第15話 空の運び屋

「確か……この辺に生息していはずなんだが……」


 俺は、1日の休みを貰い、村からかなり離れた草原に来ていた。

 村を出る際、村の外では、魔物達が蔓延っているからと、冒険者の同行を勧められたが、断ってきた。ここ近辺なら昔、師匠から受けた特訓でよく通っていたからよくわかる。


「ガルルゥ! ガルゥ!」

「!! っと危ないな!」


 飛びかかってきたレッサーウルフの攻撃を避け、胴体に発勁を打ち込む。

 すると、吹き飛んだレッサーウルフは動かなくなった。


 手応え的にはまだ生きているだろうが、トドメは刺さないでおく。それをするのは、冒険者か、他の肉食獣の仕事だ。少なくとも俺の今日の役割ではない。


「それはそうと、やっぱり、身体訛ってるよな」


 奴隷だった頃の俺なら、この程度の魔物なら一撃で仕留められていた筈だ。こんな調子だったら、師匠だったら怒っていただろうな。


『オオカミくらい一撃で仕留めんとどうする?』


 なんて言いそうだ。というか、絶対言うだろうな。


 おっと、つい昔の事を思い出してしまったな。魔物の地でそれは危険だ。いくら実力があっても、油断一つで大けがをする。ここはそういう場所だった。


 「それにしてもいないな。取りあえず、昼にするか」


 近くにあった小石を椅子代わりにし、リュックからおにぎりを取り出す。今日のおにぎりは珍しく、セマム様が作ってくださった。村の外に出るなんてことは知らせていないが、あの人の事だ。何処まで見えているのか分かったもんじゃない。恐らく半分くらいはバレている。あの人は、無駄なことはしない。きっと、俺にこのおにぎりを持たせたのも、何か考えがあるのだろう。


 物思いにふけながら、おにぎりの包みを取ったその瞬間だった。


「ピィー―――!!!」


 上空から、茶色い影がこちらに飛んでくる。恐らく、おにぎりが目標なのだろう。

 それを見て確信する。


 コイツは俺が狙っている獲物だ、と。今回俺がこんなところまで足を運んだのは、コイツに出会う為だ、と。


 俺は冷静に持っていたおにぎりを半分に割り、片方を空に投げあげる。


「ほらよっ」

「ピィー―!」 


 赤茶色の影は、方向を変え、投げあげたおにぎりに食らいつく。


 よし、食いついた。やはり、俺の狙っていた奴だ。これでもう一発。


 俺はもう一方のおにぎりを目の 前にそっと投げる。


「ピィ!」


 赤い影は、地面に舞い降り、おにぎりを食べ始めた。


 その姿は非常に凛々しく、鋭い目つきでこちらを警戒している。こいつは、『オムニボラスレッドホーク』。トーゴクでの名を借り、通称『アカタカ』。


 雑食かつ屈強で、知能も高い。そして、もう一つの特徴は――


「精神系魔法にめっぽう弱い、だよな!」

「ピィィィィイ!」


 リュックから取り出したネットをアカタカに被せ、その後即座にポケットから取り出した魔符を暴れるアカタカに貼り付ける。


「ピィィ……」


 アカタカは徐々に大人しくなり、やがて動かなくなった。


「本当に効果あったんだな」


 事前に鑑定を受けてはいたが、まさかこれほどまでとは。

 3年ほど前、店の万引き犯を捕まえたときにお礼としてもらった、対動物型魔物の魔符だ。「魔物に襲われたときの為のお守りだ」と持たされていたが、まさか使うときが来るとは。


 魔符とは、魔法研究家が、魔法を文字という形に落とし込み、お札形式でその魔法を封じ込めた札のことだ。非魔法使いでも、念じれば使えるという便利な道具だ。今思えば、これも魔道具の一種だったのだろう。


 俺は恐る恐る、アカタカに近づき、完全に眠っているのを見て、ネットを外す。


「確か、アカタカは主従関係の認識が凄く高いんだよな」


 事前に調べてきた情報を声に出して確認しながら、右腕にグローブを装着し、アカタカの足と自分のの右手首を丈夫なロープで結ぶ。


 予算の都合上、グローブは手作りだが、大丈夫だよな? うん、大丈夫と信じよう。


 自分に言い聞かせながら、リュックの別口から、事前に用意していたグリードラビットの生肉を取り出し、一飛び出し、そのまま逃げ去ろうとするが、ロープで引っかかり、こちらへと帰ってくる。すると、そのまま、視界に入ったラビットの肉に飛びついてくる。


 そして、食べ終えるとこちらをじっと見つめてくる。


 よかった。予習通りだ。これは、アカタカの調教法の最もスタンダードな方法だ。


 さて、今度は少し趣向を変えてみるか。


「ほれっ! 取って来い!」


 そう言いながら、ラビットの肉を上空へと投げあげる。


「ピィィィィイ!」


 アカタカは上手にそれをキャッチする。

 そして、すかさず、俺はグローブを付けた右腕を前に突き出すと、アカタカはしっかりとその腕に掴まった。


 おぉ、やはりなかなかの力だな。これなら、手・紙・を・落・と・す・心・配・も・無・さ・そ・う・だ・。・




 その後、何度か同じような調教を繰り返した。



 そして、持ってきた肉が最後の一切れになったとき、俺は、自分の手首とアカタカを結ぶロープを解いた。


 ここからは、運だ。どれだけ上手にこなしても、最終的には、このアカタカ自身が俺の事を主と認めてくれない限りはコイツが俺に付いて来てくれることはない。


「さぁ、行ってこい!」


 投げられた最後の一切れは、即座に嘴に咥えられる。

 前に右腕を突き出し、願う。


 頼む。頼む。頼む。頼むから戻って来てくれ。




「ピィィィィイ!」




 アカタカは、期待通り、望み通りに戻って来てくれた。 

 アカタカはこちらに先ほどとは違う、優しい目をこちらに向ける。


「よっしゃー!」

 

 声高々に叫び、その声は広い草原全体に響き渡る。

 そして、アカタカの頭を撫でる。


「ありがとな、俺を主と認めてくれて」

「ピィ!」

「そういえば、まだ名乗って無かったな。俺の名前はルーティだ。ルーティ・ローディア。今日からお前の家族だ。よろしく頼む」

「ピィ! ピィ!」


 アカタカは自身の羽で、自分の身体を指す。

 これはもしかして……


「名前を付けろってことか?」

「ピィ! ピィ!」

「そ、そうかそうか。うーん……そうだ! 確か、アカタカって、トーゴクでは『空の運び屋』って呼ばれてるんだったよな。じゃあお前の名前は、『キャリー』だ」

「ピ


 キャリーは、元気よく飛び出し、上空を旋回してもう一度俺の腕に戻ってきた。

 

 どうやら気に入ってくれたようだ。良かった。


「よし、じゃあこれから頑張ってくれよ。俺とロベリスさんとのキューピットとして」


 俺は、残った昼食をパパっと済ませ、帰路についた。





 その後、村に帰り、魔物の入村許可証の発行に予想以上の費用が発生し、給料の前借りを強いられることになるのは別の話である。

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