第22話 妖艶なる少女

「おい嬢ちゃん、こっちも穏便に済ませる気やったんやけどよ……ここまで子分がやられちゃ、ボスとして見過ごすこともできんわけ。わかってくれるよな?」

「結局、何が言いたいのかしら?」

「出すもん出して謝れ言うとんじゃ! 見たところええとこの嬢ちゃんやろうから、金銭全部出せぇ! それで怪我せずに済むんじゃ、儲けもんじゃろ?」

「謝るも何も、アンタらがこの店で脅迫まがいのことをしてたから、それを止めただけなんですけど? 謝るのはアンタの方でしょ?」


 道場から少し離れたところで騒ぎが起こっていた。

 小さくて、美しい金髪の少女と、ガタイの大きな男が言い合いをしている。

 回りには数人の男が倒れている。会話から察するに、白髪の彼女がやったのだろうか。

 それにしても、あんな剣幕で迫られながらも日傘を手放さずにいられるのは大したものだ。


「あ? てめぇ、俺を誰だかわかって言ってんのか? 俺はAランク冒険者のダフォディル様だ。謝っとくのは今のうちだぜ?」 

「はぁ……悪いけど、そんな一般市民ひとりひとりの名前を憶えているほど暇ではないの」

「そうかい。じゃあ、自分の無知に後悔しな!」


 ダフォディルと名乗った男は、持っている巨大なハンマーを振り下ろす。

 

 え? これ、まずくないか?


 その考えに至るときには既に身体が動いていた。


「っと、ギリギリセーフ!」


 少女を抱え、ハンマーを避ける。


「あ? なんだてめぇ」

「通りすがりの一般人ですが、そちらは加減を知らない大バカ者ですか?」

 

 どう考えたって、無事に済むわけがない速度と威力だ。ハンマーの振り下ろされた地面がえぐれてしまっている。


「ったく、折角、楽しい時間が始まりそうだったのによぉ!」


 男はそのままハンマーを横に振りかざす。

 俺はそれを上に飛んで避け、そのまま近くの店の屋根に飛び乗る。


「おい! 降りてきやがれ!」


 なかなかに狂暴な男だ。だが、この女の子にも問題はある。


「あの男もあの男ですが、君も君です。何故あんな挑発を……」


 少女は、一瞬驚いた顔をし、すぐに笑顔に戻る。

 そして、俺はその笑顔に言葉を失ってしまう。


 薔薇のように美しい紅と、宝石のように光る翠色のオッドアイ。

 キラキラと輝く金色の髪。

 この人を惑わすようで嘲笑するような笑顔。

 その歳には合わないような、全身から放たれる色香。

 自分よりも高位に存在すると確信してしまうその雰囲気。

 


 そのどれもが、視線を惹きつけ、いつの間にか取り込まれてしまいそうだ。美しさを超えて、恐怖すら産むその少女に、つい見惚れてしまう。危険だとわかっていても、何故か視線が離れてくれない。


 美しさに思考を奪われているうちに、少女が先に口を開く。


「助けてくれて、どうもありがとう。でも、ここからは任せなさい」

「は……はい」


 身体の意志を無視して、俺は彼女を抱え降ろす。

 説教をしようとしていた気持ちも消え失せてしまう。

 なんだ、これは……。変な感じだ。


「おい! おい! とっとと降りてきやがれぇ!」


 ダフォディルはハンマーを振り回している。どうやら俺達以外見えていない、錯乱状態だ。


「ダ……ダメだ」


 あんなところに、少女を降ろしてしまっては、危険すぎる!

 なのに、身体は言うことを聞いてくれない。


 俺は、少女を抱え、地面に降りる。そして、少女を抱え下ろす。


 なんなんだ、これは? 


「やっと来たな小娘ぇ!!」


 ダフォディルがハンマーで少女に襲い掛かる。


 その瞬間だった。


「ロック」


 振り下ろされかけたハンマーはその場で静止する。


「な、なんだ? 腕が、動かねぇ」


 ダフォディルは狐につままれたような顔で自分の腕を見つめる。


「パラライズ」

「あ? がぁぁぁぁあ!」


 身体に電撃が走り、そのままダフォディルは崩れ落ちる。

 あれは……魔法か? じゃあ、これも?


「あれ、死んでないよな……? って動く?」


 自分の身体がようやく動くようになったことに気づく。


「あ、そこのお兄さん!」


 少女はこちらに駆け寄ってくる。


「助けてくれてどうも」

「いえいえ。無事で済んで良かったのですが……先ほどのは魔法ですか?」

「うん! 魔法にはちょっとだけ自信があるんだ」

「ってことは……いや、今はやめておきましょうか。それより、あの人は大丈夫なんですか?」


 身分を聞こうとしたが、今は必要ないだろう。少女の嫌な顔を察して、話題を変える。


「うん。加減は心掛けてるつもりだよ」

「そうですか、良かった……じゃなくて! そうだ! 何故あんな煽るようなことを言ったんだ! あの手の連中にああ言えば激昂するぐらいわかるだろ?」

「あー。あー。そういう説教は聞きたくない!」

「聞きたくないって君は……!?」


 また口が動かなくなる。身体もだ。


「ごめんね。あんまりこういうことはしたくないんだけどね。まぁ、許してね、ルーティさん!」

「!?」


 この娘、何故俺の名前を?


「衛兵さん! こっちだ!」

「っと、私もそろそろ逃げなきゃヤバいわね。じゃあ、また会いましょう。会場で」


 は? 会場? もしかして、トーナメント大会のことか? 何故、彼女は俺が出場することを知っている?


「おい! 待――」

「テレポート」


 少女は目の前から姿を消す。瞬間移動魔法か?


 ほんとなんでもありだな、魔法は……。


 それにあの少女、何故、俺の情報を? それにあの姿――


「ちょっとロベリスさんに似ているような……」


 いや、きっと気のせいだ。髪色も目の色も、話し方も雰囲気も全てかの字とは違う。共通点と言えば、おそらく両方貴族だということくらいだろう。


「まったく……なんなんだ、あの少女は。いや、今はそういう場合じゃないか」


 俺は即座にダフォディルとその子分を拘束し、衛兵が追い付く前にその場をあとにするのだった。


 


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