第6話 この花に誓って

「ふぅ。流石に衛兵沙汰の事件は骨が折れますね」


 衛兵駐在所からの帰りについ愚痴が漏れてしまう。


「色々とお世話になっちゃってごめんなさい。それと、本当に良かったんですか? 私の名前を出さずに解決なんて……」

「いえいえ。気にしないでください。それに、アイツ……あの衛兵とは公私ともに、仲良くさせてもらってるんですが、信用できる奴ですよ。それに、俺も普段からこういうことしてますから、もう慣れっこですよ」


 まぁ、アイツが融通を効かしてくれた部分も大いにあるとは思うが……。


「え? こういうことを普段から?」

「あ、いやいや、普段から問題を起こして、衛兵のお世話になってるとかではないですよ! ただ、俺の性質というか、悪癖というか、何故か困っている人を見たら助けずにはいられないだけです」

「それは……なんだかカッコいいですね」

「カッコいい……ですか」


 不思議だ。

 好きな人にカッコいいと呼ばれているのに、何故か全く嬉しさが湧いてこなかった。

 何故だろう。

 頭の中で1周させると、その答えはすぐに出た。それはきっと、俺の中であるものが抜け落ちているからだ。

 今の俺に足りないもの。それはーー


 自信だ。


「いや、そういうことじゃないんですよ。ただ、俺は、昔から困っている人の顔が好きじゃないだけなんです。別に、その人を助けたいからとか、正義だとか、そういう胸を張れるような理由じゃなくて……俺は結局、自分が気持ちよく生きる為だけにしか助けられない。それに、俺には、人を助けるだけの力もない。勝手に問題に首を突っ込んでは、衛兵さんのお世話になって……我ながらバカな生き方ですよね」


