第7話 成人の日(1)

 セマム様に拾っていただき7年が経ち、俺の身体は既に大人のものになっていた。そして、今日は待ちに待った成人の儀式の日だ。

俺は、


「さて、準備は出来ましたか? ルーティ」

「はい…….と言ってもなかなか実感が湧きませんね」

「……そうかもしれませんね。あなたは、生まれながらの奴隷。本当の意味で人間の生活なんて、想像がつかないかもしれませんね」


 少しセマム様の表情が陰る。


「い、いえ! セマム様のおかげで、人間の生活とはどんなものなのかは、よくわかりまし、経験もしてきました。ただ、私なんかが本当になってもいいものかと、ふと考えてしまって、ぼうっとしてしまっているだけです」

「ルーティ……あなたはもっと自信を持ちなさい。この6年間ずっと頑張ってきました。勉強も仕事もしっかりとやり遂げ、何より、人間として

最も大事な部分も成長してきました」

「人間として最も大事な部分?」

「はい。それは『思いやり』です」

「は、はぁ、確かに気遣いや気配りは、人一倍に頑張ってきたとは思いますが……」

「いいえ。そういうことではありません。『思いやり』は、『気配り』や『気遣い』とは似て非なるものです。例えば、今目の前に迷子で泣いている子供がいたとします。それを見てあなたはどうしますか?」

「まずは……その子供と目が合うくらいに屈みますかね。そこで、答えられそうなら親がどこにいるかや、状況を聞いて、見つけます。答えられそうになかったら、手品でもして、取り敢えず泣き止んでもらいますね。そして、自分の手では見つけられそうにない場合は、衛兵に駆け込みます。一刻も早く親に合わせてあげたいですから」

「そうです。そこですよ、ルーティ。『思いやり』というのは、相手に寄り添い、相手の立場に身を置き、相手が望むことを自らの意思で行うことです。相手やそれを見ている人の評価ありきの『気配り』や『気遣い』とは話が違います」

「そ、そうですか。でも、そのくらい誰にでもできることですよ」

「はい。確かに、可能かどうかで聞かれれば、誰にでもできることかもしれません。しかし、決して容易いことではない。この多忙で冷酷な社会、困っている人を見返りなく助ける人はそう多くないのです。しかし、そういう部分が人間に最も必要な部分だと、私は思います。最近の人々は忘れているかもしれませんがね」


 そう言われてハッとする。


 確かに、セマム様に拾われる前の俺では、迷子を無視することはなくとも、助けるまではしなかっただろう。ひったくりに関しても、犯人が見えていたから止めただけだ。もし、もう自分の目には見えないところまで逃げていたら、それを追うことはしなかったと断言できる。


 だが、今の俺なら確実に犯人を捕まえるまで追い詰めるだろう。


「そうか。私もちゃんと成長していたんですね」

「そうですよ。あなたはルーティ・ローディアとしてきちんと育ってきたのですから、自信を持ちなさい」

「はい!」


 つい、昔の一人称が出てしまったが、セマム様は気にせず笑って返してくれた。


「さて、では出発しますかね」


 その言葉に頷きで返し、俺とセマム様は家を出た。


ーー

「さぁ、いよいよですね、ルーティ」

「はい。セマム様」


 目の前に、腰が引けてしまうほどの大きな門が立ちはだかる。


 此処は、この国ダリエリア最大の行政機関、ダリエリア総取締役会。通称リーダー・ギルド。


 ここでは、国民の国籍、身分・土地の管理、他ギルドの総取締から、難民や移民の取り扱いまで幅広く行われている。


『この国に住みたいのなら、まずはここに行け』という超重要機関である。


そしてもちろん、奴隷の人権の取り扱いもここで行われているのだ。


「こんにちは。何かこのダリエリア総取締役会に御用でしょうか?」


門番がこちらに話しかけてきた。


「えぇ。こちらのルーティの奴隷解放を行いに来たのですが――」

「奴隷……解放ですか。なるほど……」


そういうと、門番はセマム様と俺の服装を下からよく見て、こう続けた。


「わかりました。こちらの奴隷と婦人のお名前をここにお書きください」

「はい」


そう言って門番が渡したバインダーを受け取り、それを二人で記入する。


「書き終わりました」

「はい。受け取りますね。少々お待ちください。……えぇ、こちら東門番……」


門番は、そのバインダーを受け取ると、なにやら直方体型の機械のようなものを取り出し、それに向かって話し出した。後部に緑色の液体の入ったガラス管が付いているようだがよく見えない。


