第9話 自由気ままなショッピング
「突然、好きなところに行けと言われても、案外困るものだよな」
セマム様は、俺の国民カードを見るや否や、「せっかく、成人したのです。私は先に帰っていますから、好きなことでもしてきなさい。久しぶりの休暇です」と言われ、背中を押されてしまった。
「それにしても、20歳か。実感が湧かないな。いや、本当に実感が湧いていないのは、奴隷から解放されたということか。でも、あんなこともあるんだな。生まれた場所が記録されないなんて」
生年月日や年齢には記載があり、親の名前にはセマム様を登録していたが、本来記録されるはずの場所に生まれの場所についての記載が無かった。あまり見ることのない事例らしいが、役人からは、原因はわからないが、その生まれの地の内部情報が見つけられないとのことだった。ついでに、血縁上の親のことも結局わからず終いになってしまった。
いや、もう振り切っていることではあるが、どうも心のもやもやが取れそうにないな。
そういったモヤモヤを取るためには……
「やってきましたよ! 雑貨通り!」
そう、こういう億劫な空気を取り除くには、結局ショッピングに限る。
こんなめでたく、ありがたい日に億劫な空気なんて間違っているのだ。
「へぇ、結構いろんなものがあるんだな」
買い出しでは、目的のものを買いに来るので、こういった雑貨が並ぶ通りにはあまり足を運ばないのである。
「そこの兄ちゃん! うちの店でも寄ってかないかい!」
そんな言葉に簡単に引き止まられてみる。
「ここは……紙屋さん……ですか?」
「おうよ! 格好からして、結構いいところで働いてんだろ? それに、その歳でその見た目なら、彼女の一人や二人くらいいるんでねぇの?」
「彼女は二人以上作るものじゃないでしょう」
店主の自分を見る目に少し驚きながら会話を続ける。
「お! 兄ちゃん硬派だねぇ。俺がアンタみたいな歳にゃ、6,7人女を連れ込んでいたもんさ……っと、そんな話をしてる場合じゃなかったな。彼女がいるんなら文通なんてどうよ? 最近の若いモンは、一緒の時間を大事にするもんだが、敢えて、文を使って愛を伝えるなんてのも乙だぜ?」
「文通……ですか。確かに相手がいないわけでもないですが……」
「お! やっぱ兄ちゃんもいるってことか。隅に置けねぇな!」
なんで、店を持っている男連中はこんなに色恋沙汰に興味を持つのだろうか。
商売柄そういった話が、売り上げに繋がるのかもしれないな。
「まぁ、妹に対してですけどね」
そう、お嬢様に対する手紙なら2週間ごとに送っている。
「そうなのか? まぁ、俺にとっちゃそう変わらねぇさ。俺には妹はいないけど、どっちも大切な女、そうだろ?」
「まぁ、そうですかね」
この店主、見た目と態度に反し、なかなかどうして良い考えをするではないか。
「さ、その妹さんの好きな模様はどれだい?」
そう言って、店主は数枚の便箋をこちらに見せてきた。
そのどれもに可愛らしい模様が入っている。……ってこの模様、もしや……
「この模様、印刷されたものですか?」
「おぉ、そうだが、どうしてわかったんだ?」
「全く同じ模様があるからです……ってそうじゃなくて、これ、結構高価なものなんじゃないですか? 最近普及しているとはいえ、活版印刷機の使用にはそれなりの対価が必要なはずです」
「そうだな。もし、それが活版印刷で複製されたものなら、俺もすげぇ値段で売っているところだが……ほれ」
店主は便箋それぞれの値段表を見せてくれる。
……どういうことだ?
確かに、物によっては数万ダリアを超える高級品もあるようだが、ほとんどのものは800~2000ダリアと、なかなかに良心的な価格となっている。
活版印刷機1台の値段は40万ダリアから、精度の良いものになると100万ダリアを超えるものもあるという。その使用だけでも5000ダリアは下らない筈だが……。
「これ、安すぎませんか? お店……大丈夫なんですか?」
「ははっ! まさかこんな少年に店の心配をされるなんてな。ま、安心しろや。これらの便箋は活版印刷機を使った便箋じゃないんやから」
「え? じゃあ、手書きということですか? でも、この精度じゃ……」
「あー、違う違う。簡単に言えば、魔法だな。って言っても、俺自身の魔法じゃなくて、友達に、物の複製の魔法使いがおるって話だ。まぁ、材料費は必要だから、紙は必要だし、もとのデザインもこっちで用意しなけりゃならねぇから、そう便利な話でもないんだがな」
「なるほど……魔法には色々なものがあるんですね」
一瞬で疑問が腑に落ちた。
そうか。あの値段は魔法を使えば、確かに実現可能なのかもしれない。
あの高い値段のものも、デザイン料ということなんだろう。
「な? そう思うよな。俺もそいつと出会うまで、魔法なんて縁の遠いものだと思ってたから、全然知らなかったが、商売に繋げるにはなかなかなものだったってわけ……っと、話がズレたな。ほれ、どれがいい?」
「じゃあ、これをお願いします!」
白と黄色の花弁の花柄を指さす。
「おうよ! これは、1600ダリアだな」
そう言われて、一瞬ドキっとしてしまう。
自分の為に何かを買うなんて、ロベリスさんにあげた花以来かもしれないな。
いや、あの時は、自分のお金じゃなかったから、自分の買い物はこれが初めてかもしれないな。
俺は、リーダー・ギルドの出発の際に半ば強引に渡されてしまったセマム様からのお小遣いに手を付ける。中身を見ると、なんと、5万ダリアと、小銭が少々入っていた。いくらなんでもこれは多過ぎだ。後で残りを返さないとな。
などと考えながら、2000ダリアを払う。
「まいど! 400ダリアのお返しと……ほら兄ちゃん、サービスだ!」
店主はこちらに封筒を寄こした。
「え? これは?」
「ただの封筒だよ。まぁ、言い方は悪いが、残り物だな。でも、それにも同じ花柄が入ってるから、丁度いいと思ってな」
「あ、ありがとうございます!」
「おうよ! まぁ、お礼は次の来店ってことで受け取っておくさ! どうぞ、ワルド紙屋をよろしく!」
その言葉を最期に店を後にする。
なるほど。なかなかにお客づくりの上手いことだ。今度セマム様にも話して、買いに来るのもありかもしれないと思ってしまうほどだ。まぁ、そんなことはいったん置いといて……
「次はどうしたものかな」
次の目的地を考える。一応お嬢様への手紙の買い物は終わった。
しかし、今回の手紙は、奴隷解放的意味でも、年齢的意味でも成人というおそらく結構な事柄が入っている。なにか贈り物を付けてもいいのかもしれない。
ふと、お嬢様から3か月前に手紙とともに送られてきたお守りを思い出し、胸元に目をやる。
手紙に書かれていた通り、肌身離さず付けているが、この白みがかった透明石には、一体何の効果があるんだろうか。手紙には書かれてなかったし……ま、どちらにせよ何か返した方がいいのは決まっている。
「問題は、何にするかだが……」
今度は先ほど買った花柄の便箋に目をやる。
「花……か。そうだ! 丁度贈れるお花があるじゃないか!」
ようやく次の目的地が決定した。
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