第11話 姫を連れ出す黒王子

「こ、これは凄いですね」

「遠慮せずに召し上がってください。これはあの日のお礼でもあるんですから」


 目の前に並ぶ豪華絢爛な料理の数々に、少し腰が引かれてしまう。

 しかし、ロベリスさんとのお食事という、心底に嬉しい状況が、その引けた腰を押してくれているような気がする。

 それに、店の雰囲気も、それほど堅苦しいわけでもない。普通の冒険者でも、少し背伸びをすれば来れるような価格帯の店だとは思う。

 ただ一つの事柄を除けば、概ね天国と称しても良い状況だろう。そう――


「それにしても、すいませんね。オベリスまで付いてくることになってしまって」


――御付きの騎士に見張られているという状況を除いて。


 違う席とはいえ、時々感じる視線に少々息が詰まる。

 

 まぁ、確かにあの騎士の心配も分かる……というか、俺が同じ立場なら、同じことをしていただろうから。そう、もし俺が同じ立場……ロベリスさんの騎士という立場に立てるのだとしたら。


 おっといけない。眩しすぎる妄想にトリップしてしまうところだった。


「全然大夫ですよ。それに、こ・う・し・た・ら・声も聞こえないでしょうしね」


 意図して声のボリュームを落としてみる。


「ふふっ。何かイケナイことをしているみたいですね」


 彼女はいたずらな笑顔を見せる。

 こんな顔もできるのか。

 もっと彼女の色々な表情を見たいという欲さえ掻き立てられてしまう。


「やっているのはただの食事ですよ。このクィーンサーモンのソテー美味しいですね」

「そうなんです! この店、街に下りてきたときにはよく利用しているんですけど、本当に美味しいんです。ここの料理は家で食べるものよりも美味しいです。特に、魚介類は絶品なんですよ!」


 ロベリスさんは、声とテンションを上げる。


 なるほど。彼女は食に造詣があるのか。


「詳しいですね。ひょっとして、ロベリスさんは食に厳しい方で?」

「そう……ですね。あまり自覚は無かったですが、そうなのかもしれません。あ、でも、食に物を言えるような舌を持っているわけではないんですけどね」

「そうですか? ここの料理は何処に出しても恥ずかしいものじゃないと思いますが……」

「あ、いえいえ。別にこの店のものを悪く言うつもりはなくて……ただ、自分が研究家気取りで料理を評価するなんておこがましいと思っているだけです」


 彼女のごく自然に語るその様子に違和感を感じずにはいられなかった。

 この低姿勢は明らかに謙遜とは別物である。彼女は、自分を本心から低く見積もっている。

 これは、こと彼女の立場では、かなり異質なことなんじゃないだろうか。


 彼女は、超上級貴族、公爵家のロベリス・リブロニアなのだ。 

 国民のほとんどが明確的に自分よりも下だという状況は、人の自己評価を上げるには充分過ぎる程のシチュエーションではないだろうか。 


 俺自身も、自分を下げる部分があるということは自覚しているが、それは自分の生まれに問題があったからに過ぎない。だが、彼女は違う。彼女のような生まれでここまで自己肯定力の低い人格が形成されることはあるのだろうか。


 核心に近いであろう疑問が次々と湧いてくる。


 それに、4年前にも見て、今現状も見え隠れしている手足の傷……。あれは、事故的にできたものではなかったということを明白に示してくれる。

 そして、極めつけは、『家』や『家族』という言葉が出る毎に曇る彼女の表情……。

 

 あぁ、恐らく俺は気づいてしまった。彼女の影を見てしまった。


 もう、こうなってしまっては、黙ってみていることなんてできない。俺は昔からこういう人間なのだから。


 俺は素早く、メニューに目を通し、セマム様から頂いた財布と照らし合わせる。

 彼女が食べたものと自分が食べたものを合わせて、どうにか自分の持っているお金で払いきれることがわかった。


 そして、お互いが料理を食べ終わるまで、自分のできる限りのお喋りを行った。

 手応えはまぁまぁといったところだろう。さぁ、そろそろ本番だ。頑張れよ、俺。


「ねぇ、ロベリスさん。この後、ちょっと時間はあるかな?」

「え? いや、まぁ夕方までなら大丈夫ですけど……」

「なら良かった」


 精一杯の笑顔を彼女に向け、大きく口を開く。


「ご馳走様でした!」


 店内を覆いつくすその声と同時に、財布の中身を全てテーブルに置く。

 そして、


「失礼しますよ、お姫様」

「へ、へ!?」


 小声でそう呟き、ゆっくりとロベリスさんの身体を持ち上げる。

 巷ではこういうのをお姫様抱っこと呼ぶらしい。なんて、状況にピッタリなネーミングなのだろう。

 そのままダッシュで店を出る。


 騎士はもちろんそれに気づき、追いかけてくるが、そんなものは予想済みだ。


「悪いな、騎士さん。今日の俺は悪役だ。一日だけ、おたくの姫さん借りてくぜ」


 普段なら絶対にしないことをする非日常の高揚感が、そんな柄でもないようなセリフを滑らせる。

 でも、不思議と恥ずかしさは感じない。


 即座に店の扉を閉め、内ポケットから取り出した煙玉を地面に叩きつける。

 

 よく事件解決の後に、俺自身の痕跡を消す為に使う、消臭機能付きの特別製だが、こんな風に使うことになるなんて思ってなかったな。


 こうして俺は、突発的に姫様を標的とした誘拐犯に名乗り上げてしまうのだった。

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