁いた。


「では、ご令嬢様。これからの試合もお楽しみください」


 俺は、一礼してその場を去った。


「なななな……なんなのよあの男は!!」


 場に残された少女の顔は美しい薔薇よりも、武く燃える炎よりも紅く染まっていた。

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