「セマム様……あれは、なんでしょうか?」

「ん? あぁ、あれは魔法道具です」

「『魔法道具』?」

「はい。ルーティ。あなたはもう、魔法の事については勉強しましたか?」

「えぇと、確か貴族階級の人達に発現することがある不可思議な能力のことでしたか?」

「えぇ。まぁ、稀に貴族階級以外にも発現するケースもあるらしいですが、概ねその認識で正しいです。で、その魔法の種類も多岐にわたるということも知っていますね?」

「はい。水や火などを何もないところから産み出したりするものから、なにやら霊感や電波のようなものを扱うものまであるとか」

「う~ん。少し家の本が古くなっていたのかもしれませんね。10年前まではその認識で正しかったです。しかし、魔法化学・魔法科学が急激に進歩した今では、その認識では少し古いです」

「古い……ですか」

「はい。今の認識では、魔法はマナと呼ばれる不可視物質をもとにエネルギーを生み出し、様々な現象を起こすものだと知られています。その変換の方法の得意不得意が人によって異なる様で、それらが貴族の魔法発現の差に現れているらしいです。まぁ、何故その能力が貴族のみに発現するのは謎に包まれたままらしいですが、それが差別対象にまでなっているのを見ると、人間の差別愛を感じずにはいられません……」


 そういってセマム様は、手を力強く拳に変えた。

 助けていただいた時から薄々と伝わってきているが、どうやらセマム様は人一倍に差別に対して嫌悪感を抱いているようだ。

 なにかセマム様の過去に関係しているのだろうか?


「っと、話が逸れましたね。魔法の説明はわかりましたか?」

「はい」

「その魔法を目につけた科学者達がその技術を結集して、最近出来上がったものが『魔法道具』です。あの門番が使っているのは、用途と形状から推測すると、中の者と連絡を取るためのツールなんでしょうね。全く、便利な時代になったものです」


 そう言って、こちらに笑顔を向けてくれた。

 それに対し笑顔で返すと、門番の人がこちらに向かってきた。


「確認が取れましたので、セマム・ローディア様中にお入りください。ルーティ君もそれに続きなさい」

「……訂正してください。この子はルーティ・ローディア。立派な家の子供です。対応と呼び方に訂正を求めます」

「へ?」

「ちょっ、セマム様。その気持ちは嬉しいですが、こういった公的機関でそれはーー」

「いえ、ここは譲れません。いくら奴隷であろうとルーティは私の家族です。それは人権の有無に関係しません。ルーティに同じ対応を」


 いや、奴隷との接し方は奴隷法で規定されている。その考えが通るのは俺が人権を獲得する数時間後からだ。


「はい。そうですよね。不適切な表現をお詫びします。申し訳ございません。では、改めまして、セマム・ローディア様。ルーティ・ローディア様、お入りください」


 考える俺を前に、門番からは意外な返答が帰ってくる。

 

 そうして、理解の追い付かないまま俺とセマム様はリーダー・ギルドの中に入っていくのだった。


――


「どうして門番は訂正したのでしょうか?」


 奴隷解放の為の手続きの待ち時間中、先程の疑問を投げかける。


「あれは、公的機関で働いている者として、適切な対応です」

「それは、面倒事を避ける意味でということでしょうか? あ、いや、別にセマム様の行為が迷惑だったというわけではーー」

「結構ですよ。遠慮なく言って下さい。私も、らしくないことをしたと自覚していますから。しかし、『面倒ごとを避ける』という解答では、この問いには不十分ですね」

「不十分とは?」

「簡単な話ですよ。門番の彼は、最近の情勢を知っていただけの話です。最近、奴隷を反対する声が大きくなってきたことは知っていますね?」

「はい……。確か、どこかの伯爵が奴隷にひどい性的暴行を加えた上、殺害するという事件が明るみになって以来ですよね」


 このニュースは、かなり俺に効いた。

 奴隷制度が始まった当初は、そういった風潮は無かったらしいが、最近では、奴隷への性交渉などは当たり前のように繰り広げられている。残念ながら、奴隷制度は世界に浸透してしまったのだ。


 そして、この事件の被害者は、16歳そこそこの女の子。当時同じ年齢だったことからよく覚えている。


 加害者側は殺人で逮捕かと思われたが、被害者が奴隷の為に、刑罰が軽くなったことで、この国に毀誉褒貶が充満していた。


「はい。そして、あの卑劣且つ凶悪な事件を受け、民衆の憂国心は高まってきていますから、こういった公的機関では、相手の考えを尊重するように心掛けているのです」

「な、なるほど。そういうことですか……」


 素直にセマム様の博識と世間の見方に感心する。何をどう勉強して生きて来ればこのようになれるのか。俺のもこういう人間になりたいものだ。


 などと、憧れを示す中、


「セマム・ローディア様、並びにルーティ・ローディア様。手続きが終わりましたので、受付までお越し下さい」


 受付の女性の声が聞こえる。


「さぁ、話も丁度でしたね。行きましょう」

「はい!」


 そうして、ルーティとセマムは、いよいよ、奴隷解放の儀式へと入っていくのだった。

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