第10話 花の誓約

「そう言えば、最近行っていなかったな」


 俺が向かっているのは、ブルクの花屋だ。贈り物にできる花なんて、少なくとも俺はブライトフラワーくらいしか知らないからな。


 ブルクの花屋にいくのも2年ぶりくらいになるか。

 ここ数年は、お嬢様が旅立たれて、直接花を渡すことも無くなっていたからな。


 ロベリスさんに対する花もできるなら買いに来たかったが、どうも俺はあの日馬鹿なことをしてしまった。多分、初恋の熱に侵されていたからではあると思うが、俺の情報も出さず、彼女の情報も聞くことなく、帰ってしまった。せっかく、奇跡的に会えたのに。

 

 確かに、彼女は花に誓ってはくれていたが、この広い街の中、それも彼女が外出を許されたタイミングで俺がロベリスさんと出会える確率なんてほとんど0に等しいだろう。それに、いくらリブロニア家が有名だからと言って、一般人の俺なんかが、手紙を届けたり、会えたりするものではないのだ。あの日、俺は半ば強引にでも連絡先を抑えておくべきだったのだ。それか、自分の名前を……いや、それは、『違う』んだったか。


 彼女の言葉を信じて、たくさん信じて来たのはいいが、あれから4年。俺も気づけば成人だ。このまま会えないなんてことも……


 なんてネガティブなことが頭の中で自由遊泳しているうちに、店が見え始めてきた。


「ん? あれは……」


 店の前に、白色の控えめなドレスを身に纏った女性と、筋肉質な男性が並んでいる。男性の方は、隠してはいるが、恐らく刃物を持っているな。大きな剣を一本腰に、そして、小刀を腰の後ろ、背中、そして、靴にも何か仕込んでいそうだな。奴隷として働いていた頃からこの見立てだけには自身を持っている。とても褒められた能力とは言えないがな。

 それにしても、カップルだろうか? それにしては、男の方がやけによそよそしいような。


 まぁ、何にせよ、俺も店に行くか。今日はお金を持っている。冷やかしではなく、れっきとしたお客様だ。そのくらいの権利はあるだろう。


 そして、近づくごとに、その二人に見覚えがあることに首を傾げる。

 

 完全に二人の後ろにまで近づいたその瞬間、ブルクと目が合う。そして、指を指しながら、こちらに口を開くと、


「あぁ! お前だよ! お前が来る日をずっと待ってたんーー」

「!!? やっと見つけました! やっと会えました! やっと!」


 ブルクの驚き声を遮り、前にいる女性が声を出しながら振り返った。

 そして、俺の両手はいつの間にか、その人に掴まれてしまった。なんと、警戒していないとこんなに容易く不意を突かれてしまうのか……ってそうじゃなくて!

 

 ちゃんとその女性の顔を見て、その髪を見て、その服を見て、自分の心拍数が爆増するのを感じる。


 え? まさか。まさか。まさか。


「えっと……ロベリスさんですか?」

「はい! そうです! ロベリスです! ようやくあの日の約束を果たせますね!」


 その飛び跳ねる彼女のあまりの美しさと可憐さに度肝を抜かれてしまう。

 会わなかった4年間は俺の愛を育むだけでなく、ロベリスさんの美しさを更に磨く期間となっていた。これ、無料で見ていい美しさなのか? 存在していい可愛さなのか?


 ……っと危ない。可愛さの暴力でトリップしてしまうところだった。会話だ会話。


「お久しぶりです。ロベリスさん。4年ぶりですね。再開できて嬉しいです」


 笑顔で返す。

 俺、ちゃんと笑顔できてるよな? キモいにやけ面になってないよな?


「はい! あの日あの花に誓ってから、毎日、あなたの事を考えていました!」

「え? ……それって……」


 俺のこと……考えて……?


 彼女の赤面を見ると、どれだけ下げようとしても、口角が上がり続ける。

 この力は、魔法よりも魔法なんじゃないか?


