第17話 愛か闇か
「で、そちらがロベリスさんですな。うむ、なかなか、写真のとおりお美しいではないですか。ガッ八ッハ!」
豪快に笑うふくよかな身体の男性は、ホーヅキ・ディザイア。公爵ディザイア家の長男だ。
8年ぶりに正式なお見合いが来たと聞いてはいましたが、まさか30も上の方を寄こすとは思っていなかった。
それに、お尻や胸にばかり視線を感じるのは私の気のせいなのでしょうか……。
「いえいえ。まだ未熟者で恥ずかしい限りです」
「そんなそんな。若さも女性の武器ですよ。まさかまだこんな若い女性とお見合いできるだなんて思ってませんでしたよ。ガッハッハ!」
「ほら……あなたも何か言いなさい」
「あ……あはは」
どれだけ笑おうとしても、笑顔が乾いてしまう。私の心はこんなにもぬれてしまっているというのに……。
「す、すいません! この娘、少し人と話すのが苦手で……。いつも本を読んでいるからかしら」
お母さまはチラリとこちらに目をやる。
顔は笑っているのに、目は全く笑っていない。
お母さまがよく外で私に向ける冷たい目……私に怒っているときのあの目だ。
「ほほぅ。ロベリスさんは愛読者でおられると……普段はどんな本をお読みで?」
お母さまはこちらに目をやる。
きっと、本当のこと……ロマンス小説とは言わせてくれないのですよね。わかっています。
「……哲学書ですかね」
それなりに一般的で、取り繕えそうなところを選ぶ。
きっとこれが最適解なのでしょう。
「哲学書ですとな! それは私の得意とする分野でもありますな。これは奇遇だ。ガッハッハ! 因みに好きな著者は?」
「えと……ダリエリア国王のものですかね」
「ほぅ……それはそれは……」
こうして、偽りの仮面を被りながら、時間は過ぎていった。
結局最後まで、笑いが潤うことも無かった。
――
「ロベリス! なんですかあの態度は!」
ホーヅキさんが帰るなり直ぐにお母さま怒号が飛ぶ。
「ディザイア家の方に何という対応ですか! あちらの方のお心が広かったから良いものの……全く、こんな事も出来ないのですか? はぁ……セシリーちゃんならもっと上手くできるっていうのに……。とにかく、次に来るときは、両者正装の公的な場です。気をつけなさい」
セシリーよりも不出来……そんなことは私が一番わかっています。
「お、お母さま。私は、あんなに歳の離れた方とは聞いていませんでした」
「先に文句ですか。全く。歳なんて夫婦感の一要素でしかありません」
「ですが、第三婦人だなんて……」
「はぁ……。わかっているのですか? あなたはもう22で、非魔法使いなのです。貰っていただけるだけでも感謝しなさい。それに、ディザイア家は、公爵の中でも最近勢いのあるお家です。関係をもっておいて損はありません」
あぁ……やはりお母さまの目には私はもう、政略結婚の道具としてしか映っていないのでしょうか。
「それは……ディザイア家とリブロニア家の架け橋となれということでしょうか?」
「……では逆に聞きますが、あなたはいつまでこの家にいるつもりなのです? あなたのような出涸らし娘をこんな歳まで育てた私の身にもなりなさい。どれだけ、外で恥ずかしいことか。少しは家の為になりなさい」
「……」
お母さま、もう私は、貴方の娘では無いのですね……。
駄目です。涙が……。
お母さまの前ではもう少し我慢しないと……。
でも……
「ともかく! 次にいらっしゃるのは2か月後です。それまでに準備をしておきなさい!」
その怒鳴りを最期に、お母さまは応接室を後にした。
「うぅ……」
堪えていた涙が決壊する。自分の部屋以外では泣いちゃダメなのに……。
涙が次から次へと出てくる。
こんなに泣くのは、お父様が亡くなったあのとき以来でしょうか。
ひとしきり泣いた後、とぼとぼと歩きながら、部屋に戻る。
「……」
ベッドに戻る前に、部屋の引き出しが開いていることに気づく。
恐らく、先ほど閉め忘れがあったのでしょう。
閉めようとしたその時、部屋を出る前の事を思い出し、便箋の裏を見る。
そこには、
『もう一度、言いますが、返事は急がないでください。ただ、ゆっくり考えてみてください。あなたは、リブロニア家の長女である前にひとりの女性です。俺を助けてくれたロベリスさんです。そのことをどうか、忘れないで』
と書かれてあった。
「ルーティさん……」
抑えていた涙がまた零れ始める。
今、私には2つの選択肢が与えられた。
「お父様……私は、どちらを選べばいいのでしょう……」
どれだけ尋ねても、答えは返ってこない。
そんなことはわかっている。
これは、自分で決めないといけないことだ。
少なくとも2か月後には、決めなければならない。
『愛』に溺れるか……『闇』に溺れるか、ですか。
どちらの道を選んだとしても、雨は避けられないでしょう……。でも、私は選ばなければならない。
どちらかの道の先に、夜明けがあると、そう信じて。
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