第16話 王子様がくれたもの

『ロベリスさん。もし、あなたが話す気になったのなら、ここへ連絡してください。一応、知り合いの届け手には話を通しておきますが、そちらからの手紙なら、内容にさえ気をつけて頂ければ、届けてくれる筈です』


 あの紙にはその言葉と一緒に、ルーティさんの家……ローディア家のあるであろう住所が記入されていた。


「お父様……私はどうすれば良いのでしょう……」


 深夜、ベッドの上でその紙を見つめていると、言葉が漏れる。


 もし、彼に自分の虐待を吐露してしまえば、彼をこの貴族の闇に巻き込んでしまうことになる。できることなら、恩人の彼を巻き込みたくない。


 本当は、知られるだけで怖かった。

 

 自分の弱さを、彼に見せてしまうようで、どうしようも無く怖かった。彼が私を見放すのではないかと。


 でも、彼はなんとなく私の家の問題と、私の家が公爵家であることを把握した上で、まだ私を助けようとしてくれた。そして、おそらく今もそのように動いてくれている。


 もし、自分の心に正直になれるのなら、私はすぐにでも手紙を出すのでしょう。


 でも、それはできません。


 なぜなら、私は、公爵家リブロニアの一人ですから。


 この、公爵家という肩書きは、重い。そして、私を責任感という鎖で縛り付ける。


 確かに、お母様は一応表向きは私を公爵家の娘として扱っているので、自分でもそれなりの生活が与えられてきたと思っている。


 食事と服装だけはきちんと良いものを今でも用意していただける。暴力も傷やアザが残るものは、服の下など、表向きには見えない部分になさる。


 この表向きの幸せが続くのなら、我慢をすればいい。


 ルーティさん。あなたに再会するまではそう思えていたのに……。


 あなたとの時間は楽しい。でも、だからこそあなたは私の心を締め付ける。


 王子様ルーティさん。あなたは私にいろんなものをくれましたね。


 傷を覆ってくれた花柄の可愛いハンカチ。

 ユリ型のブライトフラワー。

 助け舟の紙切れ。


 そして、楽しい楽しいあの時間。


 希望なんていうものは、手に入らないのなら、もはや見ない方がいい。


だから……


「さようなら、王子様……」


 そう呟き、濡色の枕で目を閉じた。


――


「ピィ! ピィ!」

「ん……」


 鳥の声で目が覚める。

 珍しい、いつもは鳥なんて来ることはないのに。


 目を開けると、窓をつつく赤い鳥が窓を叩いていた。


「!!?」


 その凛々しい姿から一歩退いてしまう。


 この鋭い目に逞しい身体。鳥型魔物のレッド・ホークの一種ではないでしょうか。


 直ぐに大声を出そうとするが、咄嗟の判断でそれを止める。


「!! それは……」


 なぜなら、その足に黄色く光る花が握られていたからだ。

 黄色でユリ型のブライトフラワー。それは私があの人に送ったものだ。


 よく見ると、花と一緒に筒も握られている。


 これはきっと、あの人からの贈り物なのでしょう。


「スゥ……ハァ……」


 深呼吸し、気持ちを切り替え、恐る恐る窓を開ける。

 レッド・ホークさんは、静かに部屋に入り、筒だけを置いて、近くの机に止まった。


「これを開けろということでしょうか?」

「ピィ!」


 レッドホークさんは頷いた。

 それを見て、筒を開けると、そこには丸められた便箋と一輪の花が入っていた。


 便箋に一通り目を通す。


「……やはり、あなたなんですね、王子様ルーティさん」


 手紙の内容は、大きく3つ。


 1つ目は、このレッド・ホークのこと。どうやら、ルーティさんが私とのやり取りをする為に用意したらしい。名前は……キャリーちゃんというのですね。


 2つ目は、前に貰った紙切れのこと。返事は急がないが、あの日の約束通りルーティさんからのコンタクトは続けるので、それをちゃんと見てほしいということ。


 3つ目は、筒の中に入っていた一輪の花のこと。

 『至って普通の安物ですが、届いて、手紙を読んでくださったのなら、花弁の1枚を千切ってこの筒に残してください。残りは、怪しまれそうなら直ぐに処分して頂いて構いません』

 とのことだった。どうやら、キャリーちゃんを本格的に使うのが今回が初めてらしく、届いているかどうかの確認をしたいのだとか……。


 手紙にある通り、花の花弁を一枚千切り、筒に入れる。

 そしてキャリーちゃんにそれを持たせると


『ピィ!』


 と、羽で胸を抑え、ゆっくりと窓際に飛ぶ。

 『任せて』とでも言っていたのでしょうか。


「じゃあ、お願いね、キャリーちゃん」

「ピィ! ピィ!」


 2鳴きした後、キャリーちゃんは素早く大空へ飛び出していった。


「ふぅ……ダメですね。全てを打ち明ける覚悟も無ければ、完全に拒絶することもできないなんて……。昨日の夜、あんなに考えたのに……」


 彼は待ってくれるとは言ってくれているが、早く決断しないとですね……。


 なんて考えていると、便箋の裏に何か書かれていることに気づく。

 そして、便箋を裏返そうとしたその瞬間――


『コンコン』

「!!?」


 部屋の扉がノックされる。

 それに驚き、咄嗟に机の中に便箋と紙切れを直す。


「お嬢様。朝早くに失礼します」


 部屋の外から、呼びかけが入る。この声は……


「オベシスですか。どうしたのです?」

「お客人がお越しです。お召し物を変え次第、応接室にお越しください」

「それは……お母さまの指示ですか?」

「……はい。アルカド様のご指示です」

「……わかりました。5分後には伺いますと伝えておいて」

「……御意」


 そう言い残し、オベシスは扉を後にした。


「はぁ……」


 力いっぱいの溜息が漏れる。 


 その不満を飲み込みながら、私は衣服を変えるのでした。

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