「あ……そういうことじゃなくて……いや、違うことも無くて……ただ、もう一度会えるこの時だけを待っていたんです。このことを考えると……嫌なことを忘れられるから」


 彼女は手をはたはたと動かす。

 そんな彼女の表情が一瞬曇ったことを俺は見逃さなかった。正しくは、見逃せ・なかった。こういう時、自分の能力に心底嫌気がさす。

 どうやら、あの日感じた彼女の危うさは、良くないことに健在のようだ。


「お嬢様! そろそろお手を……」

「あ……ごめんなさい。ちょっと興奮しすぎちゃいましたね」

「こ、こちらこそすいません」


 前にいた男性が少し注意を挟む。あまり記憶には薄いが、恐らくはあの日、ロベリスさんを迎えに来た御付きの騎士なのだろう。

 

 離れるロベリスさんの手に名残と愛おしさだけを残して、さっと手を下ろす。


「で、この店には何をしに?」

「そりゃあ、花屋に来たんだから、花を買いに来たに決まってんだろ。ほれ、自分で渡した方がいいだろ?」


 ブルクが、ロベリスさんに一輪の花を渡す。

 そして、会釈して彼女はそれを受け取る。


 次の一歩で、ロベリスさんはこちらにそのお花を渡した。


「はい! これ、あの時助けていただいたお礼です」


 目を瞑って花を渡してくるその姿は、何故か凄く様になっている。

 いや、好きな子補正がかかっているだけなのかもしれないが。


「ありがとうございます。これ、黄色のユリですよね?」

「はい。貰ったものの色違いです……嫌、でしたか?」

「いえいえ! とても嬉しいです!」


心からの喜びと嬉しさをしっかりと噛みしめる。

 お礼の意味が大きいとしても、彼女と同じものを持つことが出来るなんて、今すぐ舞い上がってしまいそうだ。


「ちゃんと、受け取れよ。彼女、丁度お前が来なくなったのと同じ時期から、ちょくちょくうちの店に来てはお前のこと待っていて、お前に贈る花まで用意してたんだからよ。でも、タイミングが良かった。俺みたいなおっさんよりも、嬢ちゃんみたいな可愛い子からもらった方がお前もうれしいだろ?」

「そんなことが?」

「ちょ……ちょっと、ブルクさん、それは言わない約束だったでしょう?」

「そうだったか?」

「もう……、まったく」


 ブルクとロベリスさんのやり取りを見て、本当に定期的に訪れていたんだと確信する。

 その仲睦まじさに嫉妬を実らせつつ、ロベリスさんも俺との約束をずっと覚えていたんだという喜びが身体を覆う。

 自然と笑みが漏れ出てしまった。

 俺の笑顔を見て、ふくれっ面から笑顔を取り戻す、ロベリスさん。


「……おっとそうでした。まだ、あの日の約束にはやり残しがありましたね。改めまして、お名前、お聞きしてもいいですか?」


 そうだった。あの日誓ったのは、お礼の事だけじゃない。再開することだけじゃない。

 俺の名前をロベリスさんに告げることも、誓いには入っている。


「俺の名前は、ルーティです。……ルーティ・ローディア。改めまして久しぶりですね、ロベリスさん」

「ルーティ。とても良い名前ですね。……それと、ローディア、ですか」

「ん? 何か聞き覚えでも?」

「い、いえ。ちょっと聞いたことがあると思ったのですが、立場上、色々な家名を目にするので、気のせいだと思います。それはそうと、ルーティさん、これから少し時間はありますか? 丁度、これから昼ご飯に行こうと思っていたのですが……」

「!!?」


 一瞬何が起きたのか分からなかった。

 俺が、ご飯に誘われている? あの、ロベリスさんに!?

 こんな凄いことがあっても良いのだろうか? 

 

 うじうじするのは良くないな。俺の今の課題のひとつだ。

 だから、元気よく、簡潔に、返事をするとしよう。


「はい! 俺で良ければ是非!」


 こうして俺は幸運すぎることに、初恋の人とのお食事デート(?)までこぎつけたのだった。

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