 何故、こんなことを好きな人の前で言ってしまったのかわからない。

 良い格好をしなくちゃいけないのに、遠ざかられたくないのに、こんな話をして、やっぱり俺は大馬鹿者だ。


「いや! そんなことないです! あなたは私を助けてくれた。もしそれが、偽善だったとしても、その事実は変わらないです!」

「……ははっ。ロベリスさんは優しいですね」


 そう、この人はあの時も今も優しかった。

 こうやって卑屈を漏らす俺なんかに気を遣ってくれるほどに。


「いや、そういうことじゃ――」

「さて、ここが目的地の花屋です!」

「いや、まだ話は……綺麗」


 店頭に並べられた、花々の輝きに、ロベリスさんの目は奪われてしまったようだ。


「でしょう? 俺、ここの花が大好きなんですよ」

「光る花……ブライトフラワーでしょうか? この辺りでは珍しいですね」

「えぇ。なんでもここの店主が直接、トウゴクの農家の友人から取り寄せてるらしいです。それも、かなり特殊な方法で運んでるんだとか」

「え!? じゃあ値段もそれなりに……って、そうでもない……ですよね?」


 ロベリスさんは、花瓶にかけられた値札を見た後、不安そうにこちらを眺める。

 可愛い――じゃなくて、どうやら、自分の金銭感覚に自信が無いらしい。

 まぁ、あのリブロニア家なのだから、当然と言えば当然か。


「はい。まぁ、種類にも依りますが、ほとんどのものが500~800ダリア。その希少価値と比べれば、かなり良心的な値段設定です」

「何故そんな値段設定に? それでは利益がでないのでは?」

「それはーー」

「おう! なんか外で話してるやつがいると思ったら、セマム婦人とこの使用人じゃないか」

「あ! ブルク、丁度いいとこに来た」


 店から、そのマッチョには明らかに似合わない花柄のエプロンを身に着けた大男が出てきた。 


「ん? なんか俺に用でもあったのか? って、そちらの嬢ちゃんは?」

「あ、初めまして。私はその……」


 ロベリスさんにアイコンタクトとジェスチャーでここは任せてと制す。


「あぁ、この人はセマム様の知人のロベリアさんだ。失礼の無いように」


 ブルクには悪いが、ここは、ロベリスさんの状況を考えて、身分を偽っておいた方がいいのだろう。 

 なんとなくだが、ロベリスさんがお忍びで街に来ていることは伝わっているし、むやみに、身分を明かすものでもないのだろう。


「てめぇは何様なんだよ……」 

「お客様ですが?」

「この減らず口が……。まぁ、ロベリアさんと言ったか? よろしく頼むぜ!」

「は、はい。あの……そちらは、この店の?」

「あぁ。はい。コイツは、ブルク。ブルク・マックレーンです。この店の店主をしています。何度もこの店を訪ねているうちに仲良くなりまして」

「おう。紹介預かったブルクだ。この店の花の事なら何でも聞いてくれ! っと、そういえば、俺に聞きたいことがあったんじゃいのか?」

「あ、そうだった。ブルク。このロベリアさんに似合う花を見立ててくれないか? 一輪でいいんだが」

「あ? お前が女に花だぁ? あぁ。なんだ、そういうことか。それならそうと早く言ってくれればいいものを――」


 ブルクは俺とロベリスさんを交互に見てにやりとする。

 コイツ。腹立つな。


「ブ・ル・ク?」

「痛ぇ。痛ぇって! おいおい。冗談じゃねぇか。謝るから早くその足をどけてくれ。何も踏むこたねぇだろ!?」

「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ! ったく。ロベリスさんが嫌がってるだろうが」

「へ? あ、いや、別に嫌とかでは無く」


 赤面するロベリスさん。


「気を遣わせちゃってすいません」

「い、いえ」

「で、ブルク。何かいいのは見つかったのか?」

「そうだな。ロベリアさんの雰囲気的にこれはどうよ?」


 ブルクが取ってきたのは、白く光るユリ型のブライトフラワーだった。

 確かにロベリスさんの雰囲気にはピッタリだが、どうだろうか?


 ロベリスさんの顔を見ると、


「綺麗……。これ、凄く綺麗です」


 その惚けた表情が彼女の気に入り具合を物語っていた。


「よし! ブルク。この花いくらだ?」

「700ダリアだが、それでいいのか?」

「あぁ。それがいいんだよ!」

「あ、代金は私が――」

「いえいえ。ここは払わせてください。これは、あの時のお礼ですから」

「で、ですが――」

「ロベリアさんや、ここはコイツに払わさせてやってください。男には、格好つけたいときもルんですよ」


 一言多い気もするが、ここはスルーしておこう。


「じゃ、じゃあお願いしましょうかね?」


 彼女のおねだり姿に目を奪われつつ、財布を取り出す。


「よしきた! ブルク、会計を頼む。……これで丁度700ダリアだ」

「2…4…よし、キッチリあるな。あとは、花の方を包んでっと。ほらよ、自分で渡した方がいいだろ?」

「変な気遣いすんなよな。ま、ありがとう」

「おう。じゃあ、俺は店の中に戻るから、あとは若ぇもん同士で……って、目が怖ぇよ。ったく。ま、保存方法とかは教えといてやれよ、じゃあな」


 そういって、ブルクは店の中に戻っていった。


「さて、そろそろ時間も時間ですし、これを渡して終わりにしましょうかね。はい、ロベリスさん。あのとき助けてくれて、ありがとう」


 そう言いながら、持っていた光花を手渡す。


「い、いえ。私はあのとき何もできませんでしたから……いえ。今はそういうのは野暮ですよね。ありがとうございます……って、まだ名前聞いてませんでしたね」

「あれ? そういえば、自己紹介の時に名乗り忘れてましたね。俺の名前はーー」

「あ! 待ってください! ここで名前を聞くのは、何か違う気がします。なにか、もう会えない気がして……」

「え?」

「あ、いや! そういうことじゃなくて……まだ、私、今日助けてもらったお礼を出来ていませんから。今日は、時間的に厳しいかもしれませんが、いつか必ずお礼をしたいんですよ! それに……」

「それに?」

「いえ。これは、次会うときに言うことにします」

「そ、そうですか。ってあれは?」


 少し困惑していると、遠くの角から男の人影が見えた。剣を持っていることから、騎士か冒険者か?

 この辺り、この時間帯は人はあまり通らない筈だが。


「!? お嬢様! ようやく見つけましたよ!」


 そう言いながら、軽装の鎧姿の男がこちらに近づいてくる。

なんとなく、状況を察してしまった。


「あぁ。迎えが来てしまいましたね。急なことですいません。今日はありがとうございました」


 そう言って、頭を下げる。


「えぇ。俺も凄く楽しかったです! この状況のことも、次会うときに話してくださいね?」

「はい!」

「っと、そうだ! 最後にこの花の保存方法を……といっても、基本的に、普通のお花と同様、日光と水を毎日してもらえれば大丈夫です。あと、この花は生命力が強くて、世話の仕方によっては10年も持つと言われていますが、まぁ、そこは謳い文句なので気にしなくても大丈夫です」

「はい! わかりました!」


 ちょうど、やり取りが終わる瞬間に騎士が追い付いた。


「さぁ、お嬢様。帰りますよ」

「わかっているわ。帰ればいいんでしょ、あの家に」


 さっきまで明るかった彼女の顔が一瞬で曇る。


「お嬢様……」

「……ごめんなさい。オベシス。あなたを悪く言う気はないの。でも愚痴ぐらい、溢したっていいでしょ?」

「……」


 騎士は黙ってこちらに礼をすると、悔しそうな表情で、ロベリスさんを連れて帰った。


 俺はその背中に、


「また会いましょう! 絶対に!」


と声を掛けると、


「えぇ。このお花に誓って!」


 そう言いながら振り返り、笑顔を見せてくれた。

 その笑顔からは、ロベリスさんの強さが感じられた。



 そして、ロベリスさん達が見えなくなるまで見送った後、


「頑張ろう。彼女の横に立てるまで」


 小さくそう呟くのだった。



 因みに、この後、お菓子の材料を買い忘れた俺は、帰ってお嬢様からかなりのお仕置きを受けるのだが、それはまた別の話である。

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