第23話 応えと答え
「さて、ロベリス。あなた、嫁入りの準備は進んでいるのですか?」
久しぶりのお母さまとの会話はそんな言葉で始まった。
「……あの、お母さま。私は――」
この婚約に異論を唱えようとするが、お母さまの目はそれを止める。
「これ以上私の手を焼かせないで」というあの目が。
「いいですか? 正式な発表は1か月半後。それまでに色々なことを覚えておきなさい」
「は、はい」
お母さまは食事を終えると直ぐに部屋を後にした。
「結局、私は何をしているんでしょう」
結婚に前向きになるでもなく、ルーティさんからの手紙は返事もせず読むばかり……。
もう、決めなければならないことなのはわかっている。
でも……肝心な答えが出てくれない。
一体、どうしたら――
「お嬢様、お食事中失礼します」
「オベシス……ですか。どうしたのです?」
「少しお話したいことが……」
――
食事を終え、開いている部屋に移動する。
「で、話したいこととは?」
「この便箋のこと――」
「そ、それは!」
オベシスが取り出したのは、花の便箋だった。
ルーティさんからの手紙だ。
「先日、メイドが部屋の掃除の際に見つけたものです。何者かからの偽物かと思ったのですがその反応、違うようですね」
「……それの中身を……」
「はい。怪文書の類かと思い、内容は拝見させて頂きました」
「そ、そんな。お母さまには……」
「今はまだお伝えしておりません」
「そ、そうですか。では――」
瞬間、オベシスはこちらに近づき、声を落としながら話し始める。
「これからの私の発言はリブロニア騎士からの言葉ではなく、一個人、オベシス・アスターからの言葉とお受け取り下さい」
私は無言で頷く。
「お嬢様、単刀直入に言います。あの少年と逃げてください」
「へ? ど、どうして?」
「この差出人のルーティ・ローディアは、あのとき、私を撒いた少年で間違いないですよね?」
「は、はい」
「お嬢様を任せるには少々荷が重すぎるかもしれませんが、ディザイア家に嫁ぐよりはマシです」
「そうじゃなくて……どうしてあなたが私にそんなことを?」
「……私は、あなたのお父上、カーディナル様より、あなたを守るように命じられてきました。それは、22年前にまだ若造だった私に命じられた唯ひとつの命令です。しかし、私は結局のところ、最後まであなたをお守り通すことはできなかった……」
オベシスは力強く拳を握る。
「いえ、オベシス。それはちが――」
「事実です。私は、アルカド様からあなたのことを任され、その命に応えることが出来なかった……公爵騎士失格です。ですが、それでも、この場を見逃すことはできません。今、お嬢様がディザイア家に嫁ぐことを見過ごしては、あの世でカーディナル様に合わせる顔がありません。しかし、今の私にはそれを止める力がない。他の者にお嬢様を託すことは不安ではありますが、今はこれに頼るしか他にない……お嬢様、もう一度言います。この少年と共にお逃げください」
オベシスの顔は凄く真剣で、それでいて優しい目でした。この目だけはあの頃から変わらないのですね……。
さて、ここまで言われては、私も決断せざるを得ませんね。
「わかりました」
「ありがとうございます」
オベシスはそっと胸を撫でおろす。
「では、早速返事を書くことにします。オベシス、これより小1時間ほど、私の部屋に誰も入れないようにするのは可能ですか?」
「はい。このオベシスの名にかけて」
「その言葉、信じますね……あと、一つ言い忘れていたことがありました」
「何でしょう?」
「あなたは、騎士失格なんて言ってましたけど、私はちゃんと、守られてきましたよ。私がここまで無事に育ってこられたのはあなたのおかげです。我儘にも付き合って……これまでありがとう、オベシス」
頭を下げて、部屋を出る。
閉じられた扉の奥から、
「あぁ、カーディナル様。私はあなたの娘をちゃんと育てることが出来たのでしょうか? あなたの命に応えられていたのでしょうか?」
と上擦った声が聞こえたことは、私だけの秘密にしておきますね。
「さて、私も早くしないとですね。もう、答えは出た。後は、行動に移すのみ、です」
そう呟き、私は自室へ急いだ。
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