第24話 心慌意乱の開会式

 あれから何事もなく、大会当日がやってきた。

 意外なことと言えば、セマム様が全くその話題を出さなかったことだ。こういっては何だが、これまでの傾向から見ると、大会出場を隠し通すことは不可能だと思っていたが、案外バレずに当日までやり過ごせた。まぁ、セマム様のことだから、わかった上で見逃している可能性も無くはないが……。

 

 いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


 そろそろ開会式だ。式自体にはそれほど興味は無いが、ルール説明がある以上、聞き逃すわけにはいかない。なんたって、この大会には全てがかかっているのだから。


「これより、リブロニア領最強武人トーナメント大会を開会します! 進行は私、カーネスが執り行わせて頂きます!」


 開会の言葉が耳が痛くなるほどの音量でその場一面に響き渡る。

 手に持ったあれはおそらく拡声機能を持った魔法道具なのだろう。


「まずは、この大会の主催であるアルカド・リブロニア様による開会宣言を行います。では、よろしくお願いします」


 カーネスさんは持っている隣の高貴な身なり女性に手渡す。


「ご紹介に預かりました、アルカド・リブロニアです。参加者の皆様、本日は全力を以てその実力を示しなさい。私からは以上です」


 その冷たい声色に背筋が凍る。

 なるほど、この女が公爵リブロニア家のトップか。……そして――


――ロベリスさんに虐待を行っている張本人。


 おっと、無意識のうちについ睨みつけてしまった。今は、隠し通さなければな。


「では、次にこの大会の賞品について、リブロニア家のご令嬢、セシリフォリア・リブロニア様からご説明をして頂きます! では、よろしくお願いします!」


 今度は、少女が出てきて、魔法道具を受け取る。

 

 あれが、セシリフォリア・リブロニア。リブロニア家のご令嬢にして、ロベリスさんの実の妹。

 美しい白髪に、綺麗な蒼い瞳。

 幼いながらも、確かにロベリスさんにどことなく似ている。


 初めて見るはずだが、何処かで見たような……。


「ご紹介に預かりましたセシリフォリア・リブロニアです。ではまず、優勝賞金について説明させて頂きます。広告にも記載した通り、賞金は100万ダリアです。そして、副賞として、私、セシリフォリアの護衛の権を与えます。もちろん権利ですので拒否権はありますが、給与はAランク冒険者の月収の3倍はお支払いさせていただく予定です。因みに拒否された場合、優勝者には、賞金だけ与えられ、護衛の権はトーナメントで次点のものに引き継がれるだけなので、ご安心ください。これで賞品の説明は以上です。皆様のご活躍をお祈りします」


 少女はこちらに向けて手を振る。


「???」


 何故だ? 人目の少ないところから会式を見ていた俺の方向を何故?

 普通は、人数の多い方向に振るものなんじゃないのか?

 それとも、俺たちはやはり何処かで……いや、きっと、気のせいだ。俺の近くにも、多少の人はいる。偶然、こちらに知り合いでもいたのだろう。

 などど、疑問を飲み込もうとしたその時、


『頑張ってくださいね、お兄さん……いや、ルーティさん』


 頭の中に声が聞こえる。これは、多分魔法だ。一体どこから……。

 周りを見回しても、異変を感じている人はいない。俺だけに対するテレパスか。

 いや、その前に待てよ、この声、それにお兄さんってまさか……!?


 俺はゆっくりと、説明を終えた小さな令嬢顔を見る。

 あの顔立ち……目の色や、髪色こそ違うが、間違いない。


 彼女は、3日前、ダフォディルを昏倒させたあの少女だ。


『ピンポーン! よく気づいたね、流石私が目を付けただけあるよ、うんうん』


 彼女は目をあの時のようなオッドアイに光らせている。魔法道具を受け渡し、注目が再びカーネスさんに向いたその瞬間をついての行動だ。なかなか抜け目がない。


 理由はわからないが、恐らく彼女は、自分の家柄を隠す為に魔法で変装を行なっているのだろう。まぁ、先日のようなことを日常茶飯事に繰り返しているのなら、必要にはなってくるのだろうが……。


『ありゃ、そこまでバレちゃったか。本当は誰にもバラす気なかったんだけどな。お兄さん、これは私と2人だけの秘密だよ? もし破ったら、どうなるかわかるよね?』


 やはり、心が読まれていたか。

 

 言われてみれば、違和感は先日の事件のときにもあった。

 普通の魔法使いは魔法を2〜3種類しか使えず、5種類も使えれば一流と言われている。そんな中あのとき、セシリフォリアは、俺の把握しているだけでも、『人の動きを制止させる魔法』『魅了のような精神系の魔法』『人を麻痺させ、昏倒させる魔法』『人の身体を操る魔法』の5種類。そして、ダフォディルの部下達のやられようから察するに、炎系や氷系などまだ色々な魔法を隠し持っているようだった。

 そんな種類の魔法を使えるものなんて限られている。


 そして、この大会を主催するリブロニア家の次女は、魔法の天才児だということはもはや社会常識だ。


「はぁ……クソ。ヒントは色々あったのにな」


 ぼそりと呟く。


『そういえば、お兄さん、ルールは聞かなくてもよかったの?』


 そのテレパスでハッとする。そうだ。こんなことは今考えることじゃない。きちんとルール説明を聞かなければーー


「以上で開会式を終わります! それでは皆さま、そろそろ一回戦が始まりますので、招集がかかり次第お集まりください! 皆さんに御武運があらんことを!」


ーーと思った頃には遅かった。

 カーネスさんの声が、無慈悲にも開会式の終わりを告げる。

 

 やってしまった。

 

 あのお調子娘に気を取られ、結局俺は、もう一度関係者にルール確認を行うハメになってしまった。


「覚えておけよ、セシリフォリア……」


 そう嘆く俺の姿は恐らく、この大会で最も情けのないものだっただろう。


 

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